「もうすぐクリスマスだね」
「ええ、そうですわね」
オレ達はユークリッドにいた。理由はというと、チャンピオンのクレスを闘技場で倒せたら賞金が出るということになっていて、クレスが嫌々(と言いつつ楽しんでいるようだが)相手をしているからだ。
(全く平和なもんだ………)
ダオスとの戦いだけに集中していた頃とは、何もかもが違った。
「今年は、フリーズキールで過ごそうよっ!」
アーチェが言った。
「バカ、あそこは寒すぎるだろ!」
思わずオレは反対してしまった。しかも、本気で。
「へ〜ん、寒がり!」
なんて言いやがるから、
「んだとっ!」
と、つい怒ってしまった。
「まあ、チェスターさん落ち着いて下さい。フリーズキールなら年中雪が降っていますし、白い聖夜なんて素敵だとは思いませんか?」
「そ、そうだよ、チェスター。ホワイトクリスマスなんて最高………じゃないか!」
ミントが賛成していることもあってか、クレスまでもが乗り気だった。
「行こうよ〜」
「好きにしろ」
オレはついに降参した。寒いのは嫌だが白い聖夜というのは悪くはない。
「じゃあ、決まりっ! そうと決まったら早く早く!!」
かくしてオレはフリーズキールへと行く羽目になったのだった。
「さ、さみぃーーっ!」
普段の服のままでは、間違いなく凍え死ぬ。
だから冬服を着てきたが、それでもやはり寒い。
オレはガチガチになっていた。
するとアーチェが笑って、
「暖めてあげる♪」
なんて言った。
オレは嫌な予感がした。しかも本能レベルで。
「来れ、炎の礫よ! ファイア───」
「わっ! や、止めろ!! アーチェッ!!」
呪文の詠唱に気がついたクレスが慌てて止めた。
「何で? ファイアボールをちゃちゃっと使えばすぐにあったまるじゃん!」
こいつの脳内って本当にどうなってんだか。つーか、ここまでバカだとは。
オレは頭が痛くなった。
「バカか、お前は。そんなのやったら雪崩が起きるだろっ!」
オレの声は本当に切羽詰まっていた。
こいつは相も変わらず本当にバカだ。
でも、本当は………。
オレが寒いって言ってたから、あいつなりに気を使ってくれたんだろう。
それが分かっていたオレはそれ以上何も言わなかった。
次の日はクリスマスイヴということもあって、普段は人の賑わいが少ないフリーズキールでも、人通りが多かった。
「アーチェさん、ちょっと付き合ってくれませんか?」
「うん? いいよっ!」
ミントに連れられて、アーチェは外に出ていった。
すると、クレスが入れ違いに入ってきた。
「チェ、チェスター………ちょっと用事に付き合ってくれないか?」
(今度はクレスか………)
オレにはクレスとミントがお互いに何をしようとしているのかが何となくだが、分かった。
今日はまぁ、クリスマスイヴだしな。
つーわけでオレはいいぜ、と答えた。
「これがいいかな? それとも………」
オレはクレスに付き合ってミントへのプレゼントを探していた。
(きっと今頃ミントとアーチェも同じことをしているんだろうな………)
オレが考えている推測(ほぼ100%当たっているだろう)についてクレスは何も知らない。
「うん、これがいいな。チェスター、どう思う?」
クレスが取ったのはピンクの宝珠を持った天使がかたどられているペンダントだった。
「ミントにぴったりだな。いいんじゃねーか?」
「やっぱりそう思うよね。じゃあ、僕は会計済ましてくるよ」
そう言ってクレスはレジに向かった。
「………………」
オレは目の前にあった赤いハート形の宝石が中央についてる桃色の大きなリボンに目を奪われた。
(………あいつに………似合うか?)
