第5話 甦るドラゴンオーブの伝説(2)

「熱いよー。お母さん、助けて………………!!」
 リリスの潜在意識の中で悲痛な叫びを上げるもう1人の彼女。今、彼女は記憶の中にいる幼い頃の自分と一緒に、炎の海と化した部屋の一室にいた。
「リリス。大丈夫だから………………絶対に私が守るからね。だから大人しくしていてね」
 ファリアは幼い頃のリリスの頭を撫でながらこう言った。
「うん………………」
 幼いリリスは頷いた。
 その様子を上からもう1人の彼女が眺めている。
(見たことがある。ここは………………この部屋は───)
 リリスは辺りを見回しながら思った。
(あたしの部屋だ)
 徐々に範囲を狭め、全てを焼きつくそうと踊り狂う炎達。
(今までに家が火事になったことなんてなかった。ただの………………夢!?)


 パサッ。
 自分の額から水に浸されたであろうタオルが落ちる。
 リリスはベッドから起き上がって記憶の整理をしようとしたが、断片的にしか思い出せない。
(ディール………………?)
 見るとそこにはベッドにもたれて寝息を立てているディールがいた。
「やっと目が覚めたようじゃの」
 リリスの前には見たこともない老人がいる。
「あなたは一体………………!?」
「儂はノーティス=グノーミスというものじゃ」
 リリスはその名前に聞き覚えがあった。
「古の………………賢者?」
「世間ではそう呼ばれとるようじゃが、儂はただのしがない老いぼれじゃ。お前さんはポイズンスネークの毒で倒れとって、ディールがずっと寝ずに看病していたんじゃよ」
「………………………………」
「順を追って説明しようかの」
 古の賢者はそう言って話し出した。
 

「ちくしょう! 今の季節じゃホワイトスターの花も咲いてねぇ」
 ホワイトスターというのは名前の通り白い星形の花で、花の部分が毒消しの代わりに用いられる植物だ。普通はパールの月からサファイアの月頃に咲く。
 が、しかし今はまだエメラルドの月の中旬だ。
「!!」
 背後に気配を感じたディールはすぐさま剣を抜き、構える。
「物騒な奴じゃのう」
「誰だ」
 ディールは剣を鞘に戻しながら老人に訊ねた。
「そうカッカするでない。ホワイトスターの花を探しておるんじゃろ?」
「なぜそのことを………………!?」
「まあ良いではないか。儂の小屋にホワイトスターを干したものがある。仲間が倒れたのならベッドも貸そう」
 ディールには分からなかった。なぜこの老人が救いの手を差し伸べてくれるのかを………………。
(裏があるのか?)
「疑り深い奴じゃのう。極光石の腕環に………いや、光の女神様に選ばれし勇者よ」
 老人はディールの胸中を見透かしているかのようにそう言った。
「信じるかどうかはお前さん次第じゃ。儂の家は西の方角にある。もし信じる気があるなら仲間を連れて来るんじゃな」
「………………」
 結局ディールはこの謎の老人を信じることにした。今はリリスを助ける方が先決だ。
 何といったって時は一刻を争う事態なのだから。
「助かる見込みはあるのか?」
 リリスを連れて来たディールが老人に聞いた。
「手足の痙攣が酷くなって来ておる。助かる見込みは8割程度じゃな。儂の魔法で治せなくもないが、そうするとこの体力の低下した状態ではちと危険じゃ。だから後は体力次第ってところじゃろう」
「ところであんた、一体何者なんだ?」
 ディールはぶっきらぼうに訊ねた。
「年上への口の利き方がなっとらんのう。じゃがまぁいい。儂はノーティス=グノーミスという者じゃ」
「古の賢者にして予言者でもあるあの………!!!」
 ディールは驚きのあまり、口が利けなかった。ノーティス=グノーミスといえば遥か昔、ルフィーエルの時代よりも前から生きる賢者である。
「お前さん達がこうなることを知っておったからのう。じゃが、次からは気を付けることじゃな。いつも儂がいるとは限らんからの」
 

「簡単に言うとこういった経緯じゃ。お前さんは良い仲間を持ったのぅ」
 賢者はリリスにハーブティーを勧めながら言った。
「しかしよく見るとやはり似ておるな。伝説の魔術師ルフィーエルに」
「ルフィーエルに?? だってルフィーエルは500年も昔の人じゃ………」
「そうじゃ。儂は亜人じゃからの」
 亜人とは人間と似た姿をしている種族のことで、別名、デミヒューマンとも呼ばれている。代表的なものにエルフ、ドワーフ等が挙げられ、人間と友好的な種族も多い。いずれも人間より遥かに長寿だ。
「その杖はかつてルフィーエルが使っていたものなんじゃよ」
 賢者はリリスの側に立てかけられている魔術師の杖を見ながら言った。
「ルフィーエルの杖………」
「左様、その杖は持ち主を選び、主の力を最大まで引き出すといわれている。名実共に最強の杖じゃ」
(あたしの使ってる杖がルフィーエルの物だなんて………)
 あの杖はリリスが物心付いて魔法を覚えた時から使っている杖だ。それがかの偉大な魔術師ルフィーエルの物だなんて誰が信じられようか?
「そうじゃ。そしてディールの剣───ムーンブレイドはディオルトの使っていた物じゃ」
 賢者は話を続けた。
「この世のどこかにこれと対になる剣───サンブレイドがある。この2つとオーブの勇者6人が揃った時、究極魔法が完成するのじゃが………」
 とそこで賢者は言葉を切る。
「それで………??」
「いや、何でもない。それより、まだ身体も本調子ではないはずじゃ。暫くここにいるといい。何なら儂が特別に魔法の稽古を付けてやっても良いぞ」
 

