第4話 甦るドラゴンオーブの伝説(1)

「ファリア。こうなってしまったからにはリリスだけでも助けなければいけない」
「ええ、貴方。でも………」
(お父さん!! でも、どうして?? お父さんは旅に出ていていないはずなのに………)
 リリスは首をかしげる。
「エリーズはもうここにはいないのね………」
 ファリアは悲しそうにに呟いた。
「これほど宿命というものを呪った日は無いわ」
「確かにそうだな。だが、ファリア。お前ならあの忌々しい呪われた力を封印することができるだるう?」
(忌々しい呪われた………力!?)
 リリスはその意味を知りたくてファリアに声をかけたが、彼女は反応しない。
「そうね。でもきっとその場凌ぎよ。だってもう7つのオーブの運命からは誰も逃れることは出来ないわ。それがたとえ………神であろうとも」
「神でさえ逃れることの出来ない宿命………か。あの伝説が現実になるのだな」
 落ち着いた声でリリスの父マディンは言った。
「でも、あの子の力の一部を封印すれば、同時にこの記憶も封印される」
「構わん。それでリリスが少しでも助かるのなら───」
 

 眼を見開き、起き上がる。どうやら身体に異常は無いようだ。
「起きた?」
「あたし………どれくらい眠っていたの?」
 母ファリアに声をかけられるが、まるで時間の感覚が掴めない。
「3日3晩ずっと寝ていたわ。食事も全然取っていないからお腹空いたでしょ」
「うん………」
(………夢かぁ)
 随分リアリティーがあるなぁ〜、と思いながらも彼女は上体を起こす。
「国王様が食堂を使ってもいいとおっしゃってくれたから朝ご飯にしましょ。中庭にいるディールとライトを呼んできてちょうだい」
 リリスは着替えて部屋を出た。小鳥の歌声が聞こえるのどかな朝だ。
「やっぱり、運命には逆らえないのかしらね………」
 ファリアはわが子の様子を確認してから寂しそうに独りごちた。
(六大女神、そして偉大なる伝説の魔術師ルフィーエルよ。この声が届いたのならどうか現代に甦りしオーブの勇者とアルテリアスの乙女をお守り下さい………)
 

 中庭からは乾いた剣戟の音が聞こえる。ディールとライトの剣が交わる音だ。
「もっと仕掛けてきてもいいんだぜ」
「うるせー。黙れっ!」
 ディールが攻撃に転じる。高く跳躍し、空中から剣を一気に振り降ろす。ディール得意のジャンプ斬りだ。
 練習なので2人とも木剣を使っているが、それでも勢いのついたディールの攻撃をまともに喰らえばただでは済みそうもない。
 だがライトはディールの攻撃をすぐに見破り、半歩程下がる。そしてディールが剣を繰り出す直前に剣を斜めに突き出す。
「痛ってぇー!」
 ライトの繰り出す剣の圧力にあっさりと負けたディールは宙を舞った。
「まだまだおめぇには負けねーな」
 勝ち誇っているライト。少々大人気ないような気もするが、それでも宮廷騎士団の団長を務めていただけあって、その実力は本物だ。
「ディール、平気?」
「ああ・・痛っ!」
 どうやら着地の時に足を捻ったらしい。
「足首を捻ったな。全く、相変わらずお前は着地が下手だな。ジャンプ斬りは剣技の中でも基礎中の………………」
「うるせー、親父。黙ってろ! ………………いてててて」
 たとえ怪我をしようとも、減らず口を叩くところはいかにもディールらしい。
「キュア!」
 リリスはお馴染みの治癒魔法をディールにかける。
「サンキュ! 助かったぜ」
「お母さんが朝食の支度をしてもらったって言ってたから行こう」
「わかった」
「そうか。じゃあ俺は剣を片付けてくるから先に2人で行っててくれ」
 そう言い残してライトはその場を去る。
 2人はゆっくりと中庭を散歩した。リリスはディールに何度か話しかけようとしたが、彼がずっと何かを考えているようだったので、そっとしておいた。
(俺は未だに弱いのか………?)
 少なくとも昔よりは確実に強くなっている、とディールは自負していた。
 どうして彼はそこまでして自分の強さにこだわるのだろうか? どうやら単に負けず嫌いなわけではないらしい。
(どちらにしろ、運命には逆らえない………か。たとえ俺が望まなかったとしても風の封印は解け、アルテリアスの乙女は完全なる復活を果たすだろう。そうすれば世界は救われるかもしれない。だが───)
 そのために犠牲者が出てもいいのだろうか? と彼は考える。
(いや、そんなの絶対に俺が許さねぇ!! そんな運命なら俺が出し抜いてやる。………必ず!!)
 彼は決心を固めた。その目には揺るぎない決意の炎が宿っている。
「考え事は吹っ切れた?」
「何で分かったんだ?」
 ディールは驚いてリリスを見る。
「そんなのディールを見てれば分かるわよ。ねぇ、何を考えていたの?」
「いいだろ、別に。それより早くメシ食いに行こうぜ!」
 ディールは早足で駆ける。
「あっ! 待ってよ」
 リリスも急いでディールの後について行った。
 

