記念式典の次の日───。
アレイクはイザベラ姫を捜して城内を奔走していた。
「姫様ー、どちらにいらっしゃるのですかっ!?」
無論、姫の部屋にも訪れたのだがそこにも彼女はおらず、アレイクは焦っていた。
メイド長によると、昨夜から戻って来ていないと言う。
(あの時。イザベラ姫は一瞬だけ哀しそうな瞳だった。それは、どういう…)
捜し回っているうちに庭園まで来ていた。
ここはよく彼女と散歩をする場所である。
『海の子らに恩恵を
大地の子らに祝福を
争いと憎しみを超えて
この地に今…平和の祈りを───』
「姫様…?」
確かにイザベラ姫の声が聞こえたはずなのに、どこを捜しても彼女の姿は見当たらなかった。
『言っちゃいけないの。でも、私怖くて…っく』
イザベラ姫がまだ幼かった頃、彼女はそう言っていた。
だが、アレイクもまだ未熟だった為にただ「守る」と誓うのが精一杯だった。
(姫様は…もしや!?)
その答えに辿り着いた時、アレイクは謁見の間へと走り出していた───。
「グランツ国王陛下。お伺いしたい事がありまして参上致しました」
「何だ、アレイクよ。そんなに急いで…」
「イザベラ姫のお姿が今朝からお見えにならないのです」
その言葉に一瞬だけグランツは顔をしかめた。
「アレイク…この国の創始者について知っておるか?」
「人魚の歌姫の事でしょうか?」
そうだ、と国王は頷いた。
「400年前、人魚は陸(おか)に上がったが、人魚の持つ魔力を巡って人間との間に争いが起きた」
「それを終結に導いたのが歌姫でしたね」
「だが、歌姫の張った結界はあまりに強力であるが故に…不完全だった」
今度はアレイクが顔色を変える番だった。
「王族でなければ知らない真実がある。100年に1度生まれる直系の第1王女を結界維持の為、水の祭壇に捧げるのだ。王女が二十歳になる、その日に…」
「…っ!! 姫様はこの国の、犠牲に…なったと仰るのですか!?」
アレイクはグランツに鋭い視線を向けた。
幾ら国の為、とは言え…何もイザベラ姫が人身御供(ひとみごくう)にならなくても、と思っての事である。
グランツもまた、アレイクの気持ちをよく理解していた。
「誰が好き好んで娘を生け贄になどするものか…」
だが、彼はアクアヘイム現国王でもある。
民の為に、苦渋の決断をしなければならない時がある事をグランツはよく分かっていた。
それが…たとえ、最愛の娘を失う結果になるとしても…。
「じきに…人々はイザベラ姫の事を忘れてゆく。結界に込められた魔詩(まがうた)が記憶を書き換えていくのだ」
「もしそうだとしても、私は絶対に姫様の事を忘れたりはしません。私が…生涯お仕えする方はあの方だけです!」
「…そう、か。だが、アレイクよ。この事については口外してはならん。良いな?」
「はい…」
「もし、姫の事について知りたければ…水の祭壇に行くが良い。お前には知る権利を与えよう。アクアヘイム王家の…真実を」
そう言って、グランツは踵(きびす)を返した───。
水の祭壇───。
そこは石造りの神殿であり、奥には聖なる気によって浄化された水で満ちていた。
「お待ちしておりました、アレイク様。グランツ様より話は伺っております」
「貴方は…?」
「レイラ=D=アリストリアです。ご覧の通り、水の巫女を務めております」
彼はハッとしてレイラと名乗る巫女を見遣った。
「アリストリア…アクアヘイム王族の傍系に当たる、一族か?」
「ええ。アリストリア家はアクアヘイム王族の中では末席ですが、高い魔力を持っている為、代々この祭壇の巫女を務めております」
聞くところによると、アリストリア家の者のうち、未婚の女性がこれを拝職するのだと言う。
「イザベラ姫は…本当にこの国が、そして貴方の事がお好きなのですね…」
「そんな…っ! 私は…何も姫様の気持ちに応える事が出来ませんでした…」
そのような事はありませんよ、と彼女は答え、アレイクを奥の間へと通した。
「これは…!」
見ると、そこには歌姫の伝説をモチーフにした壁画が描かれていた。
それよりもアレイクが驚いたのは、その歌姫がイザベラ姫に非常によく似ている点だった。
(アクアヘイムの始祖である歌姫、そしてその子孫である姫様のお姿が瓜二つでもおかしいわけではないが…)
アレイクの顔が険しくなったのを見て、驚くべき事実を彼女は言葉にした。
「イザベラ姫と歌姫は…同一人物、です」
「…やはりか」
だが、アレイクはむしろ落ち着いていた。
予想はしていた。
幾らこの壁画が400年前に描かれたものであったとしても、何代も前の先祖とその子孫の容姿が似通っているという点がそもそも不自然なのである。
