姫君の聖夜 前編

 オレはため息をついた。
 エクスデスとの戦いが終わってから、オレはタイクーンの第1王女という堅苦しい肩書きの元で生活している。
(オレにとって『姫』なんて足枷以外の何でもない………)
 バルコニーへと向かう。
 鳥は空高く舞い、また木々の木陰でさえずっている。それに引き換えオレは………鳥篭(ケイジ)の中の鳥だ。自由を奪われ、人形のように仕事をする毎日………。
「バッツ………今頃お前はどこを旅しているんだ?」
 答えが返ってくるはずのない問いを大空へと投げかける。
 ………やはり答えは、ない。
「姉さん」
「………………レナか。入っていいぜ」
 オレは自分の妹を部屋へと招き入れた。
「また………バルコニーにいたのね………」
 ああ、とオレは返事をした。
「バッツのこと、恋しいんでしょ?」
「なっ………」
 図星を指されてオレは硬直した。
「姉さんを見ていれば、分かるわ………。姉さんが本当はバッツのように自由な旅をしたいってことぐらい」
 レナは肩をすぼめて、やれやれ、という顔をした。
「オレは………レナを、親父が治めたこの国を放ってはおけない」
 これもオレ自身、偽りのない本心だった。
「そう言ってもらえると、私としては………国としては嬉しい。けれど、全体を生かし、個人を犠牲にすることで手に入れる平和なんて、私はいらない」
 レナだって自分を偽って無理をしている。だから、オレだけが我が侭を通すなんてできるわけがない。たとえレナやタイクーンの国民が許してくれたとしても………。


 次の日の昼下がり───。
 オレは城の兵士を相手に剣の訓練をしていた。
「サリサ姫は本当にお強い」
「よせよ。女のくせに剣の腕がいいなんて可笑しい話だろ?」
 そんなことはありませんよ、と赤みがかった茶色の髪に灰色の瞳を持つ若い男───近衛兵士長ルータスが言った。
「勇敢で正義を愛し、民や我々兵士を想う温かい心………。こうして訓練に付き合って頂けることも、我々にとってとてもありがたいことなんです」
「そういうもんか?」
 そうですよ、とルータスは笑った。
 確かにここにいる時だけがオレにとって鳥篭(ケイジ)の外にいることができる場所だった。
 ルータスはまだ若いながらも指揮を執るのが上手い。オレが休んでいる間も、あっちこっちに行っては指示を出していた。
(よし、もうひと頑張りするか………)
 オレは木剣を片手に兵士の中へと紛れていった───。


 そして───。
 とうとうやってきた。
「今年も聖夜祭は盛大なパーティーが開かれるわ。姉さんも楽しんでね」
「ああ、そうだね」
 オレは曖昧に返事をした。
「他国の殿方もいらっしゃるわ。くれぐれも言葉には注意してね」
 オレは今から『ファリス』の名を捨てなければならない。そして代わりに演じるのは『サリサ』という名の人形………。
 本当はうんざりだった。人前で『女』であることを意識し続けるなんて。
(あいつが………バッツがいれば………)
 オレは侍女にドレスの着付けやメイクを手伝わせながら今日何度目になるか分からないため息をついた。


「タイクーンの平和と繁栄を願って………乾杯!」
『乾杯!!』
 オレはレナの隣でワインの入ったクラスを傾けた。
 このパーティーは立食制でバイキングを楽しみながら各国の外交の話などをする。もっとも、オレに言わせればお偉いさん方の世間話でしかないのだが。
「サリサ様は今日も素敵だわ!」
「あのように美しい方はそうはいるまい」
 などと、見え見えのお世辞を言われたりしながら、食事の時間が過ぎていく。
「只今より、ダンスタイムと致します。皆様、奮ってご参加下さい」
 オレは黙ってただ、レナの隣にいた。
 すると、何人もの男がオレに声をかけてきた。だが、オレは首を縦には振らなかった。
 レナがそっと耳打ちする。姉さんも、誰かと躍らなくちゃ、と。
 だが、オレはそんな気にはなれなかった。
 そんな時………。
 オレはあいつを見たような気がした。こんなところに、いるはずがない。頭では分かっていても、つい期待してしまう。オレはそいつを追いかけた。
「バッ………」
 声をかけようとして、思い留まる。本当にあいつそっくりだったからだ。
「これはこれは、サリサ姫。是非、僕と躍って頂けませんか?」
「あ、はい………」
 オレは散々申し出を断わっていたにも関わらず、今回だけはなぜか断れなかった。
「僕の名はレイム。ディムロンド王国の第1王子です。以後お見知りおきを、サリサ姫」
 ディムロンドといえば、カーウェンの辺りにある、小さな国だ。
(それにしても………言葉こそ丁寧だが、見れば見る程あいつに瓜二つだな………)
 オレはレイム王子とのダンスに付き合いながら、ふとあの風来坊の旅人を思い浮かべていた───。

後書き

 前半終了です。ファリス、健気ですね〜。お城でのやり取りとかって、細かい設定がなかったので、自分で勝手に色々増やしてしまいましたが、変なところとかなかったかなぁ………? 後編はもう、大甘路線まっしぐらです(爆)お楽しみに♪

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