第6話 エルバータの女海賊

「どうも血気盛んて感じだな………」
「あの爪で引っ掻かれたりしたら………! 想像するだけでも背筋に悪寒が走るわ!!」
 2人の眼前に対峙しているのはグリズリーと呼ばれる灰色熊だ。
「やるしかないだろ! 俺が前衛、お前が後衛、ドランは待機だ。いいな?」
 リリスとドランがディールの指示に無言で頷く。
(風と一体になる揺るぎないイメージ………。風の精霊達よ、あたしの側へおいで)
 リリスは自分の杖を右手に掲げ、意識を集中する。
「我と共に駆けるは風の───」
(魔法の強さは自分の心の強さ!)
 リリスは魔法を具現化するためのイメージを頭の中に描きながら杖を灰色熊へと向けた。
「精霊! エアカッター!!」
 疾風の刃が灰色熊に突き刺さり、その隙に乗じて低く構えたディールのムーンブレイドが敵を滅ぼさんと煌めく。
 ガァァァーーーッ!!
 怒り狂った灰色熊は滅茶苦茶に鈎爪を振り回す。
「隙だらけだぜ!」
 ディールは灰色熊の懐に入り込み、ムーンブレイドで敵の急所を狙う。
「とどめだ! ダブルクロス!!」
 縦横無尽に振り上げられた剣の軌跡が灰色熊を捕らえ、灰色の断末魔が辺りに響き渡る。
 絶命した灰色熊を見やりながらディールは剣を鞘に戻す。
「新技の調子はバッチリみたいだね」
「ああ。これもこの前の特訓のお陰かもな」
 目的地であるエルバータの方角を向きながらディールが答える。
(………!?)
 リリスはなくなったはずの気配に気がついた。しかし、ディールは後ろを向いているため、全然気がついていない。
「ディール、後ろっ!!」
「!?」
 振り返ること無く剣が煌めく。灰色熊の最後の抵抗もディールの一撃で完全に封じられていた。
(………気のせい? 今、一瞬ディールがダブって見えたような………)
 リリスは不思議とディールの今の行動が誰かとそっくりな気がした。だが、それが誰なのか分からない。
「さ、いつまでもここにいるわけにはいかないから先に進もうぜ」
「あ、うん」
 2人はその場を後にした。
 

