第3話 栄光への道(2)

 イャンクックに負けて以来、アリアスは意気消沈していた。
 狩りに出掛ける事も少なくなり、その様はキッチンのアイルーが心配した程である。
 ───もっとも、今は真冬なので、ポッケ村から外に出て大きな狩りをするにはかなりの腕と知識、経験が必要だったが。
「アリアス、初めて飛竜に挑んだんだから仕方ないじゃない」
 そう諭したのは先輩ハンターのシエルだ。
「だって…私、クックぐらい狩れると思った。あいつなんかの思う通りになんかならないって信じてた!」
「…アリアス。悔しいと思うけど、今は生きて帰って来れた事を素直に喜んで」
 シエルは続ける。その瞳はどこか淋しそうだった。
「私がまだアリアスぐらいの頃、ある仲間達と一緒に狩りをしていたの。でも…そのうちの2人は帰らぬ人となったわ」
 ハンターとは常に生と死の狭間を生きる職業である。
 いくら新人とはいえ、アリアスもそれを理解していない程愚かではなかった。
「そうだ、アラストルから伝言を預かっているわ。今のあなたにとって彼の言葉は辛いかもしれないけれど」
 シエルはアリアスの反論をそっと封じる。実に彼女らしい、穏やかながら有無を言わせない話し方だ。

 ───ココット村の勇者が本当に得意としていた武器は片手剣だ。一般に双剣と噂されるのは彼の本当の話の一部にしか過ぎない───

「ココット村の勇者はね、片手剣を極めた上で双剣使いになったの。片手剣はそれだけ優れた武器だって事よ。…そう、アラストルは言いたかったのでしょうね」
 シエルはアラストルの言葉に付け加えた。
(本当に、ぶっきらぼうなんだから…)
 無論、胸中で毒を吐く事も忘れずに。




「それでも、私は………」
 次の日の早朝、アリアスは村の外れで素振りをしていた。
 初心者ながらその動きは華麗で、まるで剣舞をしているようにも見える。
「お父さん………」
 アリアスの両親は共にハンターだった。母親は片手剣を、父親は双剣を好んで使用していた。
 その為、幼い時からお父さんっ子だったアリアスは将来的にハンターになったら双剣使いになりたいと思っていた。
 逆に母親のようにはなりたくなかった。母親は後方支援が中心で、それをアリアスは『女だから男に守られている』と感じていたからである。
「ハンターなんだから、女だからって舐められたくない…っ!」
 彼女の持つ1対の剣が、流麗な軌道を描いた───。




「メイ。イャンクックのクエストはある?」
「あります。けど…」
 メイと呼ばれた女性───ギルドが取り仕切るクエストの受付嬢をしている双子のうちの妹にあたるのだが、彼女は言葉を濁した。
 どうやら、アラストルに「行かせるな」と言われているらしい。
「何でいちいちあいつの言う事を聞かなきゃいけないのよ!?」
 アリアスは苛立ちを隠せない。
 それも、当然と言えば当然である。ハンターの命とも言うべき武器にケチを付けられたのだから。
 しかし、その一方でどこか納得している彼女もいた。…もっとも、彼女はそれを素直に口には出来なかったが。
「それでも行くと聞かない時は…これを渡してくれって言われました」
 差し出された小瓶には見慣れない液体が入っている。どうやら回復薬の類ではなさそうだ。
「これは?」
「それは強走薬ね。一定時間スタミナを消耗せずに動き回れる薬よ」
 双剣やランス、ガンランスを使うハンターにとっての強い味方だと、横から姉のランが口を挟んだ。
(何よ…片手剣が向いているとか言っておきながら…)
 アリアスはアラストルの意図している事が全く汲み取れなかった。
「それにしても…あの『破壊神』の二つ名を持つ彼に気に入られるとはね」
「あのう、気に入られてるというよりは貶されてるとしか…」
「それが…彼は普段殆ど他のハンターに興味を示す事なんてないんです」
 姉の意見を裏付けるかのようにメイが呟いた。


「余計な事は喋らなくていい」
 双子の受付嬢に向かって低い声が飛ぶ。
 レウスSシリーズで身を固めた人物───間違いなくアラストル本人だった。
「どうせ、お前の事だから痺れを切らしてそろそろクエストに挑む頃だとは思っていたが、予想通りだとはな」
「うるさいわね。大体、片手剣がいいとか言っておきながら強走薬を勧めるとはどういう事よ」
 アリアスの怒りに満ちた声が集会所に響く。
 それをアラストルはフン、と鼻で笑った。
 まるでそれは、その程度の事を理解出来ないようでは高みを目指す事など出来ん…と言わんばかりだった。
「どうせお前の事だ。俺の忠告を素直に聞きはしないだろうと思ってな。これはその為の保険だ」
 有無を言わせず、一気に捲し立てる。彼にしては珍しい行動だった。
「メイ。確か、森丘のイャンクックのクエストがあったよな?」
「はい。受けますか?」
「ああ」
 「まぁ、俺には別に大した用事じゃないんだがなぁ」などと言いながらアラストルはクエストボードに紙を貼った。そして、アリアスに「来い」と気怠げに手招きをする。
 アリアスはしぶしぶ彼の指示に従った。




