サムシングフォーの伝説

 ねぇ…リア。あたし…結婚する事になったよ。
 相手はね、チェスターって言って、口煩くてカッコ付けで皮肉屋なやつ。でも、不器用だけどとても優しいやつなの。
 今まで数えきれない程助けられた。だけど、そん時はね、あたし…素直になれなくて。いつもケンカしてばっかだったよ。だから、今度は…今度はちゃんと自分の気持ちを伝えていけたらな、って思うの。
 それに…あたし達みたいにエルフの血が少しでも流れている人と結ばれるって事は…それだけ当然、寿命も違ってくるよね。
 きっと、あたしの方が長生きする。それも、気が長くなる程永く遠い時間の果てまで生きちゃうから。だから、あたしはあいつと一緒にいられる時間を精一杯大切にしたいの。
 リアならきっと…あたしの気持ち、分かってくれるよね?


 あたしはリアがくれた青いリボンに向かって呟いた。それは、あたしの心の中に今でも生き続けている親友との対話だった。
 …と、そこにミントがやって来たの。
「アーチェさん、どうかしました?」
「ううん、ほら、明日でしょ。だから、リアに報告してたの。このリボン見てたらきっと空の上のリアにも届くだろうって」
 あたしは笑顔で答えた。ミントがテーブルの上にあった青いリボンを掬うように手に取る。
「アーチェさん、『サムシングフォー伝説』は知っていますか?」
「ほぇ? 何それ??」
 あたしが知らない事を一切責めたり軽蔑したりせず、ミントは丁寧な解説をしてくれた。
 何でも、結婚式の時に決まったものを身に付けた花嫁は幸せになれるという、法術師の間に伝わる言い伝えなんだって。で、その決まったものってのが『サムシングオールド(何か古いもの)』、『サムシングニュー(何か新しいもの)』、『サムシングボロー(何か借りたもの)』、『サムシングブルー(何か青いもの)』らしいの。
「アーチェさんの『サムシングブルー』はこれで決まりですね」
 ミントはそう言って、あたしの手の中にリボンをそっと置いた。
「それから『サムシングボロー』。これなんていかがでしょうか?」
 ミントが差し出したのはナンシーがエルウィンと結婚した時にくれたホワイトグローブだった。
「い…いいの!?」
「ええ。アーチェさんなら」
「…ありがとう」
 あたしは目が潤んできた。
 何だろ、マリッジブルーってやつなのかな…これ。きっと、あいつが見たら「らしくねーな」って言うんだろうな…。
「さあ、明日の為にもそろそろ寝ましょう、アーチェさん」
「うん…」
 ミントが電気を消し、私の隣のベッドに横になる。あたしも同じように横になり、暫くして目を閉じた。
 ミント、そしてリア…ありがとう。
 暗がりにひと粒の涙が零れ落ちた───。




 当日の朝───。
 その日は6月にしては珍しく、清々しい青空がどこまでも続いていて、あたし達を祝福してくれているような空模様だった。
 そんな空の下で、チェスターはアミィちゃんのお墓の前で手を合わせていた。
「チェスター………ごめん…あたし、アミィちゃんを…」
 ───助けられなかったよ………。
 あまりの辛さに最後の一言は声にならなかった。
 チェスターの唯一の肉親だったアミィちゃんを本当は助けたかった…。でも、それは新しい時間軸を生み出す恐れがあるからと、あたしは彼女を見殺しにした。
 後でどれだけチェスターが苦悩するかを知りながら、あたしは正しい歴史を歩ませるという、クラースとの約束の方を選んだの。
「仕方無いさ…アミィはお前のせいで死んだわけじゃねーだろ。だから、泣くな…衣装が台無しになるぞ」
 対するチェスターの返事は淡々としていた。
 いっそ、責めてくれたら…楽になれるのに、チェスターはあたしの事を責めなかった。
「アーチェ。折角の結婚式なんだ…アミィにも、お前が幸せなところを見せてやれ」
 チェスターに抱き竦められ、頭の上にぽんと手を置かれた。そんなあいつの笑顔が眩しかった。ホント…泣きたくなるぐらい清々しい笑顔だった。




「アーチェさん、素敵…羨ましいですわ」
 ミントはクレスの方をちらっと見ながら最後の一言を言った。あぁ、クレスがいつまで経ってもプロポーズしないから…。
「…ちょ、ちょっと…ミント!??///」
 あはは、クレスがたじたじしてる。この2人もいい加減くっつけばいいのに…2人共奥手なんだからー。
 でも、微笑ましかった。あたし達にはずっと出来なかった恋の形だもん。思えば、初めて逢った時から喧嘩ばっかしてたもんなぁ…。それが、眠れなくって南の森まで散歩しに行ったある夜…。


 ズドンッ!