 サンルーザ大陸南端、港街エルバータ。ここから各大陸への定期船が出ているので、いつも冒険者で賑わっている。そのため、武器やアイテムも格段に品揃えがいい。
「リリス、財布気をつけろよ」
「うん」
 この街は別名『海賊の街』ともいわれている。海原を駆ける荒くれ共がたくさんいることでも有名なのだ。ひとたび裏路地に入れば何が起こるか分からない、そんな危険な街でもあるとかないとか。
 リリスとディールはこのことを知っていたので、できるだけ人通りの多い通りを選んで歩いていたのだが………。
「きゃっ!」
 リリスはいきなり尻餅をついた。その横を12歳ぐらいの少年が走り抜けていく。
「大丈夫か?」
「うん。………!?」
 リリスはあることに気がついた。財布がないのだ!
「やられたか。今のガキが怪しいな」
「急いで取り返さなきゃ!」
 2人は少年が消えた裏路地の方へと急いだ。幾つもの十字路を曲がり、2人が眼前に少年を捕らえた時。
 そこにはできれば出逢いたくない事態が起こっていた。
「小僧。俺にぶつかっておいてそのまま謝りもせずに逃げる気か?」
「ごめん………なさい」
 少年は震え上がりながら小声で謝辞の言葉を呟いた。
「ごめんだけですめば世界は平和だろうがよ。生憎俺はそんなにアマちゃんじゃねえんだ。おとしまえをしっかりつけさせてもらうぜ!!」
 スキンヘッドの大男が拳を振り上げようとした時。
 リリスは迷わず魔法を詠唱した。
「ウインド!!」
 リリスの魔法で怯んだ隙にディールがムーンブレイドの腹で殴りつける。だが………。
「きゃあ! うー………ディー・・ル」
 後ろに仲間がいたのだ!
 リリスは後ろから羽交い締めにされ、そのまま坊主頭の大男の前に連れていかれた。
「嬢ちゃん、ウィザードか。だったら接近戦で俺に勝てるわけないよな」
 首筋にダガーを突き付ける。
「そこのファイター風情の男! 剣を置け!! さもなくばこいつがどうなるか分かってるのか?」
「ディール………! あたしに………構わずこんなやつ、やっつけちゃいなさいよ!!」
 ディールは冷静に反撃の余地があるかどうか模索したが、リリスの首筋に赤いものが垂れているのを見るとそれ以上考えるのをやめた。
 時には退くことも大切なのである。大事なものを守るためには………。
(悪いな、リリス。覚悟は決めちまったんだ………)
 ディールはムーンブレイドを静かに地面に置くと、数歩下がった。
「次はそこでこそこそ隠れている小僧を渡してもらおうか」
「………それは無理だぜ」
「ならばお前ごと叩き潰すだけだ!!」
 野太い声と共に大男は懐からナイフを数本取り出すと、素早くディールに向かって投げ付けた。リリスを押さえているために片手が塞がっているというのに、その投げ方は尋常ではなかった。
 対するディールは相変わらず少年を庇いながらナイフを巧みに躱していたが、狭い路地によって動きを制限されたため、ナイフが肩や腹部に何本か深く食い込んでしまった。
「ちっ………。早く、逃げろ!!」
「させるかっ!!」
 滴る血をものともせずにディールは自分の剣に手を伸ばしたが、大男の仲間に遮られてしまった。
 まさに絶体絶命のその時、凛とした声が辺りに響いた。
「伏せて!」
 ディールは思わずその場にうずくまった。
「ソニックブリッド!!」
 圧縮された風の弾丸を打ち出す銃技によって大男が吹っ飛び、その隙にリリスがディールの元へと駆け寄る。
「このやろう!!」
「危ない!!」
 大男は突然現われた女性に殴り掛かった。しかし、彼女はそれを避けて躱すと強烈な踵落としを決めた。
「さ、これで大丈夫よ。後は彼の治療ね。刺さってるナイフを抜いてあげて」
 リリス達を助けた女性───身なりからすると魔法銃士だろうか。彼女は大男が気絶したのを確認するとリリスに向かってそう言った。
 リリスは言われるままにできるだけそっとナイフを取ったつもりだったが、思ったよりも深く突き刺さっていたためか、じわじわと周囲を朱の色に染めていく。
「我と共に生きるは───」
「待って」
 女性が手で制した。
「ポーションがあるわ。魔法を使うより効率がいいと思うの」
 彼女は小瓶を取り出してディールの口に薬をあてがった。
「助けてくれてありがとう。あたしはリリス=エルナ=ローザ、こっちがディール=ロッド=アレフロード」
 助けてもらった人間には最上級の礼を尽くす。これは冒険者として、いや1人の人間として当たり前の行為である。そう母親に習った彼女は礼儀として自己紹介をした。
「私はジャンヌ=ミリエーヌというの。ここの裏通りは治安が悪いわ。以後注意してね」
 辺りを見回し、警戒を怠らずにその女性───ジャンヌは言った。
「あの、助けてもらった上にこんなことを聞いて悪いのですが、ジャンヌさんはもしや………マジックガンナーですか?」
 普段はめったに使わない敬語を精一杯使っての会話は少々ぎこちない。ジャンヌも思わずクスッと笑みを漏らした。
「そうよ。それから私と話す時に敬語はいらないわ。初対面だから気を使ってくれたんだろうけど、同じ冒険者同士なんだもの。歳なんて関係ないわ」
「あの………」
 一連の様子を見ていた少年が申しわけなさそうに話を割った。
「ごめんなさい………。ホントはやっちゃいけないことぐらい分かってた! だけど姉ちゃんが………」
 涙を必死に堪えている少年の頭をポンと撫でると回復したディールは立ち上がって聞いた。
「なぁ、お前。名前は何て言うんだ?」
「レイン………」
「そっか、レイン。何があったんだ? 俺達でよければ話してみろよ」
 その少年───レインの話はこうだった。
 彼の姉───サニアは重い病に罹っており、特別な薬でなければ治らないというのだ。だが、母親も父親も当の昔に亡くなっており、2人には頼れる人間もいなかった。
 レインは小さい時からサニアが母親代わりとなって育ててくれたため、何としても助けたかったのだという。
「でも、悪いことは悪いことよ。もう絶対にしないというのならお姉さんが何とかしてあげる」
「うん、もう絶対しないよ」
「薬屋に行きましょう。リリス、ディール付き合ってくれるかしら」
「もちろん」
 2人はこの返答をするのに1秒たりともためらわなかった。
 

