第9話 邂逅する双りの魔術師

 炎の祭壇───古より炎の女神ブレイディアを崇めてきた場所。3人の冒険者───1人は航海士と竜戦士を極め、もう1人は盗賊のジョブを、最後の1人は練成術士のようである───と1人の女魔術師───身なりからすると精霊使いのように見える───が対峙している。
「炎のドラゴンオーブは私が頂くわ」
 長く紅い髪を持つ女が言った。どうやらドラゴンオーブを巡る争いのようだ。
「そんなことさせねぇよ!」
 航海士と竜戦士の2つをジョブとする男───フェイの実兄であり、リリス達が探しているレッド=シャイデルが自慢のバトルアックスを構える。そしてそれに倣うかのように後ろの2人───ロック=コーラルとレイ=グリースがそれぞれの武器を女に向ける。
「ならば、その身を持って思い知るだけ」
 女は冷たく言い放つと呪文の詠唱を始める。3対1───どう考えても女が不利だ。だが、レッド達も慎重だった。何せ、相手はレッド達を魔術の嵐によってこの島へと誘った張本人だからだ。
「鳳凰乱舞!」
 レッドの斧から炎が吹き上がり、不死鳥のように美しく華麗な炎の翼が火の粉を散らしながら精霊使いへと襲い掛かる。
 だが彼女は避けようともせず、一心不乱に呪文を唱え続けている。
 炎の翼が彼女に当たるかというその直前、3人は幻を見たように感じた。精霊使いに触れる寸前のところで炎が掻き消されたのだ。
(何だ、この………手応えのなさは………!?)
 レッドは内心動揺していた。鳳凰乱舞は彼の十八番である。もちろん防がれることも計算に入れてあるが、ここまで手応えがないとは思ってもいなかったのだ。
 女はまるで炎の女神に仕える高位の巫女のようだった。もしそうでなければ、歳は若いが激戦をくぐり抜けてきた大海賊の総領が放つ炎の一撃をこうもやすやすと防げるはずがなかった。
 女は顔を上げ、閉じていた目をゆっくりと開く。その顔は神聖さを感じさせつつも、どこか妖艶である。
「汝、盟約に従い遥かなる彼の地より来れ! コール───」
 そして最後のフレーズを女はゆっくりと口にした。
「レッドドラゴン!!」
 振りかざした杖から複雑な魔法陣が描き出され、彼女の髪の色と同じく紅き竜の巨体が目の前に立ちはだかる。
「レッドドラゴン………また随分と厄介な奴を喚び出してくれたもんだ」
 魔法銃を構え、ロックがぼやく。
「大丈夫さ、ロック。倒せばいいんだ」
 銀髪の美男子、レイが練成術で創り上げた銀色の魔法銃を同じように構える。
『アトミックレイン!!』
 2人の声が重なり、2丁の魔法銃から閃光にも似た眩い光が発射される。ロックとレイの合成技、アトミックレインだ。
 対する精霊使いとその僕であるレッドドラゴンはブレスと炎の魔法で押し返す。光と炎が混じり合い、とてつもない威力を生み出す。
「っ! 白銀の守護!!」
 すかさずレイが 爆風から逃れるために練成術で防護の結界を張る。
 威力は全くの互角───ロックがそう思った時だった。大地を揺るがす程の大地震が引き起こされたのは!