(チェスター…?)
 今でも…あいつは弓の練習を怠らない。その理由はよく知ってる。あれが、チェスターの過去に対するけじめの付け方なんだって。
 いつか、弓を射ってると気が楽になる、あいつはそう言ってた。
「誰だ?」
 チェスターはあたしの気配にすぐ気付いた。あたしはそそくさと草陰から現れた。
「ごめん、眠れなかったから…ちょっと散歩しに。あ、邪魔ならどっか行くから」
「いや…いい。ここにいろ」
 暫く流れる沈黙。あたしは目を瞑って風に乗る矢の音を聞いていた。
「ふぅ…今日はこれぐらいにしておくか」
 ふと、見上げるとチェスターと目が合った。
 ヤバ…何言おう………。
 あたしが口を開くよりも早く、チェスターが話し掛けてきた。
「アーチェ………オレじゃ駄目か?」
「…へ?」
 な、何の話………?
「オレは…クレスみたいに優しくもねーし、クラースみたいに知識があるわけでもない。だが…お前を…その…幸せにするから」
 な、何て事言うのよ、こいつ…///
 あたしは茶化そうと思った。でも、あいつの瞳がとても真剣だったから、そんな事言えなかった。
「…いいよ、チェスターなら…///」
 あたしもずっと言いたかった事…でも、中々素直になれなくて言えなかった事をやっと言った…。
 そうしたら、あいつはあたしの事をぎゅっと抱き締めて…唇を、塞いだ。普段の言動とは違って、とても優しい、キスだった───。




「クラースさんやミラルドさんに見せたかったね、アーチェさんの花嫁姿」
 あたしはクレスの一言で、ふと我に返った。いけない、あたしってば何て事思い出してるのよ…バカバカ///
「でも、きっと2人も見ててくれますよ。…さぁ、チェスターのところに行ってあげて下さい」
「うん…」
 この場にお父さんはいない。お母さんも………。
 それが少し、心残りだった。ううん、みんながこうやって祝福してくれてるのに、あたしってば…我が侭だよね。
 思わず泣きそうになり、俯いた。けれど、涙を堪えて1人でバージンロードを歩く。
 行かなきゃ…チェスターのところへ。
 その時だった、後ろから誰かに呼び止められたのは…。
「アーチェ…!」
「…!」
 あたしを呼び止めたのは、母であるルーチェだった。
「………どうして…ここに?」
「あなたが結婚する事を族長から聞きました。あれ程頑に掟を守っていた彼の言葉は正直…意外でしたよ」
 エルフの里の族長ブラムバルドさんとは過去で1度会っている。あたしがハーフエルフだから、エルフの里に侵入した罪で処刑されそうになった時に…。
「『行ってあげなさい…親としてね』と。今まで何もしてあげられなくてごめんなさい」
「そんな事無いよ…お母さんの、手袋温かかったもん。ホウキだって、今でも使ってる」
 涙が零れ落ちた。それも大粒のがぽろぽろと…。
「さぁ、一緒に行きましょう…バートと3人で」
 お父さんも一緒に…お母さんはそう言った。




「汝、健やかなる時も病める時も一生妻を愛し続ける事を誓いますか?」
「…はい」
 神父の問いにチェスターが頷く。
 次は…あたしの番だ。
「汝、健やかなる時も病める時も一生夫を愛し続ける事を誓いますか?」
 神父はあたしに同じ質問をした。
 チェスター、ありがとう…。これからも宜しくね。
「はい…」
 その気持ちを込めてあたしは問いに答えた。
「では…誓いのキスを」
 チェスターがそっと、ベールを捲る。
 あたしは静かに目を閉じた───。




「ミント〜! はい、これ♪」
「ア、アーチェさん…!」
 あたしはミントにブーケを渡した。だって、あたし達が結婚したんだから、次はやっぱりミントとクレスの番だよね。
「チェスター…大事にしなよ」
「ああ。お前の方こそな」
「う、うるさいな…///」
 この2人を見てると男同士の友情もいいもんだなぁって思う。
「さて、そろそろ行くか…」
「うん」
 あたしは耳に付けていたピアスを外し、宙へと投げる。100年も昔から使ってたお母さんのホウキがあたしの『サムシングオールド』。
 そして、左手の薬指にはチェスターがくれた指環が…『サムシングフォー伝説』最後の1つ、『サムシングニュー』。
「じゃあ、軽く世界一周旅行行ってくるねー♪」
 あたしはチェスターを後ろに乗せて、大空へと飛び立った。
 あっという間にみんなの姿が小さくなる。
 風を切って進むこの感じがとても気持ちいい。
「なぁ、アーチェ」
「ん? …きゃっ」
 いきなり、キスされた。それも、随分と本気の…///
「ば、ばかっ! 手許が狂うでしょーが!!///」
「うるせーな…『誓いのキス』より、こっちの方がオレ達らしいだろ?」
 スケベ大魔王なのは相変わらず。でも、確かにチェスターらしい。
「もぅ…チェスターのバカ…///」
 あたしの小言は再びチェスターの唇で封じられる。
 そんな心地良い風を肌で感じながら、あたしはそっとあいつに身を委ねた───。

後書き

 去年、相棒の蒼竜さんと打ち合わせをしたネタだったんですけど、締め切りに間に合わず;; 今年、再チャレンジした作品です。最近、幸せな小説を書くのが辛くてずっと封印していたカプもの…。でも、久々に幸せそうなアーチェとチェスターが書けて良かったです。勢いに乗ってリハビリを続けたいと思います。ここまで読んで頂き、ありがとうございました!

プロット ※要反転

 アーチェとチェスターの結婚前夜。アーチェがルーチェに貰ったホウキ、リアのリボンを前に独白を投げ掛ける。

 Something four(何か4つのもの)。ミントから教えてもらう。ナンシーの手袋をアーチェに貸す。
 Something old→ルーチェに貰ったホウキ
 Something new→チェスターからの指環
 Something borrow→ナンシーの手袋(ミントから借りる)
 Something blue→リアのリボン

 ブーケはミントに。かつてアーチェがナンシーからもらったように。
 式後、アーチェはチェスターを乗せて世界一周旅行のハネムーンへ(笑)






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