旅人の聖夜 後編

(急げば………まだ間に合う!)
 雪の降る中、南へとひたすら移動し続ける。まるで、俺自身が風に、いやもっと疾い何かになったかのように。
(ボコ………ありがとうな)
 ボコは俺の気持ちを汲んでくれた。リックスからあの姫君のいる常春の国までは夏と違って、どんなに早くても2日はかかる。
 それをろくに休みもせず、ボコは俺のためにひたすら走ってくれた。
 そんなボコの気持ちに俺も、応えたかった。
 トゥールの村を通り過ぎ、さらに南下。そして東へと進む。既に日は地平線の彼方に沈みかけていた───。


 そんな俺がタイクーン領内に入ったのは月が空高く登る頃だった。星が煌めき、森はひっそりとしている。
(タイクーン城………もうすぐだ!)
 いと高き塔の、今は主なき飛竜の間が見えてきた。
 その上に立つ、1人の人影。
(もしかして………!?)
 俺がもう1度飛竜の間へと目を向けた時、そこには誰もいなかった。
(幻………だったのか………?)
 自問自答してみる。もしかしたら今のは俺自身の心が魅せた幻影だったのかもしれない………かの姫君はあの場所から大空を見渡すのが好きだったから………。
 やっとのことで城門へと辿り着きはしたのものの、真夜中のことだから堂々と正面から入るわけにはいかず、俺は裏へと回った。そして、丁度目的の部屋がある辺りでボコから降りる。
「ボコ、大人しくしていろよ」
「クエ!」
 俺はボコをなだめると、ある魔法を唱えた。
「我、欲すは天の力場! レビテト!!」
 空中浮遊(レビテーション)を行う魔法にはこんな使い方もある。
 俺はバルコニーにそっと降りた。
 月の光を浴び、俺の影がくっきりと浮かぶ。
「ファリ───」
「バッツ!」
 俺が呼ぶよりも早く、俺は自身の名前を呼ばれた。
「どうして………俺だと分かったんだ?」
「飛竜の間から見ていた。真夜中となるとここからが1番侵入しやすいからな」
(あれはやっぱり………)
 お前のすることなんかお見通しだ、と付け加えてファリスは笑った。
「じゃあ………これもお見通しかな?」
 俺はニヤッと笑って懐中時計を取り出すと、カウントダウンを始めた。
「3………2………1………」

 リンゴーン、リンゴーン………。

 聖風教(せいふうきょう)───タイクーン周辺の民が風のクリスタルを崇める宗教───の聖堂から大きな鐘の音が聞こえてくる。
 俺は聞き惚れているファリスの背中に手を回し、ぎゅっと抱き締めた。
「バッツ………痛い………」
 ファリスの声も俺の耳には届かない。
 俺はファリスの顔にそっと自分の顔を近付けた。
 腕には共に戦っている時には分からなかった細くて柔らかい感触が伝わってくる。
「バッツ………長過ぎだ、バカ………///」
 ファリスは顔を赤らめた。
「知ってるか? 聖堂の鐘には言い伝えがあってな、クリスマスの日の午前0時に愛する人と鐘の音が終わるまで口付けを交わせたら………その人は運命の人なんだとさ」
 俺はファリスの紫の髪に指を絡めながら言った。
「メリークリスマス、ファリス」
「………バッツ、どうしてお前はいつもこんなに………気障なんだよ………!」
 ファリスの翡翠の瞳が潤んでいた───。


「城での生活は退屈さ………。バッツは半年の間、何をしていたんだ?」
「俺は………あてもなく旅をしていただけさ」
 夏に三日月島へ、秋にカルナックへ行ったことを話した。
「リックスへは行かなかったのか?」
(リックス………)
 俺はこの前のことを話すべきか迷ったが………。
「リックスへはここに来る前に行った………俺の幼馴染み2人が今度結婚するらしい。そのうちの………フィリアの家に暫くいた」
 正直に話してしまった。別に隠そうと思えばできたが、何よりファリスに隠し事をするのが嫌だった。
 ファリスはあからさまに不審な顔をしていたが、俺は話を続けた。
「酷い雪嵐の中で、俺は不覚にも倒れてしまってな………そこをフィルに助けられた」
 ファリスの顔が驚きに染まった。
「フィルは言ったよ。俺のことが好きだった、って………。俺も、昔はフィルのことが好きだった………。でもな………」

 ───今の俺はファリスしか、目に入らないんだ………───

 俺は………最低なやつかもしれない。
 好きな人を目の前にして、他の女性の話をするなんて。
「………ファリス。俺のこと………嫌いになったか………?」
 ファリスは俯いたまま言った。
「………………………嫌い………………………になれるわけ………ないだろ………………こんな現れ方しておいて………!」


 東の空がだんだんと明るくなってきた。
「そろそろ明るくなってきたな………」
 俺の考えていることがファリスにはすぐに分かったらしい。後ろから抱き締められた。
「バッツ、行くな………!」
「ファリス………」
 俺だって………手放したくは、ない。
 ファリスの手をゆっくりと解き、俺はファリスの方へと向き直った。
「ファリス、必ず約束する。絶対に戻ってくる」
「………嫌だ、オレをまた………独りにするつもりか………!」
 泣き出しそうなファリスの左手を取り、俺は懐からあるものを取り出した。
「これは………?」
「これはな、おふくろの形見の指輪だ。親父が昔、おふくろにプレゼントしたらしい」
 かつて俺の親父、ドルガンが最愛の妻であるステラに贈ったという、銀細工の指輪。
「これをファリスに、やる。俺が必ず帰ってくる、その証だ」
 ファリスは何も言わなかった。
 ただ、黙って俺の唇にファリスの艶やかな唇をそっと重ねただけだった………。
「絶対に、帰って来いよ………」
「ああ、必ずだ」
 紅のマントを翻し、俺はボコの元へと向かった。
 いと美しき姫君………俺の側にいてくれたらどんなに幸せだろうか? と、思いながら───。

後書き

 予定ではずっとずっと辛口にするつもりだったのに、またもやお子様カレーのごとく甘口になってしまいました(汗)ちなみにバッツが渡した指輪は『すべてはここから』のラストでドルガンがステラに贈った銀細工の指輪です。(行動までもが親子そっくり(笑))うちのバッツはやはり気障で大胆でストレート。世間一般では影の薄い、三枚目キャラな主人公などと言われていますが(ぉぃ)、うちでは主人公路線まっしぐらです。きっとこれからもそれは変わらないと思います。最後にここまで読んで下さったみなさん、ありがとうございました。

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