 その日の夜、リリスはベッドの中に潜り込んだものの、あのことが気になって眠れずにいた。
(ルフィーエルと究極魔法………。それにアルテリアスの乙女)
 この3つがリリスの頭の中でグルグル回っている。
「リリス。あんまり考えると眠れなくなるぞ」
 隣のベットに横になっているディールがあくびをしながら言う。
「うん。でもさ、ルフィーエルってどんな冒険をしたのかなぁって。ディールはやっぱりルフィーエルやディオルトについて気にならない??」
「まぁな、でも殆ど記録に残ってないんだよな。伝説になるぐらいだから何かしら残っててもいいはずなのによ」
 ルフィーエルやディオルトの伝説は伝承として伝えられてきたものばかりで、500年の時を経た今ではかなりあやふやである。
「さて、明日から特訓だ。俺も、ムーンブレイドをもっと効果的に使えるように指導してもらわねーと。それと───」
 ディールはリリスの桜色の瞳をまっすぐ見つめながら少し照れたような顔つきでこう続けた。
「俺の前であんまり無理をするな。俺達はパートナーなんだからお前が1人で無理をすることはないんだぜ」
「うわ! キザったいセリフ!! どうやったらそんな言葉出てくるわけ?」
 リリスは恥ずかしさの余り心にも無いことを言ってしまった。
「っ! せっかく、人が心配してやってんのに」
「ごめん………ありがと」
 リリスはちょっと悪戯っぽい笑み浮かべていた。
 

「なかなか飲み込みが早いのぅ」
「まだまだ! ファイアードライブッ!!」
「トゥインクルスター!」
 数日後、ディールとリリスは古の賢者ノーティス=グノーミスの元で修行をしていた。
「これぐらい特訓しておけばエルバータ付近での戦闘もだいぶ楽になるじゃろう。とりあえず実技はそれぐらいにしておいて───」
 賢者はふと手を止め、空を見上げた。彼の頭上には雲1つない青空がどこまでも続いている。
「神話歴史学の話でもしようかの」
「なっ!? 神話歴史学だとぉ?」
 ディールは思わず叫んだ。彼は神話歴史学が大の苦手で、スクールでもテストで赤点を取ってしまったことがあるのだ。
「勇者たる者、知識を身に付けてこそじゃ」
 ノーティス=グノーミスはそう言うと真剣に語り出した。
「お主らはドラゴンオーブの伝説については知っておるじゃろう」
「『哀しみの運命が空より舞い降りて全てを破滅へと導く時、勇者幾代も生まれ変わり、此れを食い止めんとする。然れど破滅を防ぐことならず。伝説の魔術師の偉大なる力、解放せん限り………』ってヤツでしょ。『アーススフィア戦記』に載ってる………」
「そうじゃ。じゃが、あれにはまだ続きがあってのう。その続きというのが、『偉大なる力は究極の光也。光に近づけば近づくだけ闇も又濃くなってゆく。光がそうであるように闇もまた不滅。双方は人々の心が生み出す物也………』というものなんじゃ。つまり………」
 賢者はそこで一呼吸置くと、手にしていた杖の先に触れた。
「この戦いを勇者だけで終わらせるのは不可能なんじゃ」
「ちょっと待てよ! じゃあ何で───」
「少し分かってきたかも」
 ディールの言葉を遮り、変わってリリスが語る。彼女は古の賢者と同じように自分の杖を優しく愛でると、伝説の解釈を分かりやすく噛み砕いたように話した。
「この戦いに必要なのは世界中の平和を願う民の力。それも、種族を越えた、ね。エルフもドワーフも人間もそして精霊や聖獣も───。勇者達はこの力の流れの上に沿って歩いてるに過ぎないわ。あたし達がもし本当に勇者だというなら、世界をまとめるための旅が必要だと思うの」
 ノーティス=グノーミスは『よくできました』と言わんばかりの笑顔でリリスの解釈に付け加える。
「正にお前さんの言う通り、勇者達自身がクロムウェルという1枚の大きな布を縫い付ける針になるんじゃよ。そしてその縫い目───つまり旅の軌跡こそが世界を1つにまとめ上げるのじゃ」
「俺達にしかできない、俺達だけの旅………」
 しみじみと、そして感慨深げにディールは言葉を発する。
「左様、儂が今のお前さん達に教えることができるのはここまでじゃ。技術、知識共にな。後はお前さん達自身の旅の中で見つけていくのじゃよ」
 2人は賢者のこの言葉を受け、誓いを新たに翌日旅立つことを決意した───。

後書き/サブタイトル『真実へのトビラ』

 ただの爺さんが実はスゴイ人だったなんて! 彼にはまだ秘密があります。その話はいずれまたするとして、『勇者』というものについてある程度話さなくてはと思い、この回を書いてみたのですが。会話が多くてバランスの悪い話となってしまいました(汗)

Back Home Next

inserted by FC2 system