 再び旅に出る前にもう一度サンルーザ王に会うため、朝食を済ませたディールとリリスは謁見の間に来た。横にはもちろんドランが、後ろにはファリアとライトが控えている。
「ディールとリリス。そしてライトとファリアよ。そなたらのお陰でこの城も何とか持ちこたえることが出来た。そして、わしの妃も2人が持ってきた泉の水のお陰でだいぶ良くなった。そこでだ、ほんの少しじゃが褒美を取らせようと思う。大臣よ、あれを持ってきておくれ」
 差し出されたのは金貨がたくさんつまった袋が3つ程と、魔法書、それから凝った意匠が柄の部分に施されたショートソードが2本。
「そして最後になるがディールよ。ちと、わしの前に来ておくれ」
 ディールは黙って前に進み出た。
「それは………ディオルトの………!」
「そうじゃファリア。これはわしの家系に光のオーブと共に託された外套じゃ。昔、ディオルトがこの地に平和をもたらした時、『もし再びオーブの勇者がこの地に現れたとしたらこれを渡すように』と言ったらしい」
 そしてサンルーザ王はこう付け加えた。
「もう500年も昔のことじゃから真実は定かではないがの。………受け取ってくれるな、ディールよ」
 ディールは差し出された真紅のマントを受け取り、おもむろに広げる。
 マントは500年の時を経た今でも色褪せることはなく、紅の色は見るもの全てを魅了してしまうかのようだ。留め具には金色に輝く飛竜の紋章と防護のルーンが彫られており、温かい光を放っている。
 ディールはそのマントをサンルーザ王の前で羽織って見せた。
「見事なものじゃのう。それとそのドラゴンオーブのことじゃが───」
 サンルーザ王はディールの右腕にはめられている極光石の腕環を見やり、話を続けた。
「それを狙う輩は何も闇の魔術師だけではない。扱いには十分気を付けることじゃ」
「いろいろと本当にありがとうございます」
 ディールとリリスは頭を下げた。
「困ったことがあったらいつでも言っておくれ。できる限り力になろうぞ」
「リリス。ちゃんと魔法の練習を忘れないでね」
「うん」
「そうだ、ディール。お前も基礎練はしっかりしておけ。前衛で戦うお前が倒れたら誰がリリスを守るんだ?」
「へいへい」
 ディールは半ば呆れながら返事をした。彼はライトの戯言には自然と耳が馬耳東風モードになるのだ。
「お母さん元気でね」
「リリスもね」
「親父もしっかり自分の世話ぐらいできるようにしておけ。いつまでもリリスの母さんに迷惑かけてんじゃねーぞ」
「けっ。口だけは1人前かよ」
 各々の別れの挨拶を交わし、2人は城を後にした。
 

