「おはよー!」
「あっ。おはよう、リリス。ねぇ、これ見て」
あたしの親友、ディアーナが差し出した1枚のパンフレット───それはサンルーザ王立博物館のもの。
「今年は3年に1度の炎の女神祭だよ! 黄金の女神像にお祈りしないと」
炎の女神祭───六大女神のうちの1人、炎の女神ブレイディアを讃えた3年に1度のお祭りのこと。クロムウェルには六大女神信仰が最も盛んで、人々の殆どが大地の女神ディアローゼ、炎の女神ブレイディア、水の女神フローネ、風の女神ウインディ、雷の女神サルディーヌ、あるいは光の女神シャーリーンのうちの誰かを信仰しているといっても過言じゃない。
その中でもサンルーザは特に炎の女神であるブレイディアを信仰している人が多い。だからこんな行事があるの。
ちなみに黄金の女神像っていうのは、ブレイディアをかたどった像で、それに触れながら願い事をすると叶う、っていうジンクスがあるんだけど。
「ディアはカインを誘うの?」
「まーね。リリスは?」
ディールはあんまりそういうのって興味ないよなぁ………。
当の本人はあたしの隣の席でいびきかいて眠りこけてるし。
「さぁ、どーなんだか。ところでディアは宿題やった?」
「あ!」
どうやらすっかり忘れてたらしい。
「マリィ、見せて!」
「これのこと?」
「そう、それ!」
ディアとマリィのやり取りを見てふとあたしは思ってしまう。
平和で楽しい毎日だけど、何か面白いことでも起きないかなぁ………って。
まぁ、平和ボケしてるからそんなことが言えるんだそうけど。
「ところでリリス。1時間目は何の授業だっけ?」
「共通科目だったと思う」
「うん。前回の授業の時に次回は試合をするってマルゴット先生言ってたよね」
あたしの通ってるスクールには2つのクラスがある。
1つ目は共通科目のクラス。これは学年ごと、成績順にA〜Hの8つ分かれていて、成績がよくなればなる程上のクラスに上がれる。(ちなみにあたし達は何を隠そうA組なのだ!)
もう1つはコース別のクラス。こっちはウィザードコース、ファイターコースなどの基本ジョブごとに分かれているの。
「あ、いいところにいた。対戦相手の表をもらってきたぜ」
話をしているところに現れたのはディールと同じファイターコースで、次席のカイン。
本名はカイン=マドラージュ。
「どれどれ?」
「ふーん、いけるわね」
ディアはもう、勝った気でいる。
「リリスはアイリスとだね」
アイリス。
その名前を聞いてあたしの顔は引きつった。
本名、アイリス=ウィンセル。志望ジョブはあたしと同じウィザード。
習得魔法はハデで強力なのが多くてあたしにとっては苦手な、やりにくい相手。
まぁ、ライバルなのかな。
「あと、それから1時間じゃ終わんないだろうから予定変更で2時間にするらしいぜ」
それからさらにカインは言った。爆睡してるディールに向かって。
「おい、ディール。お前はジャスティとだぞ!」
「………ああ? あの野郎とだって!??」
ディールは本気で嫌そうな顔をしてる。
「何だ、負けるのが怖いか?」
カインがさらに煽る。
「大丈夫だ、余裕だぜ。目をつぶったって勝てるさ」
どーやったらそんな根拠のない自信が出てくるんだか………。
あたしはため息をついた。
「大体俺を誰だと思ってるんだ? 仮にもファイターコース首席だぞ!」
「あ〜〜〜分かった、分かった」
「ライバル対決、これは見物ね」
ジャスティのことになるとすぐにこれだ。
あたしはつくづく嫌気が差した。
1、2時間目、共通科目───。
あたし達は第2体育館にいた。
試合をするために。
共通科目で行う試合は基本的にルール無用。
相手が気絶するか先生が止めない限り戦い続けるだけ。
もちろん、魔法だって使っていいし、道具も校内での使用が禁止されているもの以外ならOK。
「リリス、占いの結果はあまり気にしないほうがいいわ」
「大丈夫、リリスは首席な・ん・だ・か・ら! 負けたら承知しないわよ!! あたしがその座を奪ってやるからね! 覚悟しておきなさい!!」
ディアはウィザードコース次席。だからあたしが負けたらやっぱり嬉しくないみたいだ。
(気持ちは分かるけど、あたしは負けないよ、ディア)
いつも大きなことがある前に行う占いは最悪の結果だった。
(けど………あの占い、このことを指しているのとは違うような気がしたんだよなぁ)
何というか、もっと大きな波乱がありそうな………そんな結果だった。
「なぁ、リリス」
いよいよディールの試合開始という直前でカインがあたしに言った。
「ディールとジャスティが賭けやってること知ってるか?」
「へ? 何のこと??」
「いや、勝った方がリリスの炎の女神祭のエスコートをするんだと」
「ぬわにぃ〜〜〜〜!!??」
ディールのバカ!
