十六夜月物語(いざよいづきものがたり)

 これは華やかなる都に住まう、月の姫君の物語───。

 十六夜姫(いざよいひめ)と呼ばれる、大層美しい姫様がおられました。
 姫様は国一番と謳われた文武両道と名高き当代の帝に求婚され、お付きの侍女どもは皆忙しいながらも幸福を願う気持ちで一杯でした。
 勿論この私(わたくし)めもそれは同じでしたが、姫様の境遇を思うとあまりに不憫でなりませんでした。

「ああ、藤ノ宮(ふじのみや)は何処(いずこ)へ…」

 姫様には将来を約束された方がおられたのです。
 藤の君と呼ばれ、帝とは縁戚関係にある御方でしたが、わけあって幼少期より姫様の側の屋敷にお住みになられていました。
 その為、姫様と藤の君が仲睦まじくなられるまで、そう時間は掛かりませんでした───。




 それは夕凪が優しく通り過ぎてゆく、ある年の秋の事でした。

「藤の君、ねぇ…今夜は望月(もちづき)よ」
「そうか、では一緒に眺めるか?」
「ええ…」

 その日は今までで一番と言っても過言ではない程美しい望月の夜でした。

「綺麗だな…。だが、私には望月よりも少し後の月の方が美しく思える」
「えっ?」

 姫様は誰もが溜息を零す程美しい望月よりも、十六夜目の月の方がより美しいと仰る藤の君を不思議に思いました。

「欠けた部分があるからこそ美しく見えるから、かもしれないな。人も、月も…」
「それは素敵な考えね」
「それから、姫と…同じ名前を冠しているからかもしれん」
「きゃ…っ」

 藤の君は姫様を優しく抱き寄せたので、驚いた姫様は思わず扇を落としてしまいました。

「蝶…?」
「そうだな。この季節に番(つがい)とは珍しい」

 闇の中、月の光を浴びてひらひらと舞う蝶にお二人は見蕩れておられました。




 季節は皐月(さつき)になり、藤の君は元服(げんぷく)の儀を済ませ、名を藤ノ宮と改められました。
 藤ノ宮様のお父上も、
「あと二年もすれば十六夜姫も裳着(もぎ)をお済みになられる。その暁(あかつき)には、藤ノ宮と夫婦(めおと)の契りを交わして欲しい」
 と、直々に申し上げられ、いよいよ姫様と藤ノ宮様は仲睦まじくされるのでした───。




 しかし、それは唐突に起こりました。
 都を流行病(はやりやまい)が襲ったのです。
 そして、それは藤ノ宮様のお身体をゆっくりと蝕んでいきました。

「姫…私の傍に寄ってはいけない」
「嫌よ、ずっと…ずっと、一緒にいるわ」

 幸い、姫様はこの病に罹りませんでしたが、発病後の致死率が極めて高く、藤ノ宮様は既に手遅れだと薬師(くすし)の者は申されていました。
 それは、姫様にとってあまりに残酷過ぎる仕打ちでした。

「まるで、雨が君を帰らせまいとしている…ようだな」

 姫様が藤ノ宮様のお傍からお離れになろうとしないのを諦めになったのか、藤ノ宮様はこのように申し上げられました。




 それから、二刻ばかり程過ぎた頃でしょうか。
 屋敷の側の湖に眩いばかりの月が煌々と映えていました。

「もう…紫陽花の咲く季節なのね」

 雨露に濡れて生気の溢れる紫陽花はまるで水霊のようでした。


「ねぇ、凄く綺麗な紫陽花が咲いていたの。…治ったら一緒に、見に行きましょう」
「ああ…そうだな」

 その約束が叶う事は無いと幼いながらも姫様は理解されていました。

(でも…もしかしたら、助かるかもしれないわ)




 しかし、その想いも虚しく、藤ノ宮様は黄泉路へと旅立たれてしまったのです。

「嫌ぁ…藤ノ宮まで、私を置いていってしまうの…?」

 姫様は幼い頃、ご両親と生き別れておりました。
 きっとその事を重ねていらっしゃったのでしょう。
 それもあって、藤ノ宮様の死はとても、とても、辛い事でした───。




 それからというもの、姫様は殆どお食事をお召しになる事も無く、日に日にやつれていくので、私達もあの手この手を用いて姫様を元気付けようとしました。


 藤ノ宮様がお亡くなりになられると、何と皮肉な事か、多くの縁談が姫様の元に舞い込んで来るようになりました。
 右大臣家のご子息や大納言の位を持つ御方など、高貴なる方からの文もその中にはございました。
 しかし、姫様が目をお通しになる事は殆どございませんでした。




 そのような日々が過ぎ、姫様もついに十二歳となられました。
 そして、その折に帝から一通の文を頂いたのです。
 その文には姫様の御身をご心配なさる旨と更衣(こうい)になって自分の元へと嫁いで欲しいという事柄が書かれておりました。
 更衣と言えば、都の貴族の女性ならば誰もが憧れる帝の妃の事で、求婚される事はこの上無く幸せな事でした。

(ああ…私は、私はどうすればいいの?)