オレはクレスに見つからないようにそっとそのリボンを買った。
夕方───。
オレとクレスが買い出しに行き、ミントが宿屋の厨房を借りて豪華な夕食を作り、クリスマスパーティーをした。
「ねぇねぇ、最後に1品デザートがあるんだよ!」
オレは再び嫌な予感がした。アーチェが作る料理は殆ど美味しかったことがないからだ。
「ジャーン! アーチェ特製クリスマスケーキだよ〜〜〜!!」
それを見てクレスは、
「アーチェ! 上手くなったな」
なんて言っているが、まだまだ甘い。見た目が美味しそうだからって実際そうかと言われたらそれは、違う。
オレは恐る恐るケーキを口にしたのだが………。
「美味しい!」
「まぁ………アーチェにしては上出来じゃねーの?」
予想に反してケーキは美味しかった。
「アーチェさん、よかったですね。あんなに頑張って作っていましたもの」
「うん! これで『××料理人』の汚名を挽回できる〜」
「バーカ。汚名は『返上』だろ」
「うっ、うるさいな〜〜〜」
アーチェはふくれた。
(しかしまぁ、よく表情の変わるヤツだな………)
まるで1人で百面相やってるという感じだ。でも、その一瞬一瞬違う顔をするあいつに、正直惹かれていた。それは初めてあいつに逢った時から、変わっていない。
オレはこのハーフエルフ娘を見ながらそう、密かに思った。
トントン………。
オレの部屋のドアをノックする音。
「チェスター、入ってもいい?」
「いいぜ、入れよ」
アーチェが顔を出す。腕には何本か抱えられたビンがあった。
「お酒飲もうと思ってね。本当はクレスをミントも誘いたかったんだけど、2人共いないみたいだから、さ………」
「ったく、程々にしろよ」
「うん」
フリーズキールの酒は名酒として名高く、寒い地方での酒とういのは身体を温めるために飲むものだから、アルコールの度数が非常に高い。
実を言えばオレも密かに楽しみにしていた。もちろん、程々にだがな。
「もう1本いこうよ〜〜〜!」
アーチェは顔を赤くし、既に相当酔いが回っていた。
「そろそろ止めた方がいいんじゃねーか?」
「えーまだいけるよ〜〜〜!!」
ほんとに酒乱なヤツだな。
あんなにいっぱいあった酒は1滴残らず飲み干されていた。
で、当のアーチェは、というと………。
(こいつ………寝ちまったのか?)
オレは声をかけて起こそうとした。だが、余りにも気持ち良さそうに寝ているのを見て、思いとどまった。
あどけない顔と、酒を煽ったことによって振り乱された桃色の髪がオレの抑制心という名の鎖を外しにかかる。
(いけね………オレは何考えてんだ………)
いくらオレでもさすがにそこまで愚かじゃねー。
でも、かといってこのままオレの部屋にいさせるわけにもいかないから、オレはアーチェを抱きかかえた。
アーチェの部屋に入り、ベッドの上に寝かせる。
(そういや………渡しそびれちまったな………)
オレは部屋に戻って昼間に買ったあれを持ってきた。
それをベッドの側のサイドボードにおく。
(それにしても………本当にこいつは無防備だな………)
普段は絶対に見せないような安らぎに満ちた寝顔をしている。
「………んんっ、チェスター………」
(げっ、起きちまったか?)
オレは慌てたが、それが寝言だと分かると安堵のため息をついた。
(一体、どんな夢見てんだか………)
大体オレの名前が出てくることからしておかしい。
というか、何でオレはこんなに狼狽してんだろうか?
「………………好き、だよ」
(おいおいっ///)
本気でアーチェがどんな夢見てんだか気になった。たかがこいつの夢の中でのできごとだというのに。
だが寝言とはいえ、オレの理性を奪うには十分過ぎる程だった。
オレはアーチェが目を覚ましていないのを確認すると、自分の顔を近付けた。
唇にそっと触れる。ほのかに漂う、甘い香りがオレの鼻をくすぐる。
既にオレを縛るものなど、何もなかった。
起こしてしまわないように注意しながら、角度を変え、より深く口づけをする。
本当はこのままどうにかしてしまいたかった。しかし、その気持ちをぐっと堪え、オレはアーチェの顔から離れる。
「………メリークリスマス、アーチェ」
小さな声で、オレは呟く。
(朝起きたら………気づいてくれよな)
オレはあいつがそのリボンをしているところを想像しながらアーチェの部屋の扉を閉めた───。
後書き
チェスアーでのクリスマス小説でした。TOPではあまり甘いシーンというのがなかったのですが、今回はチェスターがFairy好みに壊れてくれたので(爆)、いい感じに仕上がりました。アーチェは一体どんな夢を見ていたんでしょうね?(笑)ちなみにタイトルはかの有名な『亜麻色の髪の乙女』をもじっています。