何でそんな賭けすんのっ!?
「やっぱり知らなかったか」
ボソっと呟くカインの声。
あたしの怒りを他所にディールとジャスティの試合は始まろうとしていた。
「始めっ!」
審判はウィザードコース担当であたし達の担任でもあるマルゴット先生。
「雹矢(ひょうや)っ!!」
ジャスティの先制攻撃。
飛び道具の弓矢は遠距離からの攻撃ができる。つまり、相手を近付けさせなければ圧倒的に有利だ。
逆にディールは剣が武器だから接近戦が有利。
この矛盾はどうやったら解決されるかっていうと、意外と単純。
場の力は同じだから純粋な実力のみ。
「最近、ジャスティも打倒ディール! って言って一段と燃えてるし実力も上がってるから分からないわよ」
ディアは呑気だなぁ。
舞台の上でも駆け引きは行われていた。
「くそ、ジャスティめ! いつの間にこんな力をつけやがった!?」
「全ては貴様を倒すためだ! 疾風空束(しっぷうくうそく)!!」
ディールは剣で矢を薙ぎ払うけど、数が多過ぎて守り切れていない。
「はっ………ディールッ!」
1本の矢がディールの右手を掠めた。
赤い鮮血が滴る。
「どうした、ディール。もっと攻めてこい!」
「じゃあ、お望み通りにしてやるぜ!」
ディールはジャスティに向かって突進を仕掛けた。
場の均衡が崩れる。
「クリスタルセイバーッ!」
体育館内が光で一杯になった。
「出た! ディールの必殺技」
「あれを出せばディールの勝ちは決まったようなものだな」
ところが………。
「うそ………躱したの?」
ディアが驚愕の声を上げている。
(躱した………!? 違う、これは───)
まさかとは思ったけど。
ジャスティが躱したんじゃなくてディールが外してしまったの。
「………………!」
「気づいたか? 疾風空束で放った矢には少量だが弛緩毒が塗ってある。速効性のな」
「くそっ! 正々堂々と勝負できねーのか!?」
ディールの言い分はもっともだ。でも、ジャスティのしたこともルールには反していない。
「最後は接近戦で決めてやる」
立っているのがやっとのディールにジャスティが宣告した。
ディールはスクールに入学して以来、練習、公式戦共にほぼ負け知らず。しかも、ここ1年間は無敗を誇っている。
だから、ディールを目標としてる人は多い。ジャスティもそんなうちの1人だった。
「終わりだ、ディールッ!」
ジャスティがその目標を達成しようかという時。
ガキンッ!
(………………………やっぱりね)
ディールは利き手と逆の手にショートソードを持ってジャスティを迎撃したの。
「勝負ありっ!」
「おめでとう、ディール!」
「当ったり前だ。ジャスティなんかが俺を負かすなんて100年早えー」
まったく、素直じゃないんだから、もう。
「ところで、ディール。あの矢に弛緩毒が仕込まれてたの、知ってたんだろ」
「知ってたわけじゃねーけど。ジャスティの武器ならできるからそのうちやるだろうとは思ってたな」
と、そこで一息。
「速効性の弛緩毒───パスチール系の毒は当たって血が出た時、本来の色よりも濃くなる性質があるしな」
「へぇー、パスチール系ってそんな特性があったんだ」
ちょっと関心。
「お前、俺と違って薬物学やってんだからそんぐらい覚えとけ! こんなの基礎だ、基礎」
いいもん! そうやって調子に乗ってればいいんだから!!
あたしはプイと横を向くと、そのままとっととステージ上に上がった。
「リリスと対戦するなんて久し振りね」
「お手柔らかに」
この人にだけは絶対に負けたくない!