 すぐに裳着(もぎ)の儀を済ませるべく、侍女どもは東奔西走していました。
 しかし、知っての通り、姫様はこの最高級の縁談ですら乗り気ではありませんでした。


 ですが、お相手は当代の帝。
 断れば国への反逆と見なされてしまいます。


 姫様は日夜お悩みになられていました。
 そうするうちに、雪がはらりはらりと舞い始めました。

「雪…?」

 まだ季節は霜月の始めの頃だというのに、白く、冷たい雪が降っているのを不思議に思い、姫様はそっと外へとお出掛けになられました。
 そこへきらきらと光る、季節外れの蝶が飛んできました。

「藤ノ宮…逢いたい、もう一度」

 切なそうに湖面へと目を向けると、月が水面に揺れながら映っていました。

『月から、君を見守っているよ…ずっと』

 それは、藤ノ宮様の死際の、そして最後のお言葉でした。
 姫様はそれをふと思い出したのでしょうか。
 湖に映った月を手にしようと、水をお掬いになりました。
 何度も、何度も………。




 翌朝、姫様が行方不明になられたと侍女どもは誰もが大慌てであちらこちらを捜し回りました。
 そして、あの湖まで捜索が伸びた時、そこには姫様のお召し物だけが残っておりました。
 湖の近辺を幾ら探しても、姫様は見つからず、仕方無しに私達も引き返そうとした時の事。

『やっと、貴方の元へ…』

 もしかしたら、それは幻聴だったのかもしれません。
 しかし、姫様の柔らかなあのお声が私にははっきりと聞こえたのでした───。

後書き

 最近、人が死ぬ話ばかり書いてると方々から言われているFairyです(爆死) 特によくヒロインが死んでいます。ええ、ここ半年のオリジナルはそればかりです(マテ)

 さて、今回は平安時代ぐらいの物語っぽく和風に書いてみました。モチーフは「かぐや姫」とあさきの「月光蝶」です。また、音ゲー曲をネタにしてしまいました;; あと、種村先生の「桜姫華伝」の影響も受けていると思います。

 個人的には藤ノ宮の言う、「欠けた月の魅力=人も物もが不完全だからこそ美しい」という部分を気に入っています。この「十六夜月物語」はたったの2日で書き上げてしまい、久々に筆のノリが好調でした♪ それから、もしかしたら、「こころっと。」の方で台本用にリライトする事になるかもしれません(ぇ?)

 ここまで読んで下さった方々、どうもありがとうございましたwww

プロット※要反転

☆キャラ設定

・十六夜姫(いざよいひめ)

 12歳。帝に求婚され、裳着(もぎ。女性の成人の儀)を済ませる。
 秋(旧暦8月、現在の9月に当たる)の十六夜の頃に生まれた為にこう命名された。

・藤ノ宮(ふじのみや)

 故人(生きていれば14歳になる)。12歳で元服(げんぷく。男性の成人の儀)したが、流行病(はやりやまい)で亡くなる。
 十六夜姫の想い人で、帝とは縁戚関係にある。
 旧暦4月(現在の5月頃)に生まれたので、「藤」の名が付いている。

・帝

 宮廷の主。文武両道で、多くの人間からの信頼も厚い優秀な人物。
 十六夜姫を更衣(こうい。帝の妃の事。女御(にょうご)より位は低い)に迎えようとする。

☆モチーフ

・「竹取物語」
・「月光蝶」(あさき)

☆プロット

 小さな頃から姫は藤ノ宮(藤の君と呼んでいる)の事を兄のように慕っていた。
 異性として意識し始めたのは望月(もちづき。満月の事)を一緒に眺めた時。

 しかし、藤ノ宮は流行病に罹る。
 見舞いの時は雨が(「月光蝶」の「遣らずの片時雨」より)。
 湖に映る月を掬って(すくって)見せようとしたけれど、当然月は消えてしまう(「月光蝶」の「てのひらですくってためた月はなくなっていた」より)。

 藤ノ宮の死亡後、縁談が舞い込んでくるが全て断る。
 不憫に思った帝が姫を更衣にと申し出る。

 驚く姫。
 雪を見て藤ノ宮のようだと物思いに耽る(ふける)。
 季節外れの蝶を見つけて湖へ。十六夜月が湖面に映っている。

 帝の申し出を断る事も出来ず、藤ノ宮への想いを捨てる事も出来ず湖で入水自殺を図る(天に昇るかぐや姫のイメージ)。

 死して藤ノ宮と結ばれる(「月光蝶」の「キラキラと光る月は ああ 雪色の蝶に溶け 涙になった」より)。

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