姫君の聖夜 後編

 曲が、止まった。
「お相手、有り難うございました」
「いえ、こちらこそ」
 社交辞令だな、と思いつつもオレは愛想笑いを浮かべる。
「サリサ姫、次は私と!」
「いえいえ、私と踊って下さい!!」
 またさっきのようにオレに言い寄ってくる奴が数十人程。
 そんな奴らの対処に困っていると、先程のレイム王子が、
「サリサ姫! こちらへ!!」
 と言ってオレを連れ出してくれた。
(やべ………オレってば何考えてるんだ………!?)
 こんなシチュエーション、普通は滅多にお目にかかれないだろう。いくら男勝りでオレが今まで男として生きてきたとはいえ、やはりこういう状況には弱かった。ましてや、レイム王子は………あいつに、バッツによく似ている。姿形だけでなく、心が………。
「ここまで来れば平気ですね。大丈夫でしたか?」
「え、ええ………」
 オレ達は客室の中の一室に身を隠した。
 どうも『女』として人と接するのは苦手だ。しかもそれが、バッツそっくりな人間が目の前にいると思うと………。
 オレは胸の鼓動が激しくなるのを感じた。ドクン、と胸が高鳴り、身体が無性に熱く火照っている。
「あの、大丈夫ですか? 顔色が悪いようですけど」
「い、いえ、平気です」
 一体どうしたんだ、オレは。声が妙に上ずっている。
「あの、助けて下さって有り難うございました」
「いえ、こちらこそ。一緒に踊ることができて光栄です」
 それから暫く、お互い無言のままでいた。
「サリサ姫は………その、城での生活は退屈だとは、思わないのですか?」
 突然、王子は口を開いた。
「私は正直、退屈でたまりません。もっと外の世界を見てみたい」
「わ、私もよく、そう思っています」
 自由の味、というのだろうか。1度それを知ってしまったら、もう他は選べない。オレはやっぱり、城での生活は不向きなんだ。
「サリサ姫………貴方は本当に美しく、気高い」
 そんな台詞は腐る程今日のパーティーで聞いていた。だが、レイム王子が言うとどんな気障な台詞も決まってしまうから、不思議だった。それはまるで、あいつのようだ。
 お互いどちらからというわけでもなく、自然に距離は縮まっていった。
 オレの顔はきっと今、真っ赤になっているだろう。だが、部屋は暗いので、王子にはそこまで見えてはいないはずだ。
「サリサ姫………貴方を一目見たその時から、貴方のことが愛おしくてたまらない」
 レイム王子に面と向かってそう言われ、オレは頭の中が真っ白になった。
 王子の手が、オレの顔を上向かせる。オレはふわふわとした気持ちのいい感情に流されながら、そっと目を閉じた。
 レイム王子の温かい手がオレの腰を支え、あと数センチで唇が触れるという、その時………。
 オレはあるものを、感じた。
 室内では絶対に感じることのできないはずの、温かく優しい、一陣の微風(そよかぜ)。
 瞬時にオレは我に返った。
「………ご、ごめんなさいっ! あの、お気持ちは、嬉しいのですが………」
 王子は、怒らなかった。
「やはりそうおっしゃると思っていました。貴方の瞳は他の誰かだけを追っている………だから先程のダンスの申し出も皆断わっていたのですね………」
「はい………」
 オレは、最低だ。いくら似ているとはいえ、バッツと他の人間を、重ねるなんて………。
「その方はきっと自由なお方なのでしょう。貴方に愛されているその方が羨ましい」
「本当に、すみません………」
 オレは何だか悪い気がした。バッツだけでなく、レイム王子に対しても。
「サリサ姫………貴方はもっと、自分の心に素直になった方が、いい」
「………はい」
 レイム王子は本当によく、オレの心を見透かしている。それを知っている上で、オレに対して道を示してくれていた。
「さぁ、そろそろ戻りましょう。あまり長い間席を外していると問題になりかねませんから」
「ええ………本当にごめんなさい」
「いいんですよ。いつか、その人と結ばれたら………今度ディムロンドへ遊びにいらして下さい」
 王子は、ついに最後まで温かい雰囲気を崩すことはなかった───。


 パーティーも終わり、城の者が寝静まったその頃───。
 オレは主なき飛竜の間へと上がった。
 月が、煌々と夜の森を照らしている。
(バッツ………早く………でないと、オレは)
 狂ってしまうかもしれない。バッツがいなければオレがオレとして生きることができないくらい、あいつの存在はオレにとって大きいものになっていた。
 今更ながらにそれを実感すると、オレはため息をついた。
(ここ最近、辛いことがあると、よくここに来ていたな………)
 ここ飛竜の間から見える空と大地は昼夜を問わず、美しい。そんな風景を見ていると、自然と癒されていく。
 そう思い、何気なく下の方を見た時………。
 オレは自身の目を、疑った。
(あれは………黄色いチョコボ。まさか………ボコ!?)
 間違いなかった。黄色いチョコボに跨がり、赤い外套を翻しているのはバッツだった。
 オレは急いで自室に戻った。きっとバッツなら、ここへ直接来るだろう。
 月の光を浴びた影がバルコニーにくっきりと浮かんだのを見たオレは自分の名前が呼ばれるよりも早くあいつの名を呼んだ。
「バッツ!」
「どうして………俺だと分かったんだ?」
 バッツは唖然としている。
「飛竜の間から見ていた。真夜中となるとここからが1番侵入しやすいからな」
 お前のすることなんかお見通しだ、と付け加えてオレは笑った。
「じゃあ………これもお見通しかな?」
 バッツはニヤッと笑って懐中時計を取り出す。そして、カウントダウンを始めた。
「3………2………1………」

