クラースの災難

「あの、クラースさん」
 クレスはクラースに向かって切り出した。
「クラース=F=レスターの『F』って何の略なんですか?」
「それはだな───」
 クラースが答えようとするよりも早く。
 アーチェが割り込んだ。
「あ〜〜〜分かった! フェミニストの『F』でしょ!?」
「………なっ!」
 フェミニスト───男女同権論者のことを指すのが本来の正しい使い方なのだが、俗に女性に優しい、つまり軽い男を軽蔑を込めて指したりもする───というかむしろ最近では後者の意味合いの方が強い。
 クラース自身も後者の意味として取ったらしい。
「ばーか、お前には特別優しくないだろーが」
 アーチェが何か言えば、必ずつっこむ(というかケンカを売る)のは後に『妖精弓の射手』と謳われる程の弓の名手、チェスターだ。
「何よ、アンタはあっち行っててよっ!」
「んだとっ!」
 例によって2人のケンカが始まる。
 クレスはため息をついた。
「まぁ、アーチェさんもチェスターさんも楽しそうでいいですわね」
「(あれは楽しいとは違うんじゃ………)」
「(クレスさん、ニブいです)」
 苦笑いを浮かべるクレスの横ですずがそっと耳打ちをする。
 クレスはその真面目さゆえにかなりの鈍感なのである。だから、ミントがどんな想いを込めてそう言ったのかもきっと理解はしていないだろう。
「あのだな、私のミドルネームは───」
「そうだ! フェチの『F』よっ!! そうでしょ?」
「んなわけあるかっ!」
 クラースは顔を真っ赤にして怒鳴った。怒りで肩がわななき、鳴子がカランカランとうるさいくらいに鳴り響く。
 彼にとってフェチ、おたく、マニア、といった用語は禁句なのである。もっとも、大抵の学者達が物好きなのも確かではあるが。
「もういい! その話は止めろ!!」
 ついにクラースはキレた。
「まぁ、クラースさん。落ち着いて」
 よっぽどアーチェの言葉が気に入らなかったのだろう。クレスの制止も虚しく、クラースは自分の部屋へと戻った。
 バタン、と思いっきりドアを閉めて。
「アーチェ! 言い過ぎだ!!」
「お前はほんとに、年上に対する敬意がねーな」
「………………」
 クレスとチェスターに責められ、これにはさすがのアーチェも少し反省しているようだった。
「大丈夫ですよ、アーチェさん」
 ミントが微笑んだ。


「アーチェさん、ほら。こんな風にするんです」
 ミント指導の下、アーチェはミートパイを焼こうとしていた。料理オンチなアーチェは最初、酷く嫌がっていたが、ミントが丁寧に教えてくれているので、渋々だがパイ生地を作っている。
「ね、簡単でしょう?」
 そこにはアーチェが作ったとは思えない程の(実際殆どミントが作ったのだが)ミートパイが出来上がっていた。
「おおっ、アーチェが作ったにしてはうまそーじゃねーか」
「にしては、は余計だよっ」
 辺りにはミートパイのいい匂い。
 アーチェは皿に盛ってクラースの部屋に行こうとしたのだが。
「いい匂いがするな」
 当の本人であるクラースがそこにはいた。
「そうだろう! ミントとアーチェが作ったんだ」
「ミント、とアーチェ…が!?」
 クラースは目の前に置かれているミートパイを訝し気に見た。
 まともな人間ならもっともな反応である。
 ミントは料理上手、方やアーチェは殺人シェフ───一体どんな料理になっているのか想像がつかない。
「食べてみて下さいな」
 ミントが小皿に分けてクラースの目の前に置く。
 クラースは暫く黙っていたのだが、やがてその一口を口許に運んだ。

 ぱくっ。

 ………。
 ………………。

 ぱくぱくっ。

 ………。
 ………………。

「本当にアーチェが作ったのか?」
「何よぉ〜、あたしだって本気になればこのくらい───」
「嘘つけ。殆どミントが作ったんだろ」
 だろうと思った、とクラースはそんな顔をする。
「あのね、クラース…。さっきは言い過ぎた。ごめんね………」
「でも、まぁ。わざわざ苦手なもので勝負するというのも勇気がいることだ。あれは私も悪かった。………それにしても、このパイは中々行けるな」
 クラースはアーチェの話もそこそこにパイをじっくり堪能し、残る一切れを口の中に放った。
 ………のだが。
「………………か、辛いっ! アーチェ!! 何を混ぜたんだっ!!」
 クラースは少々涙目になっている。
 アーチェはえへへー、と頭を掻いた。
「ミントが材料を出している時に、塩とコショウを入れてねって言われたんだけど。あたし、間違えてタバスコ入れちゃったんだよね」
「つーことは、それが固まっていたのが………」
「最後の一切れ!」
 クラースの肩がわなわなと震えている。
「アーチェ! 前言撤回だっ!! ………辛っ!!!」
「クラースさん、お水をっ!」
 ミントが慌ててコップに水を注いだ。
 やはり、アーチェは殺人シェフであったのだった───。

後書き

 クラースとアーチェの絡みって大好きですvvv 魔法コンビ〜w アーチェのイタズラにクラースが大人気なくキレる………そんな設定でお話を書いてみました。って実はこれ。もう5ヵ月前ぐらいから書き始めていたんですけど、中々書き終わらなかったんです(-。−;) でも、カプものでないTOPってのも楽しかったので、またやってみようと思います。

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