第1話 聖龍の痣を持つ者達

 私の名前は春宮真菜(しゅんぐうまな)。私立霧ヶ峰高校という、ちょっぴり古風な学校に通う高校2年生。
 うちの学校では昔から武術───剣道、弓道、古武術、薙刀etc.を重んじていて、私自身も弓道部に所属。
 家は今時珍しいかもしれないけれど、神社で神職をしている。ちなみに家族は祖父と祖母に4つ上の兄3歳違いの姉がいる。わけあって父と母は他界してしまっているけれど、生活には不自由したことはない、と少なくとも私は思う。
 我が家は代々神職につくことと武術を習うことが義務付けられていて、兄の秀一は剣道、姉の美樹と祖母は薙刀、祖父は私と同じ弓道を選択した。
 それからどうやらうちの家は職業柄もあるけれど、生まれつき霊感体質らしい。信じてもらえないかもしれないけれど、実は私も霊が視える。昔は金縛りに遭ったこともしょっちゅうだったし、悪霊に襲われたこともある。霊という存在は自分自身が視える存在に対し、何らかの手段で訴えている場合が多く、私の場合もそうだったみたいだ。
 祖母が巫女長(みこのおさ)をやっていて、多くの門下生を抱えている。私も忙しい部活の合間に手伝っていて、これでも一応、巫女見習い。
 将来の夢は1人前の巫女になって、祖母や亡くなった母のような立派な人間になりたい。
 私についての話は大体こんなもんかな。


 ところで今日の日付のことだけど、4月8日───つまり、始業式。始業式といえば、校長先生の長い話を聞いて、自己紹介をして、クラスで色々と決めるのがお決まりパターン。
 だけど………。
 今回はいつもと違った。
 担任の先生が手招きで1人の男子生徒を中に入れる。
「(ねぇ、真菜。あの人、カッコ良くない?)」
「(うん、そうね)」
 私は後ろの席に座っている親友───宝來由美(ほうらいゆみ)の問いに頷く。ややクセのある黒髪、赤みを帯びた瞳、どこかすらっとした印象を与える身体つき───その全てがうちの学校の男子にはいないタイプだった。
 ………と、そんなことをチェックしていた時。
 不意にその緋色の瞳と目が合った。
 ………どこか哀しそうな、憂いを帯びたような、そんな目つき。
 私は思わず見とれて目が離せなくなってしまった。
「朱河大輝(あけがわだいき)と言います。前の学校では剣道部でした。よろしくお願いします」
「春宮の隣が空いてるだろ。そこに座ってくれ。春宮、面倒見てやれ」
「あっ、はい」
 それで私の席の隣が空いていたのね。
 納得、納得。
「ねぇ」
 1人でそんなことを考えていたため、声をかけられたことにも気がつかなかった。
「真菜ってば」
 由美にそう言われ、私は慌てて隣を見た。そこにあったのは少々ふくれた顔。先程の哀しそうな目をしていた人と同一人物とは思えない。
「何?」
「あのさ、お前。今日の帰りは1人で帰らない方がいいぜ」
 ………意味不明。
 社交辞令とギャップのある発言がより一層彼をミステリアスな雰囲気に仕立て上げている。
「………………どうしてそんなこと言うの?」
「さあな。何となく、だ」
 どうもつかみどころがない、といったそんな人物。
 私は色々な意味で、朱河大輝という人間が気になっていた。


 休み時間───。
 朱河君の席の周りには彼目当ての女子でごった返していた。
「朱河君、前はどこに住んでいたの?」
「どうして転校してきたの?」
 などなど、転入生に対する定石ともいうべき質問ばかりしている女子の面々。私だったらそんな問いに嫌気が差すだろうというのに彼は嫌な顔1つせず、むしろ笑顔でそれに答えている。
「そうだ、誰かちょっと掌見せてくれないか?」
「あっ、あたしでよければ………」
 そう言ってちょっと恥じらいながら手を出すクラスメート。
「うーんと………………早く結婚しそうだな。家庭運もいいみたいだ」
 て、手相!? ………ちょっと凄いかも。
 朱河君の行動1つ1つにみんなは大騒ぎ。
「私も見て!」
「あ、あたしもっ!!」
 かくして、その場にいた全員が彼に手相を診断してもらうことになった。
 そして、私の番………。
 朱河君は私の手を取ると、暫く黙り込んだ。
「………………お前、弓道やってるだろ?」
 えっ!?
 唐突に返ってきたのは、占いとは全然関係のない、あまりに予想外な答え。
「な、何でそれを………………!?」
 自己紹介の時に所属部活を言った覚えは、ない。
「ほら、親指の付け根。跡がついてるだろ。こんなとこに跡がつくなんてのは毎日弓でも引かなきゃあり得ないからな」
 確かにその通りだった。でも、弓道部員でもないのに、何故そんなことを知っているんだろう?
 ますます私は混乱した。