 リンゴーン、リンゴーン………。

 聖風教(せいふうきょう)───タイクーン周辺の民が風のクリスタルを崇める宗教───の聖堂から大きな鐘の音が聞こえてくる。
 バッツは聞き惚れているオレの背中に手を回し、ぎゅっと抱き締めた。
「バッツ………痛い………」
 オレの声もバッツの耳には届いていない。観念してオレ自身もバッツの背中に手を回す。
 そんなオレの顔にバッツはそっと自分の顔を近付けた。
「バッツ………長過ぎだ、バカ………///」
 オレは羞恥に耐えられず、頬を赤く染めた。
「知ってるか? 聖堂の鐘には言い伝えがあってな、クリスマスの日の午前0時に愛する人と鐘の音が終わるまで口付けを交わせたら………その人は運命の人なんだとさ」
 バッツはオレのの髪に指を絡めながら言った。
「メリークリスマス、ファリス」
「………バッツ、どうしてお前はいつもこんなに………気障なんだよ………!」
 オレは目が潤むのが、分かった───。


「城での生活は退屈さ………。バッツは半年の間、何をしていたんだ?」
「俺は………あてもなく旅をしていただけさ」
 夏に三日月島へ、秋にカルナックへ行ったことをバッツは話してくれた。
「リックスへは行かなかったのか?」
 何気ない質問のつもりだった。だが、バッツにとってあそこは故郷であると同時に哀しい記憶の詰まった場所でもあることに気がついて、オレはしまった、と思った。
 だが、バッツはそんな身ぶりはちっとも見せなかった。
「リックスへはここに来る前に行った………俺の幼馴染み2人が今度結婚するらしい。そのうちの………フィリアの家に暫くいた」
 それを聞いた時、オレはあからさまに嫌な顔をしたかもしれない。
でも、人のことは言えなかった。オレだってバッツ以外の人間がいい、と(ほんの少しではあるが)考えてしまったのだから。
「酷い雪嵐の中で、俺は不覚にも倒れてしまってな………そこをフィルに助けられた」
 オレは驚いた。
「フィルは言ったよ。俺のことが好きだった、って………。俺も、昔はフィルのことが好きだった………。でもな………」

 ───今の俺はファリスしか、目に入らないんだ………───

 それこそ火に包まれたかのように全身が熱く、心臓はいつもの倍ぐらいのペースで脈打つ。頭の中は既に空っぽだった。
「………ファリス。俺のこと………嫌いになったか………?」
 オレはバッツに目線を合わせるのが恥ずかしくて俯いたまま言った。
「………………………嫌い………………………になれるわけ………ないだろ………………こんな現れ方しておいて………!」


 東の空がだんだんと明るくなってきた。
「そろそろ明るくなってきたな………」
 バッツの考えていることがオレにはすぐに分かった。後ろからバッツを抱き締める。
「バッツ、行くな………!」
「ファリス………」
 バッツはオレの名を呟いた。
 オレの手をゆっくりと解き、バッツはオレの方へと向き直る。
「ファリス、必ず約束する。絶対に戻ってくる」
「………嫌だ、オレをまた………独りにするつもりか………!」
 涙を必死に堪えているオレの左手を取り、バッツは懐からあるものを取り出した。
「これは………?」
「これはな、おふくろの形見の指輪だ。親父が昔、おふくろにプレゼントしたらしい」
 かつてバッツの親父、ドルガンが最愛の妻であるステラに贈ったという、銀細工の指輪。
「これをファリスに、やる。俺が必ず帰ってくる、その証だ」
 オレは何も言わなかった。
 ただ、黙ってバッツの唇にオレは唇をそっと重ねた………。
「絶対に、帰って来いよ………」
「ああ、必ずだ」
 紅のマントを翻し、バッツはボコの元へと向かった。
(必ず、帰って来いよ………)
 オレはバッツの姿が見えなくなるまでその姿を目で追った───。

後書き

 あわわ、砂糖山盛りてんこ盛り〜♪(爆)どうしましょうか? もう、ファリス最高です! 書いてるこっちが興奮して鼻血出しそうでした(ぉぃ)最近は小説書くペースがとても早く、快調でどんどんアップできて嬉しい。ここで、後書きらしいお話を1つ。実は最初、レイム王子はもっと節操のない人でして、もっと強引にファリスの唇を奪おうとして、ファリスが悲鳴を上げてルータスに助けられる………という展開でした。でも、それじゃ後が続かないからどうしようか? と考えて今の形になりました。自分では思いっきり満足のいく作品になったと思います。

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