第2話 記念式典

 イザベラ姫は溜息を吐いた。
(ああ、何故私はあんな事を…)
 胸がズキズキ痛むのを堪えながら淋しそうに彼女は微笑む。
 アレイクの為を思っての言葉とは言えど、非常に後悔していた。




「アレイク…婚約が決まったそうね」
「ええ。ですが、私は断るつもりでいます」
 アレイクは申し訳無さそうに言った。
 しかし、姫はアレイクの意向など少しも聞いていなかった。
「シンシア嬢は家柄も良いですし、本人も才女として知られる優秀なお方ですわ」
「姫…。私は───!」
「ごめんなさい、アレイク」
 彼女はアレイクに最後まで言わせなかった。
 彼の気持ちはとうに分かっている。
 何故なら、イザベラ姫もまたアレイクと同じ気持ちだったからだ。
 アレイクの家柄を案じているわけではない。
 騎士の家系に当たる彼はグランツ王からの信頼も厚いし、そして何より、国民にも好かれている。
 それでも、姫には断らなければならない理由があった。
「私はこれから湯浴みがありますので…」
 イザベラ姫の瞳は宙を泳いでいる。
 対するアレイクはどこまでも真摯に姫を捉えて離そうとしなかったので、彼女は駆けるようにその場を離れたのだった───。




 その事を引き摺ったまま、記念式典当日を迎えた。
 イザベラ姫は父にして国王のグランツと共に式典の挨拶を済ませ、賓客をもてなしていた。
 無論、傍にはアレイクが控えていたのだが、この前の気まずさからか、お互い最低限しか言葉を交わさなかった。
 尤も、それは切っ掛けが掴めないという感じであったが。



「姫様、お召し物は如何致しましょうか?」
 式典の挨拶も終わり、舞踏会への準備に取り掛かる。
「蒼い…深海のようなドレスがいいですわね」
 と、イザベラ姫はロイヤルブルーのドレス手にした。
 このドレスは縁の部分にパールをあしらっていて、さながら海の泡のようである。
「ああ、姫様。素敵ですわ!」
 着替えを手伝ったメイド長が感嘆の声を上げてた。
(アレイクも素敵だと仰って下さるでしょうか…?)
 不安そうな面持ちのイザベラ姫だったが、ハッと我に返り、何事も無かったかのように振る舞うのだった。




「イザベラ姫、お相手を」
「いや、私が先だ!」
「いや、私こそが!」
 ダンスパーティーの準備が整うと、我先にと言わんばかりにこぞってイザベラ姫の相手を務めたい貴族達が声を掛ける。どの貴族も名門や古くから続く一族ばかりである。
「まあまあ───」
 だが、姫はそのような気分ではなかった。
 ずっと、ずっとアレイクの事が気になって仕方無いのである。
「姫様。私と踊って…下さりますか?」
 イザベラ姫はぱぁっと笑顔になり、アレイクの手を取った。
 それは、永らく止まっていた時間が急に動き出したかのようだった。
「アレイク…! ええ、喜んで」
 それを見ていた他の貴族達は「アレイク様が相手なら仕方が無い…」と口々に言うのだった。



「アレイク…申し訳ありません、私───」
「いえ、いいんです。出過ぎた真似をしてしまいました」
 優雅な音楽の中、踊りながら2人は会話を交わす。
「姫様…落ち着いたら、また姫様の歌声をお聴かせ下さい」
「…ええ」
 姫は短く返事をした。
 瞳の奥に哀しみを宿しつつも、決してアレイクには悟られないように。
 そう、彼女にはそれが叶う事は決して無いと分かっていたからである。


 曲が終わりを告げる。
「ありがとう、アレイク。ふふっ、助かりましたわ」
「ひ、姫様…いえ。こちらこそ、ありがとうございました」
 イザベラ姫の笑顔があまりに美しかったので、アレイクは思わず狼狽した。


 しかし、曲の終わりこそが姫とアレイクの過ごす最後の時間となってしまう事を彼は知らなかったのであった───。

後書き

 ふぅ…やっと原稿書き終わりました;;(これを後は台本用にリライトせねば…) という事で、「こころっと。」でも外部募集をしております、「水底に消えた旋律」の第2話をひと足早くお届けしました。というか、2話目はとてもとても短いような…(汗) プロットをもう少し膨らませれば良かったかとあたふたしております。

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