「ありがとうジャンヌ姉ちゃん!」
 薬屋を出ると真っ先にレインが礼の言葉を述べた。一刻も早く帰りたいのであろう、そのまま急いで家へと走っていった。
「そういえばジャンヌ。フェイという人物を知っているか? 俺達は彼女に用があるんだ」
「フェイ!? ………ああ、彼女なら知ってるわ。紹介してあげてもいいけど、代わりにちょっと手伝って欲しいことがあるの。それでもいいかしら?」
「ギブアンドテイクってわけね。それでいいわ」
 交渉が成立したところでジャンヌは2人を武器屋へと連れていった。
「店主! 換金をお願いするわ」
「いつものやつか。分かった」
 ジャンヌが袋から取り出したのは色とりどりの宝石や金塊だった。
「すげぇ! トレジャーハンターか」
「まぁ、そんなところね」
 ジャンヌは笑って答えた。
 宝探し屋を生業にするというのは実際のところ、危険な賭けが多いのである。それを笑ってさらりとすましてしまう辺りに彼女の凄さが感じられる、そうディールは思った。
「これは貴方達の分け前よ。付き合ってくれたお礼」
「そんな! もらえないわよ!!」
 リリスはジャンヌの手を慌てて押し返す。
「いいの、もらって。それで装備や道具を調えておきなさい。きっとこれから危険な目に遭わなくてはいけなくなるから」
「どうしてそんなことが言えるんだ?」
 まるで未来を予言したかのような台詞。それがたとえディールでなかったとしても質問は変わらないだろう。
「そのうち分かるわ。いい? 今からフェイに逢う方法を今から教えるわよ。1回しか言わないからよく聞いてね」
「ああ」
 ディールは頷いた。
「まず今日の午後10時にメインストリートの端にある『潮風亭』ヘ行きなさい。そこでカウンターに座って、マスターに『オーシャンスクリュー』っていうメニューにないお酒を頼んで。マスターがサルバド海の色は? って言ったらこう答えるの。海の色は緋色───金と銀とが交わりし星々を映す、って」
 それを告げるとジャンヌは2人と別れた。2人は一陣の緋色の風が吹き抜けていったような不思議な感覚に襲われた。
 その後、リリスとディールはジャンヌに言われた通り道具を調達すると、教えられた潮風亭の斜向かいの宿屋に止まることにしたのであった───。

後書き/サブタイトル 『緋色の一族』

 今回は3人目の仲間、フェイが登場する前触れとしてのお話でした。海に生きる者達は気が荒いけれど、義理人情を重んじる人でもあるというのを描きたかったのですが。それにしても、リリスやディールは怪我などの身体の異常が多すぎだ! 主人公達のピンチを創る上では怪我や病気という肉体の異常が1番手っ取り早くて楽なのです(笑)

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