 昼休みを経て、放課後───。
 私は別館にある弓道場へと向かった。
 まだ誰もいない道場はシンと静まり返っていて、校内の他の場所とは違う、どこか神聖さを感じさせる雰囲気が漂っている。
 今日は自由参加の練習日。とはいえ、私はできるだけ欠かさず練習しに来ている。1番の理由は何より弓を引くのが大好きであるということ。1年の時から慣れない体配を一生懸命こなしたのもあってか、今では昔とは比べ物にならないほど上達したし、顧問の山吹先生にもよく褒められるようになった。
 ………もっとも、お爺ちゃんに言わせればまだまだみたいではあるけれど。
 私は矢立から矢を取った。
 目標は28m先の的。
 日本の弓───和弓はその特性から技術に頼らざるを得ず、洋弓───アーチェリーのように簡単には身につかないと一般的に言われている。………別にアーチェリーが簡単で、一朝一夕で身につく、というわけでもないけど。
 場の空気が張り詰めているのが分かる。それは道場の雰囲気のせいだけではない。
 どのスポーツでもその時の気分がボールやラケットに伝わるものだ、なんてよく言うけれど、弓道にもこれは当てはまる。むしろ、弓道程心の動きが露になる競技は無いに等しい。
 心が乱れている時の矢は絶対に的には中らない。………今の、私のように。
「春宮先輩、矢が………!」
 今来たばかりなのであろう後輩が私と的を代わる代わる見ては驚いていた───。


 すっかり日が傾いた頃───。
 私はいつもの見慣れた道を1人で歩いていた。朱河君の忠告は少し気になっていたけれど、だからといってどうにかなるというわけでも無い。
 ………はずだったのだけれど。
「きゃっ!」
 いきなり何も無いところで転んでしまった。いや、正しくは転ばされたというべきか。
 私はつまり、厄介ごと───悪霊に遭遇してしまったのである。
「い、痛い………」
 掴まれた左足に悪霊の爪が食い込む。このままではまずい、何とか逃げないと。
 無理矢理足をよじって悪霊から逃れ、距離を取る。
 霊を視ることができるとはいえ、退魔術を行えるわけでも無いのだから私に残された行動手段はたったの1つ。
 私はもと来た道を急いで引き返した。そして、最初の角を左へと曲がった。
 ゴンッ!
「いたたたた………」
「いってぇー」
 あろうことか、人にぶつかってしまったらしい。
 私は頭を摩りながら相手の顔を見上げた。
「あ、朱河君!」
「だから、言ったろ。1人で帰るなって」
 朱河君は何が起きているか全部知っているようだ。
 ということは、もしかして………!?
「後ろに下がってろ! 俺が何とかするから」
 さっと身構え、おもむろに札を取り出す。彼の右腕から紅い光が迸り、そこに紅き龍を視たような気がした。
「降魔神炎符(ごうましんえんのふ)!!」
 陰陽師、だ………。知ってはいるけれど、現在に、しかも私と同い年だなんて………!
「ちっ!」
 緋色の瞳が一瞬、揺らいだ。
「俺としたことが、しくじったな………」
 何が起こったか、私には、理解できなかった。
 右足に攻撃を受け、うずくまっている朱河君がそこに、いた。
「春宮、急いで逃げろっ!」
 私に声をかける。
 怖くて、動けない。悪霊がというわけでは無く、昔のことを思い出してしまったから。
 あの時の光景に似ていたから………。
「早く、逃げろ!」
 ただ、あの時とは違うことが1つだけあった。それに気がついた時、私は自然と朱河君の前に庇うように立っていた。
 何をするかは分かっている。心が、覚えているから。
 左手が蒼い光に包まれる。
「蒼き………龍………」
 浮かび上がった蒼龍の痣。
 それは覚醒の、証。
「破魔水龍矢(はますいりゅうのや)!!」
 空間から水を纏った弓を描き出し、破魔の効力を持つ矢が弧を翔る。
「蒼………龍………巫女の………能力者」
 朱河君の途切れ途切れの声を聞いてハッと我に返った。
「大丈夫?」
「………これくらい………なんとかなる」
 とは言いつつも、ちょっと辛そうに見える。何か、止血できるものがあれば………。
 と、そこまで考えて私はポケットからハンカチを取り出した。
「これで止血すれば少しは違うはずよ」
「ああ、サンキューな。何とかするって言っておいて、俺が助けられちまったか。ところで春宮」
「何?」
「俺の正体、気付いてるんだろう?」
 最初に逢った時の、あの憂いを帯びた目で私に問いかけた───。

後書き
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