「何だ、今のは!?」
 ディールが呻く。
「とにかく行ってみましょう」
 フェイが先を促す。彼女の、実の兄の安否を気にしながら───。


「これは………!!」
 リリスが目にした惨状、それはあまりにも酷いものだった。ランドクエイク───ドラゴンを始めとする大型のモンスターなどが得意とする特技によって祭壇の前の広場には岩が降り注ぎ、元の美しい地形は跡形もなくなっていた。
「兄様っ!」
 フェイはレッドの元へと駆け寄る。レッドのオールバックにした真紅の髪は無惨にも汚れ、額からは血が滴っている。
「リリス、治癒してやれ」
 ディールはリリスに短く指示を出すと、キッと空を見上げた。
 ぶつかり合う視線。
「………エリーズ」
 誰にも聞こえないくらい小さな声で呟くと、らしくもなく憂いを込めた視線をディールは女へと送った。女はそれをさらりと躱すかのように相変わらず冷たい視線を投げ返してくる。
「やっぱり、エリーズが………これを」
「ディール、あなたの知っている私はもうここにはいないわ」
 エリーズと呼ばれた女は杖を頭上へと掲げる。
「………るさねぇ!」
 ディールもムーンブレイドを鞘から抜く。
「クリスタルセイバーッ!!」
 風をも斬り裂く剣圧と眩いばかりの閃光がエリーズを捕らえようとする。
「我と共に駆けるは灼熱の爆炎!」
「ディール、逃げ───!」
 レッド達の治癒を終えたリリスが大声で叫ぶ。彼女はその呪文が何の魔法であるかを知っていたからだ。リリスは咄嗟に杖をかざし、プレキャストでマジックバリアをかける。だが、エリーズが放った爆発の魔法、エクスプロージョンに耐え切れずディールと共に宙を舞ってしまう。
「ぐはっ………!」
 背中を強か打ち付けたディールからは短い呻きが聞こえる。彼が身を挺してリリスを守らなければ彼女はかなりの打撃を受けていただろう。
 リリスは立ち上がり、杖を空中へと投げる。愛用している桃色の魔術師の杖が彼女の魔力を帯びたかと思うと、まるで手品のようにそのままパッと消え去る。彼女はそれを確認した後、胸の前で両手を交差させた。すると握りしめた両手から炎が吹き上がり、あるものを形作る。
「炎の、弓………?」
 フェイが零す。今まで見たことのない彼女の魔法と気迫に何をするまでもなくただただ見つめている。
 リリスは緋色に染まった弓をエリーズへと向けた。
「我と共に戦うは焔の矢っ!」
 ファイアアロー───炎属性の上級魔法で、その名の通り真紅の矢を放つ魔法───を彼女は発動させた。
 対するエリーズは不敵な笑みを浮かべるだけで先程と同じように身動きすらしない。
「リリス、止めろっ!」
 我に返ったディールが慌ててリリスを止める。まるでその後に何が起こるのか予測しているかのように。
 炎を纏った紅蓮の矢は威力を衰えさせることなく突き進み、彼女の胸を貫いた………………はずだった。
「どんな炎でも、たとえそれが魔術であっても完全に無効化できる。それが、エリーズの………能力」
 ディールはフェイに癒してもらった身体を起こし、相手を見据えて言い放つ。
「御名答よ、ディール」
 彼女は薄らと笑った。たとえ6人でかかってきても勝てると言わんばかりに。
「まずはあのでっかい竜を何とかしないとな。ドランッ!」
 レッドとディールが巨大化したドランに乗り、空中へと回る。リリスが周囲に風の結界を張り、ロックとフェイが各々の特技でレッドドラゴンを牽制する。そしてレイが練成術で創り出した白銀の弓を構えた。練成術の中でも特に高レベルである銀の錬成は極めていくうちに破魔の力を備えていくようになる。それを彼がもっとも得意とする武器で、同じく浄化の力を持つディールのムーンブレイドと竜の急所を狙うという作戦だった。
(成功するかどうかは神のみぞ知るってところね)
 この大胆極まりない作戦を考えたフェイは笑みを浮かべた。エリーズは何をするわけでもなく、ただ状況だけを見続けている。
 一方、要となるレイはリリスが張った結界の中で精神を集中させる。
 研ぎ澄まされていく感覚。
 己の内に秘めたる力を顕現させていくかのように強く、どこまでも清きその力。遥かなる昔より語り継がれてきた練成術士の奥義。
「ア・デコレーティブ・アロー・サポーズドゥ・トゥ・ワード・オフ───」
 自身の魔力を白銀の弓に乗せ、呪文を唱える。魔術師がするそれとはまた違う難解な言葉をやすやすと口にしていく。
「───イーヴィルッ! 破魔桃源弓(はまとうげんのゆみ)!!」
 極限まで張り詰められた弦が聖なる矢を撃ち出し、レッドドラゴンの急所を寸分過たず射抜いた。真紅の竜はたまらず咆哮を上げ、足踏みをして大地を揺るがす。
「ディール、今だ!」
 上空に向けてロックが叫ぶ。絶好のチャンスが巡ってきたのだ。止めを刺すなら今しかない。
「セレスティアルクラスターッッ!!」
 ディールはクリスタルセイバーに勝る閃光の精霊剣技を竜の頭上目掛けて放ち、そのまま重力に身を任せて落下する。重力が加わったことにより威力を増したムーンブレイドがレッドドラゴンの胴を真っ二つに引き裂いた。飛び散る鮮血を浴び、自身の外套をさらに紅く染めながらもディールは無傷でこの離れ業をやって見せたのだった。
「まだやるか?」
 挑発するかのような眼差し。
 それは先程の憂いさえも忘れさせるような鋭く、どこまでも自信に溢れた瞳。
「そうね………今日のところは降参するわ」
 両手を挙げて降参の意を示すと、エリーズは魔力で宙へと浮かぶ。そのまま転位魔法を唱え、忽然と姿を消してしまった。
『いずれ、また戦う時が来るわ───』
 そう、言い残して───。


「終わったな………」
「うん」
 リリスはフェイと一緒に治癒を施している。
(ディールとエリーズだっけ、彼女の関係って………。知ってるような気もするんだけど、う〜ん………やっぱり思い出せない)
 ディールが明らかにエリーズと何らかの関係があることに気がついていた。聡明なフェイやレッドのことだろう、きっと彼らも気がついているに違いない。
「祭壇から炎のオーブを持ってきたんだけど、って───!?」
 炎のドラゴンオーブがレッドの手の中で赤い輝きを増していく。
 それはリリスやディールがやったように選ばれし者だけができるという、封印解除の印。
『私の名はブレイディア。レッド=リーザ、よくぞ封印を解いて下さいました。あなたは6人の勇者の中の1人。グレイドハザールの野望を阻止し、世界に光を取り戻す存在───』
 炎の女神は厳かに語る。
『風と光、そして炎の3つのドラゴンオーブが永き封印から解き放たれました。残るは水、地、雷の3つ。どうか私達に代わって闇の眷属から世界を救って下さい───』
 心に伝わってくる炎の女神の暖かい声が聞こえなくなると、レッドの手の中には炎のドラゴンオーブの封印を解かれた姿───飛炎石の腕環が黄昏時の太陽の光をいつまでも反射していた───。

後書き/サブタイトル『破魔の銀術』

 ふふふ………今回は技がかなり自分の趣味だ(爆)例えばレイの『破魔桃源弓』(←かなり気に入ってる)とか。まぁ、それは置いておいて。この回のタイトルは最初、『激闘! 風の魔術師VS炎の魔術師』でした。しかし、いざ書いてみると………リリスがちっとも風属性の魔法使ってねぇ!! というわけでやめたのです。何はともあれ、バトルシーンを書くのはとっても楽しい。知人に情景描写をもっと書いた方がいいと言われて頑張ったつもりですが、いかがでしょう?

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