第1話 ひよっ子ハンターの冒険

「アリアス、危ない!」
「ぇ…? きゃーっ!!」
 崖から足を踏み外し、真っ逆さまに落ちていく。いくら屈強なハンターと言えども、この崖から落ちたら唯事では済まないだろう。アリアスは意識が遠くなるのを感じた───。




 そもそも、このような事態になったのにはわけがあった。


 新米ハンターのアリアス=レインズルーツがポッケ村に来てから2週間後───。彼女はポッケ村では有名なハンターだったアレックス=ディムランの後継者となるべく、彼の同僚であるシエル=ラスティーノと共に修行をしていた。
「そろそろ教える事は殆ど無いから最後に雪山草集めにでも行こうか」
「はい」
「でも、最近厄介な噂を聞いているから」
「厄介な…噂、ですか?」
 アリアスはその噂に多少の心当たりがあった。
「既に村長辺りから聞いていると思うけど、あの轟竜ティガレックスが雪山で度々目撃されているらしいの」
 やっぱり、とアリアスはそう思った。
 ティガレックスと言えば、アレックスを引退に追い込み、更にはアリアス自身もポッケ村まで来る途中に襲われた飛竜である。その爪は獲物を容易く引き裂き、強力な顎の一撃は鋼鉄すら噛み砕くという、最近発見されたばかりの、まだ謎の多い大型モンスターである。
「もし遭遇したら戦わずに逃げる事。こう言うのも悪いけど、今のアリアスでは絶対に敵わないからね」
 シエルは念を置く。ハンターランク6の実力を持つ彼がそう言うのだ。それ程までに強力な飛竜であると言えよう。
「さて、そろそろ出発しようか」
「頑張ります!」
 少しだけ緊張気味にアリアスはそう言った。




 ポッケ村は目的地の雪山の麓にある為、寒さは厳しかったが、長閑(のどか)な雰囲気の漂う村だった。
 そこから歩く事約1時間───。雪山のベースキャンプにアリアスとシエルは辿り着いた。
「まずはホットドリンクを飲み忘れないように」
 アリアスは頷くと自分のザックからホットドリンクを取り出して飲んだ。ホットドリンクとは、寒さを一定時間緩和出来るアイテムで、耐寒スキルなど無いハンターメイルを身に付けているアリアスにとっては必須の道具でもある。
「それから危なくなった時はこれでここに戻ってくるように」
 シエルは緑色に輝く玉───モドリ玉を渡した。モドリ玉とは、投げると瞬時にベースキャンプへと運んでくれる不思議な玉である。ハンター達は危機に瀕した時やアイテムを納品する時の時間短縮などにこれを使う。
「確か、雪山草は頂上付近の方がよく取れるんでしたよね」
「そうね。ただ、小型肉食竜のギアノスがいるから気を付けないとね」
 シエルは彼女が愛用する太刀───鬼神斬破刀を一振りし、再び鞘に戻しながらそう言った。




「えいっ! やっ!!」
 アリアスはチーフシックルという双剣をギアノスに向かって振るった。この剣は元々、アレックスがアリアスの為に用意したボーンシックルに改良を加えたものである。だが、双剣は攻撃に特化している為、アリアスのような初心者には本来扱いにくい武器の1つだった。
 アリアスの背後では別の青白色の小型竜に向かってシエルが薙ぎ払いを繰り出す。こちらは得物が長いのもあって数体を1度に仕留めた。
「中々いい動きをするようになったじゃない」
 倒したギアノスから素材を剥ぎ取りながらシエルはそう言った。
「いえ、まだまだ」
 まだまだ…彼のようには、とアリアスは心の中で付け加えた。
 アリアスには目標としている人物がいた。それは、かの有名なポッケ村の英雄であり、その所業は遠く離れた街や村々まで轟く程であった。ポッケ村の英雄伝説の1シーンに出てくる武器が双剣だったというのもあり、アリアスは双剣を好んで使用するのである。
「もう少し上に行ってみましょう」
「はい」
 アリアスは切れ味の悪くなった剣を研ぎ、対になった剣を仕舞う。
 冷風が彼等の行く手を阻むかのように吹き去って行った───。




 ブルファンゴ───牙獣の一種で、いわゆる巨大イノシシがアリアスに向かって突進してきた。それを彼女はひらりと躱し、追撃を仕掛ける。
「これは私が出る幕も無いみたいね」
「そんな事ありませんよ。戦い方だって、全部シエルさんが教えてくれた事じゃないですか」
 ブルファンゴの皮は剛毛なので、鞣して(なめして)防具などに使われる。アリアスは毛皮を剥ぎ取り、大事にザックの中に入れた。
「あっ! 雪山草だわ! あんなにたくさん!!」
 アリアスは駆け寄り、夢中で雪山草を摘む。
(以前、この辺りに雪山草が群生していたかしら? ………まさか!?)
 シエルはこの地形のからくりに気付き、アリアスに向かって叫んだ。
「アリアス、危ない!」
「ぇ…? きゃーっ!!」
 シエルが駆け寄ろうとした時、アリアスがいたその場所は崖崩れを起こしたのである。
 そもそも、シエルはこの場所がこんなに広かったかどうかを訝しんだ。次に思い当たったのが雪山草の生息地について。この草は文字通り、雪がたくさん積もる場所に多く群生するのである。
 そこから導き出された答え、それは則ちその場所が大量の雪が凍っただけの、非常に脆い地形だという事だった。
「アリアスーッ!!」
 シエルの必死の声が寒空に虚しく谺した───。




