もう………冬か。
俺はボコから降りてそっと息を吐いた。その息は白く染まって、そして消えていく。
(タイクーンでは今も緑が茂っているのだろうか?)
───時々、帰って来いよ───
風が、ふと別れ際のあいつの声を運んできたような気がした。
最後に会ってからもう、半年になる。きっとあの男勝りなお姫様はさぞかし怒っているだろう。
だが………。
タイクーンは俺のいるべき場所じゃない。たとえレナ………じゃなかった、女王陛下や民衆達が俺のことを受け入れてくれたとしても………………。
俺にとってあそこは………気高すぎるんだ。
「クエっ! クエクエっ!!」
「何だよ、ボコ」
ボコが俺の服の袖を引っ張った。
「クエクエ! クエっ!!」
「分かっているさ………俺だって………」
本当は………逢いに行きたいさ。
俺の腕があいつを………紫の髪の、いと美しき翡翠の瞳を持つ姫を抱き締めたがっている。
「………………………」
一陣の風が、俺のマントを翻した───。
「バッツ! しっかり!!」
「ファリス………?」
俺は彼女の名前を呼んだ。いや、不覚にも呼んでしまった。
「ファリス………? 私の名前、忘れちゃったの?」
だんだん焦点が合ってくると、1人の女性が淋しそうに笑っていた。
「フィル………ここは? ………リックスなのか??」
「そうよ。雪の中で倒れていたバッツを見つけた時は本当に驚いたわ」
フィル───本名、フィリア=ローゼン。俺の幼馴染みのうちの1人だ。
「暫くうちで静養していくといいわ」
フィルはそう言った。
「じゃあ………お言葉に甘えるか」
身体が無性にだるかった………。
そんな状態から回復するまで1週間を要した。
「もう………クリスマスね」
「そうだな」
俺はふとファリスのことを思い浮かべた。
今年の聖夜は、どうも淋しくなりそうだった。
「私ね、ずっとバッツに言いたかった。バッツ、私は………」
突然、フィルは話を切り出した。
俺はそんな彼女が切なくなる程印象的だった。
「………ずっと昔から、あなたのことが好きだった………」
俺は何も言えなかった。フィルの気持ちに気づかなかったわけではないし、むしろフィルのことは正直なところ、俺も好きだった。
「フィル………」
俺はやっとのことで口を開いた。
「俺も、フィルのこと………好きだった。でもな、今の俺には無理なんだ………」
フィルは驚かなかった。怒らなかったし、悲しまなかった。少なくとも、表情の上では。
「分かっていたわ………あの日、私を『ファリス』って呼んだ時から………。あのね、私は今度、ロットと結婚するの。だから、バッツのこと、ちゃんとけじめつけなくちゃいけないと、思って………」
ロット───学者を目指している俺の友人だ。あいつもフィルのことが昔から好きだった。
俺は遠い目をした。
思えば、フィルは俺の気持ちも知ってたのかもしれない。
「今では、ロットのこともとても大切なの………」
「そうか、それはよかったな………おめでとう、フィル」
俺は何気ない口調で言った。
「こんなのずるいかもしれないけど、今日だけは………」
ああ、いいぜ、と返事をする。
俺はそっと窓の外に降り積もる雪を眺めた───。
翌日の早朝───。
俺が身支度を整えていると、フィルがやってきた。
「おはよう、バッツ」
「ああ、おはよう」
「朝ご飯食べていって。バッツの好きなシチューだから」
俺はできたてのシチューを頬張った。
元来、フィルは料理がとても上手で、小さい頃はよく俺達に手作りのお菓子を作ってくれた。
でも、このシチューはなぜかとても苦い味がした───。
そして別れの時………。
「フィル………幸せになれよ」
フィルは泣くまい、と無理に笑っていた。その姿はとても健気で思わず留まっていたいと思う程だったが、フィルの次の言葉で俺は決心を固めた。
───バッツも、あなたの大切な人を大事にしてあげてね───
俺は踵を返し、ボコに乗った。そして、2度と振り返らなかった………。
後書き
バッツの昔話。フィリアは作中でのリックスの村娘で、ロットは隠れんぼのエピソードを話してくれる学者のタマゴさんです。バッツはフィリアのことが昔は好きで、でも現在はファリスが好きだから、と過去を振り切るシーンが私は好きですがみなさんはどうでしょう? 中にはバッツがプレイボーイ的に見えて嫌気が指す方もいらっしゃるかもしれません(汗)後編はいよいよファリスに逢いに行きますのでお楽しみに。