「分かってはいたが…何故?」
「いずれ、結界の力が弱まってしまう事を予見した歌姫はその魔力を用いて自ら転生を繰り返し、結界の綻びを直していたのです」
「何だと!? では、姫様…いや、歌姫はずっと独り…国の犠牲になっていたと言うのか!」
ええ…、と巫女は目を伏せた。
アクアヘイム始祖の生まれ変わりというだけで逃れられない運命に殉じる事は彼女にとっても心苦しい事だった。
それを理解したアレイクは思わず声を荒げてしまった事を詫びた。
「姫様は最後までこれをずっとお持ちでした」
差し出されたのは、誕生日のプレゼントとしてアレイクがイザベラ姫に買ったアクアマリンのペンダントだった。
「姫様から貴方へ…このペンダントを持っていて欲しい、そして夜…波音が聞こえる北のテラスに、と仰っておりました」
「そうか…すまないな」
そうして、アレイクは水の祭壇を後にした。
その瞳はほんの少しだけ、涙で滲んでいた───。
城の北側に位置するテラスでは今宵も美しい月と星が瞬いていた。
「あの時、姫様に───」
ご無礼をどうかお赦し下さい。お慕いしております───
そのように伝えれば良かったと思いもしたが、そうすれば姫様を更に困惑させてしまうだろうとも考え、自分がした事は正しかったのだという結論にアレイクは至った。
いや、無理矢理至らせたのである。
『姫様は最後までこれをずっとお持ちでした』
水の巫女レイラの声が脳裏に過る。
(ずっと…身に着けて下さっていたのか…)
彼は徐にアクアマリンのペンダントを掲げた。
すると、月の光を反射して淡く光り始めたのである。
『アレイク…ありがとう。貴方のお陰で、挫けず最後まで使命を全うする事が出来ました…』
「姫様…っ!?」
アレイクが驚くのも無理は無かった。
何と、アクアマリンと同じ淡い水色の光を纏ったイザベラ姫が現れたのである。
『この石と波の音を媒介にして、人魚の魔詩(まがうた)を込めたのです。少しだけ…アレイクとお話出来るように…』
「申し訳ありません…姫様。私は…あの時の約束を守る事が…出来ませんでした。」
深く、項垂れるようにアレイクは頭を下げた。
そんな彼とは対照的に、イザベラ姫は微笑みながらアレイクの頬をそっと撫でた。
しかし、既に魂だけの身となった姫の手が彼に触れる事は、決して無かった…。
『でも…アレイク。また、きっと私達は出逢えますわ』
「姫様、私は…決して『さよなら』を言いません」
段々と光が薄れていき、そしてイザベラ姫の姿もまた闇に溶けていった。
最後に、
『アレイク、ありがとう…』
そう言い遺して───。
それから約200年後───。
ある街に訪れた1人の旅人がいた。
ここは彼にとって故郷と呼べる場所だった。
だが、久しく帰ってはおらず、今回約5年振りにこの街に戻ったのである。
「今朝仕入れたばかりの活きのいい魚はどうかね?」
「こっちは採れたての野菜がたくさんあるわよ!」
市場は昔と変わらず喧噪に包まれていた。
「あ、貴方は…!」
急に呼び止められて、彼は声がした方を見遣った。
「どうかしましたか?」
「い、いえ…」
人違いか何かだろう、と彼は思った。
場の空気が悪くなってもいけないと考え、自然と売り物に目が行った。
彼女はどうやら花売りで、色とりどり季節の花々がそこにはあった。
「この花は何と言うのですか?」
「勿忘草(わすれなぐさ)という花です。いつも私が裏のお花畑で摘んでいますわ」
彼は何だかとても懐かしい気分になった。
…それが如何してなのかまでは分からなかったのだが。
「花言葉は『私を忘れないで』、そして『真実の愛』ですの」
「え…っ?」
『花言葉は「私を忘れないで」、そして「真実の愛」ですの』
遥か遥か昔に聞いた、同じ言葉が脳裏に過る。
そうして1つの答えに辿り着いた時、旅人は驚きの声を漏らした。
「ひ、め…様?」
花売りは答えなかった。しかし、彼を見つめながら優しく微笑んでいた。
いつまでも、いつまでも───。
後書き
ふぅ…やっと「水底に消えた旋律」が書き終わりました。長い付き合いだったと思います。途中、急にイメージが湧かなくなったりした事もあり、かなり苦心した作品です。
オフレコを言いますと、実は最後のシーンは当初は予定しておらず、イザベラ姫が犠牲になって終わりのつもりでした。しかし、それではあまりにいたたまれなかった為、このようなエンディングになりました。きっと、オフで私に影響を与える人のお陰かもしれませんwww←