「痛たたた………私、助かった…の?」
 彼女が助かったのは落下した時、突出した岩場に運良く引っ掛かった為だった。幾らハンターと言えども、下まで真っ逆さまに落ちたら流石に無事ではいられなかっただろう。
 アリアスは身体中が軋むのを感じたが、何とか動けそうだった。彼女は応急薬を取り出し、体力の回復を試みる。
 モドリ玉を使う事も考えたが、それは最後の手段だと思い、彼女は崖を慎重に降りていく。その事が事態を更に最悪にするとは知らずに───。


「まずはシエルさんと合流しなきゃ」
 少し歩くと、見覚えのある場所に出た。そこは山の中腹にある場所で、星空のよく見えるところだった。
「綺麗…」
 これがこんな事態でなければもっと素直に喜べたのだろう。しかし、それでもアリアスは星空を見上げ、微笑んだ。
 ───その時だった。鋭い咆哮が背後から響き渡ったのは。
 アリアスは咄嗟に振り向いたが、その怒れる咆哮の主を見て思わず硬直してしまった。
 それは噂の轟竜ティガレックスだったのである。そして、その一瞬の硬直が命取りとなってしまう。
(殺られる…!)
 飛び退くには既に遅く、アリアスは轟竜の鋭い爪と牙の餌食になってしまう…はずだった。
(………ぇ?)
 少しでも頭をガードしようと構えた腕にはいつまで経っても衝撃は来なかった。
 彼女は恐る恐る目を開いた。眼前にはあの轟竜相手にたった1人で応戦する人物…。
 彼が扱う太刀はシエルが愛用している鬼神斬破刀よりも一回り大きく、その刀身には曇り一つ無かった。鞘には雄の火竜リオレウスのものと思われる素材が使われており、一目で強力な武器だとアリアスにも分かった。
 なお、アリアスには分からなかったのだが、この太刀は天空の王者リオレウスと鋼の古龍クシャルダオラの素材を基にして作られたラスティクレイモアと呼ばれる剣である。その一撃は無属性ながら飛竜種は愚か、古龍種とも対等に渡り合えるだけの力を秘めていると言う。
 防具はと言うと、同じく火竜の素材を使用しているところからレウスシリーズを着用していると見える。
「下がってろ! …死にたくなければな!」
 彼の太刀からは隙の無い斬撃が次々と繰り出される。轟竜が反撃しようと飛び掛かってきたところを素早く回避し、更に反撃する。その攻撃の正確さは間違い無く上位ハンターのものだった。
「ちっ…逃がしたか」
 彼はまだ血の滴る太刀を一振りしてからそれを仕舞う。それら一環の動作にはまるで隙が無い。
「あ、あの…」
「何だ、ひよっ子」
 その余りにぶっきらぼうな物言いにアリアスは文句を言う。…先程までの感嘆などすっかり忘れて。
「ひよっ子とは何よっ! 失礼ね!!」
「お前なんかひよっ子で十分だ。大体、その装備でこの辺りをうろちょろするなんて…自殺願望者か?」
 アリアスの装備を上から下まで見回し、彼は皮肉った。
 その斜に構えた態度からは中々分かりにくいが、要するにこの辺りはティガレックスの縄張りだと言いたいらしい。…尤も、頭に血が上ったアリアスには到底理解出来るはずも無かったのだが。
「ほらよ、飲め」
「要らない!」
 彼はアリアスに回復薬グレートを差し出した。しかし、アリアスはそれを頑に拒む。
「馬鹿野郎! ハンターたる者、出来る時に最善の事をするのは当然の事だろうが! 生き残る為に手段を選ぶな! ………殺されたくなければな」
 又しても罵声を浴びせられ、アリアスはしゅんとなる。だが、彼が言っている事は全く持って正しい。彼女はしぶしぶ回復薬グレートを受け取った。
 そんなアリアスに彼は一瞬憂いの眼差しを向けたのだが、彼女は気付かなかった───。

後書き

 皆さん、お久し振りです。ついにMHの長編小説連載開始です。モンハン歴は短いのですが、仲間内で是非小説書いてみなよ、と言われたのでプロット起こして書いてみました。ここ半年ぐらい殆ど小説を書けず、スランプ状態でした;; リハビリを兼ねて書いていたのですが、中々上出来だと思っています。特に後半の辺りがvvv(マテ)

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