───たとえ、どんなことがあっても。
「始めっ!」
マルゴット先生の合図を聞いて2人同時に攻撃魔法を繰り出した。
「ファイア−!」
「ウォーター!」
(相殺!)
お互いに繰り出した魔法が丁度反対の属性で力も同じぐらいだったため、相手に当たることもなく打ち消されてしまった。
「まずは小手調べってところかな」
あたしはそう呟きながら大きく跳躍する。
「トゥインクルスター!」
アイリス目掛けて十八番のオリジナルアビリティーを放つ。
勿論、アイリスだって黙っちゃいない。
「火龍の舞っ!」
すかさずあたしのトゥインクルスターを迎撃。
さすがはアイリス。
あたしのライバルと決めただけのことはある。
(思ったよりも火が強いわね………)
水属性の魔法を使うべきか。
でも、それぐらいならきっと彼女も計算に入れているだろう。
ならば………。
そんなことを考えていた時だった。
「学年首席、この歳でトップレベルの魔法を使いこなすあなたが1つだけ使えない属性があったわよね」
アイリスの一声に自分の表情が曇っていくのが分かった。
「今度は相殺なんてさせない! マリンッ!」
「!! ………マジックバリアッ!」
海属性の、魔法。
対極にあるのは風。
つまり、相殺するには風属性の魔法で迎え撃たなければならない。
でも、あたしは風属性だけ全く使えない。
たとえそれが、初歩のウインドでさえも。
「痛いところを突かれたな………リリス」
「そうね。海属性は風属性で相殺するのがセオリーだし」
(ううっ、マリィもディールも冷静に状況を観察しなくたって………)
あたしは攻撃を避けながらひたすら考えた。
(アイリスのことだ。あたしが防ぎきれない海属性の魔法ばかり使うはず。だったら………)
「逃げてばかりいないで反撃したらどうなの?」
あたしは反撃の時を窺う。
「まさかそれが本気? もっとレベルの高い海属性魔法じゃなきゃあたしは倒せないわよ!」
「うわー、リリスってばこんな追い込まれた状況で逆に挑発してるし」
ディアの呆れた声が聞こえる。
「いいわ! お望み通りにしてあげる!」
アイリスの杖の先に魔力が集まっていく。
「海龍の波っ!」
アイリスが放ったのは津波の魔法特技。
「フリーズッ!」
高くジャンプしながらあたしも魔法を放つ。
(避けられたか………)
「随分と荒い息をしているわね………」
「はぁ………そっち………こそ」
「負ける気分はどうかしら? リリス」
その言葉に耐えられず、思わず笑ってしまった。
「何がおかしい!」
「自分の足元を見てみれば分かるわ」
ギャラリーもアイリス自身もアイリスの足元に注目する。
「そうか! 分かった、リリスの狙いが!!」
ディアが叫んだ。
アイリスの足元。
それはあたしがさっきまでいた場所。
つまり、そこは───。
「水たまり! まさか!!」
「そーゆーこと! クラッシュ!!」
あたしはアイリスの立っているところ目掛けて雷の魔法を放った。
「勝負あり! そこまで!!」
海属性の魔法は元々水属性の魔法が変化してできたもの。
だから相殺はできなくたって雷属性の魔法には弱い。
「すっごーい! リリスといい、ディールといい、逆転勝ちなんて!!」
ディアが感嘆の声を出す。
「でも、アイリス大丈夫かしら」
マリィが心配そうな声を上げる。
確かに少々威力のある魔法を使ったから気にならないと言ったら、嘘になる。
「大丈夫! 制服じゃなくてローブを着てたんだからきっと平気よ」
ローブには攻撃魔法を軽減する効果があるものが多い。あたしのピンク色のローブもそうだ。
「1時間目はここまで! 休み時間にしていいわよ」
その声を聞いたとたんに疲れがどっと現れたあたしは休憩することにした───。
後書き
夏祭りのお話なのに、もう季節は冬に………(汗)しかもちょっと話が長くなってしまいました。これは昔書いたLegendの短編のリメイクなのですが、手直しを加えていて、あぁ、こんなことも書いたなぁ〜、と1人で懐かしんでいました(笑)できるだけ早く全部アップできるように努力します。