第1話 蒼の姫君

 今から遡る事約400年前───。
 人魚は陸(おか)に上がった。ヒトと共存する為に…。
 しかし、ヒトは人魚の持つ魔力を手に入れようとした。
 争いを好まなかった人魚達はヒトが振り翳す凶刃に次々と倒れていった。
 人魚の姫は哀しみに暮れ、魔詩(まがうた)を詠った。
 そして、それは蒼い結界となって国中を包み込んだ。
 これはその人魚の姫の血を引く1人の王女の物語───。




(あと、2週間ですわね…)
 淋しげに微笑む蒼き姫君がいた。
 彼女の名はイザベラ。アクアヘイム王国の第1王女である。
(仕方ありませんわ…でも)
「イザベラ姫」
 後ろから姫を呼ぶ声がした。
 声を掛けたのはアレイク───『蒼の騎士団』の団長を務め、姫の護衛役でもある人物であった。
「どうかしましたか?」
「久々に外出してみますか?」
 珍しいと姫は思った。
 アレイクの方から外出を勧める事はほぼ皆無だったからである。
 もっとも姫の方から城を抜け出す事は度々あり、護衛をしなければならない彼はいつも頭を悩ませていたのだが。




「わぁ! イザベラ姫だ!!」
「また城を抜け出してきたんですか?」
「アレイク殿も大変じゃのう…」
 城下町へ向かうと、人々の様々な反応があった。
「こんにちは、皆様。今日はとても清々しい天気ですね」
「そうだ、姫様! 丁度今朝仕入れた美味しい野イチゴがあるんだ。良かったら食べないかい?」
 ええ、とイザベラは差し出された籠から野イチゴを1つ手にした。
 無論、アレイクが毒味を兼ねて先に口にする。
 城下町に住む人々は皆、イザベラ姫とアレイクの事を心底慕っているが、アレイクは決して手を抜かなかった。
「まぁ、美味しい!」
「でしょう? 後でお城まで届けておくよ」
「よろしいのですか?」
 姫は申し訳無いと思った。
 折角仕入れた品物をただで譲ってもらうなど…。
「いいんだよ。この前、新しく養護施設を作るように国王様に進言して下さったお礼だと思ってくれれば」
「ありがとうございます」
 イザベラ姫は宮廷内での公務に加え、度々国内を視察していた。
 そしてその様子を現在の国王であり、父でもあるグランツに逐一報告している。
 また、言葉こそ丁寧ではあるが、姫は決して上から見下すような真似をせず、むしろ人々と同じ目線に立って物事を見る事が出来た。
 その為、姫は国民から慕われていたのである。



「あら…」
 と、姫は急に立ち止まった。
 アレイクが見ると、そこは露天商だった。
「素敵ですわ」
「全く、恐縮です…」
「いくらだ?」
「いえ、姫様からお金など頂けません」
 いやいいんだ、とアレイクは遮り、金貨を3枚渡した。
「姫様。誕生日が近いので…」
「ありがとう、アレイク。うふふ、お城にある高価なアクセサリーよりもこちらの方が素敵ですわ」
 その微笑みはまるで慈愛の女神のようだ、と誰もが思った。
 それ程にイザベラ姫はアクアヘイムの民にとって大切な宝だったのである。




 その日の夜───。
 湯浴みを終えたイザベラ姫は自室のベランダで唄を唄っていた。
 姫は非常に歌が上手く、それはまさに人魚の血の成せる業だった。

「ああ、叶わぬものと
 諦めていたけれど
 貴方の傍にいたいと
 何れ程想った事でしょう

 たとえ空と大地が融けてしまっても
 海の調べは貴方の元へと届けます

 いつか水底へと還るまでに
 此の想いを打ち明けられたら
 その優しい両腕で
 貴方は抱きとめてくれるでしょうか───」




「…っく、ひぃん…っ」
 それは遠い昔の記憶だった。
 父親である国王から定められし運命を言い渡された日の事。
「泣かないで下さい、姫」
「だって…だって、私…怖い」
「姫様の怖いものとは…?」
 彼女は首を横に振った。
 まだ幼いというのに、恐怖の対象を自ら語ろうとはしなかったのである。
「言っちゃいけないの。でも、私怖くて…っく」
「それならば───」

 私が、姫様を守ります───。

「…!」
 アレイクは姫の前で誓った。
 真摯な眼差しを逸らす事無く。
「だから、泣かないで下さい」
 頬を拭う優しい手に姫は安心した。

(この人を哀しませたくなんか…ない)

 同時にイザベラ姫もまた、アレイクにそっと誓うのだった。
 ───決して言葉にはしなかったのだが。


 この後、わずか数年でアレイクは最年少の騎士団長となった。
 また、イザベラ姫も国内外の政務と外交に精力的に勤しむようになったのである。




(ああ、私はアレイクにどうしてあのような誓いをさせてしまったのでしょう…)
 幼き日の記憶を辿り、イザベラ姫は溜息を吐いた。
「私は…もうすぐ、貴方の傍にいられなくなってしまうというのに」
 それは、普段は決して見せる事の無い、憂いに満ちた表情だった───。

後書き

 「水底に消えた旋律」の小説版第1話、いかがだったでしょうか? 今回のモチーフはギタドラ&二寺より「CaptivAte」シリーズ(裁き、誓い、浄化)です(2(ツヴァイ)の「覚醒」は除く)。ストーリーも「裁かれ、誓い、浄化し合う…」の順に乗っ取っていて、3部構成ですwww

 「CaptivAte〜裁き〜」にハマった時に、「この曲って人魚姫っぽいwww」と冬咲秋桜様に話していたので、「人魚」と「歌姫」というモチーフも入っています。また、「ミュージカル的な要素」をテーマにした書き方をしています。

 「蒼天の雛」同様、かなりシリアスなお話なのですが、姫の凛とした強さを感じて頂ければ幸いです。今回は私の友人の翦斗様に素敵なイザベラ姫のイラストを書いて頂きました。2人でキャラクター像を練りながら作ったキャラクターですので、是非そちらもご覧下さい。

 追記。「こころっと。」でのボイスドラマ化企画の際にプチカ様に描いて頂いたイラストを挿絵にさせて頂きました(許可あり)。2話以降も挿絵を入れたので、是非ご覧下さい。

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