「チェスターのバカバカバカッ! もうアンタのことなんか知らないっ!!」
「あ、待てよ! アーチェ!!」
クレスの制止も今のあたしには無用だった。もう、アイツのことなんか知らないんだから!
あたしはホウキを手に取り、素早く飛び乗った。
もはや日常的ともいえるチェスターとのケンカ。でも、今回だけは絶対に許せない!
「そりゃ、あたしはミントと違って全然ないけどさ………」
あたしはある場所を目指しながらそう独りごちた。
それはトーティス村再建の初めとして拠点となる大きな家を建てようとあれこれやっていた時のこと。
木に立て掛けていたはしごが突然倒れてきたの。で、あたしはその側にいて………。
直後、チェスターが走ってきてあたしを抱えて倒れ込んだんだけど。
「おい、アーチェ大丈夫か?」
「う、うん………」
体勢が体勢だったんだよね。しかも、運が悪いことにそれをクレス達に目撃されちゃって。
「チェ、チェスター!?」
「アーチェさんっっ!!?」
お互い冷静になって考えてみると。
「あ………ふ、不可抗力だ! 不可抗力っ!!」
チェスターは慌ててあたしから離れた。
「このっ、スケベ大王!!」
「何だと! お前みたいなペッタンコの触ったって嬉しくも何ともねーよ!!」
「〜〜〜っ!!!」
で、むかついたからこうやってホウキに乗って飛び出してきたってわけ。
あたしはある場所───ユミルの森を目指した。
チェスターとケンカするたびここにこうやって来て、樹の枝の上に座る。
もう、今までに何度も。
「今回だってアイツが悪いんだもん! そう、アイツが………」
目頭が熱い。
あたし………本当は気がついていた。
アイツが必死になって助けてくれたことに。
でも、それをクレスとミントに見られちゃって。
………恥ずかしかったんだ。
「ゴメンね………チェスター………」
あたしはいないアイツの名前を呼びながら泣いていた。
ゴロゴロ………。
急に空が曇ってきた。このままだと一雨来るかも。
あたしは空を見ながら思った。
ポツン。
雨が降り出す。
空もあたしと同じように泣いてる。そう思うとあたしは余計に辛くなった。
ザァーーー………。
あたしの頬を伝わる2つの雫。
1つは温かいあたしの涙。そしてもう1つは空から落ちる、冷たい涙。
「お母さん………謝りに行かなくちゃ………いけないよね?」
当然、答えはない。けど、ここにいればきっと答えが返ってくるような気がする。
だから………あたしは迷うたびここに来ていた。
お母さんを感じられるこのユミルの森に。
「………………戻ろう。アイツの、チェスターのいるところへ」
戻って今度こそちゃんと謝るんだ。素直にならなくちゃ、ダメだよね?
決めたら即行動、があたしのモットー。
ホウキにまたがり、アルヴァニスタ兵とエルフ達に見つからないようにその場を後にする。
ゴロゴロゴロッ!
近くに雷が落ちた。
「………!? きゃあっ!!」
いきなりホウキが言うことを聞かなくなっちゃった!
あたしは真っ逆さまに落下して………。
バッシャンッ!
湖へと転落しちゃったみたい。
「………………くしゅんっ!」
びしょ濡れ………。このままじゃ風邪ひいちゃうよ。
あたしは気を取り直してホウキに乗った。雷の影響を受けないように低空飛行をしながら。
「アーチェッ!」
「ど、どうしたんだよ………おい、しっかりしろ!」
「チェ………スター? クレ………ス??」
チェスターとクレスの声が遠くに聞こえる。
そうだ。
あたしはトーティスまで帰ってきたんだ。
でも、何だか身体が言うことを聞かなくって。
あたしは完成した家の、ドアの前で気を失ってしまった。
「気がついたか?」
隣にいたのはいつになく心配そうな顔をするアイツだった。
「南の森から帰ってきたらお前がドアの前で倒れてたからさ………正直焦ったぜ」
照れ隠しなのか、チェスターはそっぽを向いていた。
「チェスター………あのさ………ゴメ、ン………ね。あたし、助けてもらったのに、さ」
「いつものことだろ。そんなにしおらしくなるなって」
あたしの額に乗せられたタオルを取り替えながらアイツはこんな風に言った。
いつもならきっと「ヒドーイ! 失礼しちゃうよねっ!!」とか言って怒っちゃうんだろうけど、今日はそんな気にはなれなかった。
もちろん、怒るだけの気力がないというのも理由の1つだった。
けどさ、あんなにヒドイこと言っちゃったのに。
それでも許してくれたんだなぁ、って思っちゃったから………。
「食欲はあるか?」
「うん………おなか、すいたかも」
「じゃあ、とっておきのやつを作ってやる」
そう言い残して、チェスターは部屋を出ていった。
「風邪、ひくなんて………らしくないよね?」
誰もいない部屋であたしは力なく呟いた。
きっと、いつものチェスターなら「バカは風邪ひかないんじゃなかったっけ?」とか言いそうなのに。
いつもより優しいアイツのことを考えるとちょっぴり胸が苦しかった。
「できたぜ」
チェスターが食事を持って戻ってきた。
「これは?」
「これはな、バークライト家に代々伝わる『マーボーカレー』だ。味は保証するぜ」
あたしは目の前のマーボーカレーを一口食べた。
「おいしいよ、チェスター」
「そうだろ? で、こっちは特製フルーツジュースだ。よくアミィが熱出した時も………作ってやったんだぜ」
今はいない妹のことを思い出しちゃったのかな。
ちょっと表情が辛そうに見えた。
「あ、ごめんな………つい感傷に浸っちまって」
「ううん。それよりさ………」
あたしは思いきってお願いしてみた。
「あたしにこれの………作り方、教えてくれる? ほら、あたし料理下手だしさ」
「ああ、いいぜ。ただタレの作り方は黄金の比率。ちょっとやそっとじゃこれは作れないから覚悟しておけよ」
チェスターが、笑った。
アイツがこんな風に笑うところなんて普段は滅多に見ない。
「ほら、早くそれ食ってさっさと風邪治せ」
「うん」
チェスター、ありがとね。
あたしは心の中でそっとお礼を言いながら、まだ湯気の立ち上るマーボーカレーを口にした───。
後書き
初のチェスアー小説です。チェスアーは初めてだったけど、たぶん私が今まで書いた(オリジ含む)どの小説よりも書きやすい。というか2人共動かしやすい。特にアーチェは私と性格がよく似ています。私も昔は好きな人と逢う度にケンカばっかしていました(汗)なりきりダンジョンの公式小説(なりダンは未プレイだけど小説だけある)で、アーチェがマーボーカレーを作っていたのが今回の話の元です。ただ、公式小説とは矛盾点がありますが。