第8話 運命に導かれ………

(………なんだかとても居心地がいい)
 誰かに見守られてるような、そんな感覚。
「目、覚めたか?」
「………うん」
(ずっと手を握ってくれてたのかな………)
 まだほのかにディールの体温が残っている手を開いたり閉じたりしながらリリスは答えた。
「あのさ、悪かったな………」
「?」
「だから、お前を………傷つけちまった………こと」
 ディールは目線を逸らした。
「気にしてないよ、大丈夫。そんなことで傷つくあたしじゃないってのはディールが1番知ってるでしょ?」
 ふとリリスは彼の左手に包帯が巻かれているのに気がついた。
「ディール。左手出して」
「………」
 彼女はディールの左手を無理矢理掴むと、包帯を取った。その下あったのはできたばかりの傷───フェイとの決闘によるものだ。
「我と共に生きるは癒しの精霊! レストア!!」
 レストア───キュアの上位魔法だ。もちろん回復魔法であるため、魔術士が唱えることはできないとされている。しかし、リリスはそれを容易く唱えた。まだ本調子でないというのに。
「だっ、大丈夫なのかよ! そんな状態で魔法なんか唱えて」
「うん。だって痛かったんじゃないの?」
 確かに左手をおかしくする程の激痛が走っていた。だが、レストアを唱える程酷い傷ではなかった。
(リリス………もしかして2つの魔法を一気に契約したっていうのか?)
 そう、彼女はサンダーボルトとレストアの2つの魔法を同時に習得していたのだった。
 

「まだまだ爪が甘いわよっ!」
 フェイの声が甲板に響く。ディールは昨日の一件から彼女に稽古をつけてもらうことにしたのだ。
「もっと素早く、滑らかにステップを踏んで!」
 フェイはディールの剣筋をことごとく読み切って反撃する。そう、柔の剣技のごとく。
 剣技の型には『柔』と『剛』の2つがある。『柔』は敵の技を受け流して反撃する、いわゆるカウンター的な攻撃方法だ。対して『剛』は敵を圧倒的な力で叩き伏せる豪快な攻撃方法である。
 フェイは使用している剣もそうだが、どうしたって力では男にはかなわない。そこで彼女は海賊家業をやっていく上で柔の剣技を身につけたというわけだ。
「前方にスカイハンター発見! 数は4羽!!」
 ジュディがいつものように敵の数を告げる。
 スカイハンター───青い翼を持ち、空中からの急降下攻撃を得意とする鳥型のモンスターだ。
「キャプテン! スカイハンターの嘴には要注意です!!」
 ミディアムストレートの黒髪に眼鏡をかけた女性───ゴールデン=ファンティーヌ作戦参謀のセーラ=マリーヌがフェイに忠告をする。
「分かっているわ。さぁ、ディール。特訓の成果を出すのよ!」
「ああ、分かった」
 ディールは頷くとムーンブレイドを鞘から抜いて構えた。その様子をリリスは後ろでピッピと一緒に見守っている。彼女はまだ本調子でないので、戦闘から離脱しているのだ。
「行くぜ! ファイアードライブ!!」
 ディールの放った炎の気がスカイハンターのうちの1羽に命中する。
「ディール! 成果、出てるよ!!」
 リリスが後ろから大声で言った。
「急降下来るわよ! 下がって」
 ディールとフェイはそれぞれ体を傾けて2羽のスカイハンターの急降下攻撃を躱す。
「トラインソード!」
 フェイが電撃の精霊剣技を放つ。黄色い光がスカイハンターに命中、落下した。
「残るは1羽! ダブルクロス!!」
 最後の1羽をディールが切り刻んだ。
(技の威力が上がってる)
 フェイとの特訓は伊達じゃなかったということか。
 リリスは戦闘が終わったその場所を見つつ、思った。