 貼られたクエストは同じイャンクックのものではあったが、今回の場所は森丘だった。
「確か、あそこってココット村に近いって聞いたけど…」
「そうだ。本来ならもう少しランクを上げてから行くべきではあるがな」
 毎度の事ながら刺のある台詞にアリアスは苛立った。…が、流石に狩り場となると表立って反論はしなかった。
「…一応、警告しておいてやる」
 そう言って、アラストルはここへ連れてきた理由を彼女に話した。
 森丘は飛竜種の中でも名高いリオレウスとリオレイアが番(つがい)で棲むエリアであるという事だった。
「まぁ、ひよっ子なんかが出会ったらまず生きて帰れないだろうな」
 アラストルはアリアスが反撃して来る事を期待していたらしい。しかし、意外な事に彼女はしゅんとしていた。
「…どうした? らしくないな」
「別に…あなたに話すような事じゃないわ」
 とは言ったものの、その後の沈黙に耐えられず彼女はしぶしぶ話し出した。
「…私が17歳の時。番の火竜を倒しに行くと言って以来、両親は行方不明になったの」
 狩り場で行方不明になるという事は事実上、死亡したものと見なされる。
「…そうか」
 アラストルはそれを一言で流した。アリアスもそこで彼に慰めてもらいたくて話したわけではないので、大して気にしなかった。
「レウスSシリーズ、って事は…リオレウスは何度も狩っているの?」
「ああ。レウスは…俺にとってライバル、いや、俺にとっても敵(かたき)だからな」
 アラストルは少し遠い目をしていた。
「昔、俺がまだ半人前だった頃。世話になっていたパーティがあった。そこに所属していたハンターのうちの半数が…火竜のクエストで亡くなった」
 大分大雑把な説明ではあったが、アラストルの淡々とした口調が逆に事件の凄惨さを物語っていた───。




「まずはやつらのいるところだな」
「やつら?」
 ああ、とアラストルは頷いた。
 アイルーと同種のメラルーというモンスターの縄張りの事だという。
 メラルーは非常に手癖が悪く、ハンターの持ち物を盗む習性がある。強力なモンスターではないが、厄介ではある。
「森丘のイャンクックはこれから向かうエリア9とその途中で通るエリア3、それから水飲み場となっているエリア10、あとは巣であるエリア5に頻繁に現れる。よく覚えておけ」
 らしくない、とアリアスは思った。
 あの『破壊神』とあだ名される男ならばこんなに丁寧に教えてくれるはずはない。
(呆れられているの…?)
「俺が丁寧に教えるのがそんなに珍しいか?」
「別に…そんなんじゃないけど」
 不意に顔を覗き込まれ、アリアスはそっぽを向いた。
「ま、お前の考えている事はあながち外れていないぞ」
 とだけ付け加え、エリア9へとアラストルはさっさと歩いていく。
(やっぱり読まれてるのね…)
 そう思いながらアリアスも後を付いていった。遅れないように気を付けながら───。




 アラストルの予想は的中した。遠くに怪鳥のものと思われる鳴き声が聞こえる。
 アリアスはメラルーに道具を盗まれないように気を付けながら接近した。
「お前はヤツを引き付けろ。これを使え」
 渡されたのは音爆弾と閃光玉だった。
「俺だけなら要らないが、こういう戦い方もあるという事を覚えさせる為に持ってきた」
 彼女にそれぞれ投げるタイミングを教える。アリアスは短く頷いた。
 音爆弾を使えば、耳のいいイャンクックは怒り狂うだろう。そこを閃光玉で視覚を奪う作戦だった。


「今だ、行け!」
 その声よりも早かっただろうか。
 閃光玉の効果が現れると同時にアリアスは強走薬を飲み、直ぐさま怪鳥の懐に潜り込んだ。
 無論、最初から全力───鬼人化して乱舞を叩き込む。
(そろそろ効果が切れるな…。さて、どう出る?)
「…ッ!」
 イャンクックの尻尾が鞭のようにしなる。
 アラストルが懸念した通り、アリアスは吹っ飛んだ。
「効果時間を身体で覚えろ!」
 見てられん…と言わんばかりに自らも大剣を振りかざす。
 怯ませるのには十分過ぎる一撃が怪鳥の身体に刻み込まれる。
「チッ…取り逃がしたか」
 さして悔しそうでもないが、彼はそう呟いた。
「行って来い。今の一撃で大分削ったはずだ」
 アラストルはアリアスに捕獲を指示した。
 彼本来のスタイルは討伐なのだが、捕獲の仕方も教えた方がいいだろうと考えての事なのだろう。




 それから数時間後───。
 アリアスは無事にイャンクックを捕獲、クエストは終了した。
 だが、アリアスはアラストルの不信な行動の数々に首を傾げていた。
 彼は彼でアリアスの考えは読めていたのだが、敢えて話そうとはしなかった。
(まだ、その時ではないからな…)
 ポッケ村への帰り、馬車に揺られながらアラストルは遠い目をした───。

後書き

 この回はValkyrieの実際の狩りを元にしたお話でした。2ndの時にValkyrieは双剣+強走薬でイャンクックをソロハン初討伐しました(ぉぃ) 今思えば、とてつもなく有り得ない(!)方法なので、敢えて小説化…(マテ) 実際のAlastorはちっとも丁寧な教え方をしてくれませんでしたので(ぉぃ)、そこはフィクションですが…www

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