最後にギタフリの話を少々。mixiでは既に報告したのですが、CaptivAte〜裁き〜の緑Gをついにクリアしました♪ これはきっと、「こころっと。」でのボイスドラマ化も大成功する予兆に違い無いと信じています(笑)
最後までお付き合いして下さった方々、本当にありがとうございました!(ぺこり)
追記。小説版では無かったシーンなのですが、イザベラとレイラの回想シーンがボイスドラマ版にはあります。こちらはそのイラストです(プチカ様作)。
プロット※要反転
☆第1話 蒼の姫君
守りたい人の為に犠牲になる事を厭わないイザベラ姫、そして国民に慕われる王女の図。
よく城を抜け出してはアレイクを困らせている(護衛として付き添う)。
城下町の市場で勧められた果物を食べ、年相応の女性らしさを見せる。
露天商のアクセサリーを見て綺麗だと言う姫に誕生日が近いからとプレゼントをするアレイク(姫の誕生日は2週間後)。
アレイク「安物ですが…」
イザベラ「ありがとう、アレイク。うふふ、お城にある高価なアクセサリーよりもこちらの方が素敵ですわ」
幼い頃の回想。
イザベラ「…っく、ひぃん…っ」
死すべき運命を知った直後のイザベラ姫は泣きじゃくる。
アレイク「泣かないで下さい、姫」
イザベラ「だって…だって、私…怖い」
アレイク「姫様の怖いものとは…?」
イザベラ「言っちゃいけないの。でも、私怖くて…っく」
アレイク「それならば…私が、姫様を守ります」
イザベラ「…!」
アレイク「だから、泣かないで下さい」
その後、アレイクはわずか数年、最年少で騎士団長になる。同時に国王から王女護衛の命を受ける。
※誓い「からみつく記憶と 黒い契約があなたを 縛り続けるの?」の部分。
☆第2話 記念式典
回想シーン。1週間前の夜。
イザベラ「アレイク…。縁談が来ているそうね」
アレイク「姫。相手には申し訳ないと思いますが、私自身は断るつもりです」
イザベラ「良いのではありませんか? シンシア嬢なら家柄も申し分ありません。何より彼女は才色兼備な方ですもの。きっとアレイクの良きパートナーとなるでしょう」
アレイク「姫! 私は───!」
言葉を遮るイザベラ姫。
イザベラ「ごめんなさい、アレイク。そろそろ戻らなくては…」
アレイクの前から走り去る。
イザベラ(これで…これで良かったのですわ)
※浄化「傷つけ愛した一夜 融けだして 心は凍てついていく」と誓い「からみつく記憶と 黒い契約があなたを 縛り続けるの?」の部分。
回想終了。
記念式典の日の朝、庭園で2人で散歩。
アレイク「姫様。式典が終わったらまた歌を聴かせて下さい」
一瞬、淋しそうに微笑んで。
イザベラ「ええ。喜んで」
姫は歌が上手かった。…が、その約束は叶わない。
式典の夜は舞踏会。
貴族A「イザベラ姫、お相手を」
貴族B「いや、私が先だ!」
貴族C「いや、私こそが!」
イザベラ「まあまあ───」
アレイクが助け舟を出す。
アレイク「私と踊って頂けますか?」
イザベラ「…! ええ」
少し淋しそうな描写を。
☆第3話 魂の歌
式典の次の日。姫を探して城内を回るアレイク。
姫の歌声が聞こえるが姿は見えず(歌詞があれば○)。
※浄化英詩部分。
グランツ王に問う。明かされる真実。
水の祭壇での回想。
イザベラ=400年前に結界を張った人魚の姫の生まれ変わり。
人魚の姫は結界の張り直しをしなくて済むように、転生を繰り返す事で魔力を蓄えていた。
グランツ「誰が好き好んで娘を生け贄になどするものか…」
その日の夜。イザベラ姫は魂のみの姿でアレイクにお別れを告げに来る。
イザベラ「アレイクと一緒に過ごせたらどんなに良かったでしょう…」
しかし、イザベラ姫は微笑む。
イザベラ「でも…また、きっと私達は出逢えますわ」
アレイク「姫様、私は決して『さよなら』を言いません」
イザベラ「アレイク、ありがとう…」
200年後の世界。
姫は花売りとして転生(前世の記憶がある)。
アレイクは旅人となって各地を巡っている。
※裁き「みなもに浮かぶ小舟よ さまよい光の世界へ」の部分。
アレイク、故郷へ。
花売り「あ、貴方は…!」
旅人「どうかしましたか?」
花売り「い、いえ…」
旅人「この花は何と言うのですか?」
花売り「勿忘草(わすれなぐさ)という花です。いつも私が裏のお花畑で摘んでいますわ」
旅人「何だか…とても懐かしい気がします」
花売り「花言葉は『私を忘れないで』、そして『真実の愛』ですの」
イザベラ『花言葉は「私を忘れないで」、そして「真実の愛」ですの』
脳裏に言葉がよぎる。
旅人「ひ、め…様?」
花売りは答えず。しかし、にっこりと微笑む。