 次の日の早朝───。
 ディール、リリス、フェイ、ドランの3人と1匹は船の管理を副船長のジャンヌに任せ、フェンラルマ島へ上陸した。
「ここが………フェンラルマ島なのか」
 辺りには重く、不快な空気が漂っている。ただ聞こえる波の音でさえ、決して穏やかではない。
「火山島なんでしょ。何でこんなに静かで、それも涼しいの?」
「分からないわ………。でも、以前はこんな風ではなかった。海も………もっと穏やかだったもの」
 フェイにさえ、この事態は推測ができない。ただ言えるのは何者かが自然の力をねじ曲げている、ということだけである。
「2人共静かにした方がいい。この先は邪の気だらけだ」
 ディールが2人に目配せをする。
 リリスはきゅっと唇を噛み締め、杖を持ち直す。彼女もディールの言う邪気を肌で感じ取ったせいだろう。言葉少なげに、慎重に歩く。
「兄様達がいる可能性があるのは炎の祭壇かしら。あそこには炎のドラゴンオーブがあるって聞いたわ」
「ドラゴンオーブだって!? じゃあ、もしかして───」
「これは………グレイドハザールの仕業か!」
(やつらの狙いはこの島のドラゴンオーブ、だとしたら………)
 炎の祭壇までの道のりは長い。それも、その殆どが岩山をくり抜いた天然の洞窟なのでゴツゴツとしていて歩きづらい。
「見ろ。早速モンスターのお出ましだぜ!」
「我と共に生きるは探求の精霊! ディテクト!!」
(デスフェザー、死の翼を持つもの………ね)
「2人共気をつけて! このモンスター、死属性よ!!」
 リリスがディテクトでモンスターの特性を確認し、2人に注意をする。
 闇の中の闇───このモンスターの外見を形容するにはそれが1番だと3人は思った。黒く冷たい翼を持つ怪鳥。ある噂によれば、夜にはばたく鴉が血塗られた満月の光を浴びて狂暴化したものがこのデスフェザーになるという。
 相手は5羽。しかも素早く、パワーアップしたリリスの魔法、ディールの剣技でさえものともせずに襲ってくる。
「くっ! ファイアードライブッ!!」
 ディールが渾身の力を込めて技を放つ。けれども、漆黒の怪鳥には通じない。
 ギャース! ギャアッ!!
「きゃあ!」
「わわっ!」
「くそっ!」
 フェザーフラップ───刃と化した羽根をまき散らす無属性特技が3人とドランを襲う。全員この一撃でボロボロの状態だ。
「思ったよりこいつは相手悪りぃかもしんねぇ………」
 1人ごちながらディールは剣を構え直す。と、同時に彼は2人にあるサインを送った。
(えっ!? ………でも、それは………)
 しかし、ディールはフェイに考える余裕すら与えなかった。
「ディー………うわっ!」
「今度は衝撃波かよ! 全く、参っちまうな………」
 ぼやきながらディールはムーンブレイドを正眼に構えた。
 その様子を見たリリスとフェイも、仕方なしにそれぞれ武器を構える。
「トリニティストライク!」
 3人の連係攻撃───トリニティストライクによる光、風、雷の3属性の攻撃がデスフェザー達に収束する。
「全く、ディールも無茶するわね」
「ホントよ。我と共に纏うは癒しの妖精! ヒール!」
 戦いが終わったのを確認すると、リリスはヒール───味方全員にキュアと同じぐらいの治癒を施す魔法をかけた。
 

「どこまで行けばたどり着けるんだよ、全く。おまけにモンスターも強力だし」
「また来たわよ!」
 フェイが声を荒げる。リリス達はもう既に十数回もの戦闘を繰り返していた。
「レッドスライム! リリス、水属性が弱点だぜ!!」
 レッドスライム───その名の通り、赤い色のアメーバのような不定形生物である。属性は炎。これは冒険者なら誰もが知っている常識中の常識だ。
「我と共に生きるは水の精霊! ウォー───」
 リリスは杖をレッドスライムに突き付けて魔法を唱えようとした。
 だが………。
「魔法が………掻き消された!?」
「どういうことだ?」
 手ごたえはあった。しかし突然、魔法が効果を消したのだ。
 呆然とするリリスにディールは下がるように命じる。
「ディール、炎の酸よ。気をつけて!」
「ああ」
 ディールは短く返事をすると、天井に頭をぶつけない程度に跳躍した。レッドスライムの炎の属性を持つ酸がほんの一瞬前までいた場所をジュッと音を立てて溶かす。
「フェイ………まるで水の精霊の声が聞こえないの………」
「ここは地形的に火の属性だから水の精霊魔法は具現化できないってことかしら?」
 すぐ側にはベルジオ火山がある。水の精霊達にはこの上なく不利な地形である。
(水の精霊魔法が使えないなら………)
 確かに他に方法がないわけではない。だが、リリスはまだそれを1度も実践で使ったことはなかった。
「リリス、スライム系には通常剣技は効かないわ。私もディールも水属性剣技はまだ習得していない。リリスの魔法でしか倒せないのよ!」
 リリスは覚悟を決めた。精霊魔法が無理なら───己の魔力そのものを魔法にすればいいのだと。
「ウォータースプレッド!」
 魔力で中に浮いた魔術師の杖から水の奔流がレッドスライムを直撃する。そう、リリスは展開魔法を行使したのだ。
 展開魔法───自らの魔力そのものを圧縮し、爆発的に解放する魔法。占術士が得意とするそれは精霊の力を借りる精霊魔法とは異なり、地形の影響を受けることはない。
「助かったぜ………」
 いい加減炎の酸を避けることに疲れていたディールが安堵のため息を漏らした。

後書き/サブタイトル『巡り逢う勇者達』

 今回も前回に引き続き短いお話でした。物語の進行上、ここで切らないときっと後でつらいだろうと思ったので。あぁ………今回は何も書くことがない(汗)次回はいよいよ第1章クライマックスのお話………になるのかなぁ(笑)

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