 サンルーザを出た2人はロリエールの門を通り抜け、エルバータ自治区内へと入っていった。ロリエールとは初代サンルーザ王であり、ルフィーエルやディオルトと一緒に戦った騎士の名前だ。
「ついにマラッド平原の南部まで来たわね」
「ああ、だがこうモンスターが強いと厄介だな。エルバータまで行くには相当時間がかかるかもしれねぇ」
 マラッド平原はサンルーザを境に南部と北部に分けられる。2人が今いるのが南部で、北部と違い、湿った温風が吹くので暖かい。
 2人のレベルは現在10。アーリア鉱山の時に比べるとかなりレベルは上がっているのだが、最近はモンスターの凶暴度が増しているらしく、2人は苦戦を強いられた。
「我と共に生きるは炎の精霊! ファイア−!!」
「ファイアードライブッ!!」
 2人が相手をしているのはマラッドモスキートというこの地方独特のモンスターだ。簡単に言ってしまえば人間の血を吸う『蚊』が巨大化したと思ってくれればいい。ただ、単なる蚊との違いを挙げるとしたら、雄雌に関係なく人間の血が好物である、ということだ。
 このモンスターの弱点は炎だ。だから2人はさっきからセオリー通りに弱点を突いているのだが、数が多過ぎる。
「ちっ! キリがねぇ………」
 マラッドモスキートは直接攻撃を行うと必ず吸血攻撃をしてくるので、ディールは特に手を焼いていた。物理攻撃が出来ないということは、彼にとって致命的なことなのである。
「出来れば温存しておきたかったけど………まぁ仕方ないわね。我と共に生きるは炎の魔神!! フレイムッ!!」
 リリスの杖の先から辺り一面を焦がし尽くすのではないかという程の炎が踊り出したかと思うと、マラッドモスキートを閉じ込め、一瞬にして焼き払ってしまった。
(この前、アーリア鉱山へ行った時には危うく火事になりそうだったってのに。あいつは魔法を覚えるスピードも半端じゃねえし………全く血は争えねーな)
 ディ−ルはつくづくそう思った。魔法の範囲を完全に限定化することが出来る魔術師は、よほど熟練の魔術師でもほんの一握り程にしか満たないだろう。だがリリスは、弱冠17歳にしてその芸当が出来るというのだから驚きだ。
「この魔法。覚えたはいいけど、魔力の消費量が多くて疲れるわね。改善の余地アリだわ………」
「疲れたなら休んだ方がいいドラ」
「うん、でも大丈夫よ」
 と、マラッドモスキートの群れを倒してホッとしていたのか、誰も背後から忍び寄るモンスター達に気が付かなかった。
「くっ!!」
 シャァァァー!
 何ともグロテスクな蛇が3匹不意打ちを仕掛けてきた。
「わぁ! ポイズンスネーク!!! 気持ち悪い………」
「グダグダ言ってねぇでさっさと片付けるぞ!!」
 ポイズンスネークの特殊攻撃を喰らわねーうちに───、とディールは胸中で付け加えた。
 ポイズンスネーク、つまり毒蛇のことだ。牙で攻撃されたり、ポイズンスネークの体液や血に触れると初めは何ともないのだが、暫くすると高熱を出すようになり、手足の痙攣が酷くなっていく。そして最後には幻覚症状が現れるいう。
 ディールは幼い頃、父ライトと共に登山をした時に1度このポイズンスネークに襲われ、毒を受けて倒れたことがある。その時はライトの持っていた毒消しで何とか一命は取り留めたものの、今は毒消しのストックがもう無い。
(どんな蛇でも所詮は爬虫類………それならっ!)
「我と共に生きるは氷の精霊! フリーズ!!」
 標的を1匹に絞り、リリスは魔法を唱えた。爬虫類型のモンスターは大抵氷に弱いので、これは効果的な方法と言える。
 ポイズンスネークが血飛沫を上げ、のたうち回る。
「リリス! 危ねぇ!!」
 遠くで別の1匹を倒したばかりのディールが叫ぶ。ポイズンスネークはその長い尾をくねらせ、リリスの足を捕らえようとする。
「───っ!!」
 反応が一瞬後れた。
 グサッ!
 間一髪だった。ディールの投げたムーンブレイドが弧を描いて宙を舞い、ポイズンスネークの胴を射抜いた。
(あそこまで上手く行くとは………カインに逢ったら礼を言わなくちゃいけねぇな)
 カインというのはディールのスクール時代の親友のことで、槍を扱うのがとても上手い青年のことなのだが………。
「大丈夫だったか?」
「うん。でも何か………身体が言うことを聞かなくて………」
 ディールは無造作にリリスの身体を引き寄せ、彼女の前髪を掻き揚げる。
「お前! 熱があるぞ。………毒にやられただろっ!」
「………………」
 リリスはディールの腕の中でぐったりとしている。
「ちっきしょう! 毒消しはもうねぇんだぞ!」
 ディールは吐き捨てるように言った。だが、それはリリスに向かって言っているのではなく、自分自身に向かって言っているようだった。
 彼ははこんな時に何も出来ない自分にもどかしさを覚えていた。
「ゴメン………」
 その声はいつもの彼女とは違い、とても弱々しかった───。

後書き/サブタイトル『今、始まる本当の旅』

 闇の勢力の影がちらほらと現われる今回のお話はやはり前々回に引き続きテンポの悪いお話となってしまいました。同時に旅の目的ができた回でもあったので本当はもっと上手く書きたかったのですが。

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