第2話 風の舞う泉目指して

「ふぅ………疲れた」
「大丈夫か? 『これくらい1人で何とかする!』なんて言って戦ってたからさ」
「ドラゴンフライ3匹ぐらいならファイアーで一撃だから心配しなくたってヘーキ、ヘーキ!」
 サンルーザからアーリア鉱山まではたいした距離ではないが、森を抜けるため、マラッド平原よりもモンスターの出現率が高い。
 森で遭うモンスターは当然のことながら植物系や昆虫系が多く、リリスが言うように炎系の魔法で攻撃する方が剣で攻撃するよりも効率がいい。(炎系の剣技が使えるならば話は別だが)
 実際、2人がここまで来るのに遭遇したモンスターの殆どがこのカテゴリーに当てはまった。
「今回はドランも活躍してるもんな。俺も負けてらんねーや!」
 ドランはというと、戦闘中は炎のブレスを吐いていた。
「でもな、ファイアーで戦うのはいいけどよ、火事になんねーように気をつけろよな。さっきだって1度………」
「分かってるって。すぐにウォーターの魔法で消したでしょ。それでいいじゃない」
「そーゆーこと言ってるんじゃなくって、魔力の使い過ぎに注意しろって言ってるんだ。またいつかみたいにブッ倒れても知らねーぞ、俺は」
 いつかと言ってもかなり前のことじゃない、とリリスは思ったが口には出さなかった。
 リリスとの言い争いはいつものことだ。大抵はディールの方が正論なのだが。どちらにせよ、軽口を叩く暇が出てきたということはモンスターとの戦いにもだいぶ慣れてきたという証拠である。
「夜、鉱山内に入るのは危険だから今夜はあそこで休もうぜ」
ディールが指したのはアーリア鉱山の入り口から程よい場所にある1本の大きな樹が生い茂るところで、近くには川も流れている。野宿には最適な場所だ。
「ディール。火打ち石ちょうだい」
 火打ち石とは、ガラスの原料になる石英という鉱物を火打ち金と打ち合わせて作った石のことで、火を熾すのに使われる。旅には欠かすことのできない道具の1つだ。
 リリスは油紙に包まれた火打ち石を取り出し、集めてきた枝に点火する。この辺の技能はスクールのアウトドア講座の時間に習ったので、難無くこなすことができる。
「あんまり食料を無駄にしないようにしなくちゃな」
 たいした食材を持っている訳ではないので、食事は簡単に携帯食で済ませる。
「月明かりと炎のお陰ですごく落ち着く」
「ほんとだな」
 空を見上げながらのディールの返事。辺りには空を覆い隠すような背の高い木々や強い明かりがないので、たくさんの星が夜空に瞬いている。
「ドランは?」
「もう寝たぜ」
 薪を火にくべながらリリスは言った。
「ディールは今日1日旅を続けてどう思った?」
 うーん………と考えるポーズを取るディール。
「もっと剣技に磨きをかけないといけないなと思った。技の種類も増やさねーといけねーし」
「そうね、その方が戦い方に幅が出るから楽よね。その点はあたしも同じ。もっと魔法の種類を増やさなくちゃ」
 今まで以上にヤル気満々なリリス。(もっとも、彼女が本気を出すと誰も彼女を止められなかったりするのだが………)
「でも、今日1番の出来事はやっぱりドランに逢ったことだよな。だってドラゴンが仲間だぜ! 俺、マジで感激しちまったぜ」
 竜戦士の職業についている者ならともかく、そうでない者にドラゴンがなつくことなどまず有り得ないとされている。だからディールはドランが仲間になったことがなおさら嬉しいのだろう。
「リリス、そろそろ寝ろ。俺は剣でも磨きながら見張りをする」
「分かった。2時間ぐらいしたら交代するよ」
 リリスは瞼が重く垂れ下がってくるのを我慢しながら立ち上がり、シュラフの中に入った。そして、規則正しい寝息を立てながら静かにまどろんでいった。
 

「明らかに怪しいよな」
「うん。アラームかも」
 だだっ広い空間に宝箱が1つだけ。他には何もなく、あからさまにおかしい。この様子を見ると、アラーム(モンスターを呼び寄せる警報のこと)などのブービートラップの可能性が高い。
 それでも2人は開けたかった。宝箱は冒険者にとって魅力的な存在なのだ。たとえ、多少のリスクを追ってでも───。
「俺が開ける。リリスは下がってろ」
 ディールが宝箱に手をかける。ゴクリと固唾を呑むリリス。ディールに言われたようにドランと一緒に見守っている。
 トラップの種類はいくつかある。モンスターを呼び寄せるアラームや落とし穴、爆弾が仕掛けられた扉やワープ床など、実に多種多様だ。
 パーティに盗賊がいないと宝箱1つあけるだけでも苦労する。特に序盤は魔法で中身を探るといったこともできないのでこの上なく厄介でもある。
「開けるぞ」
 思いきって一気に蓋を開ける───と同時にけたたましいベルが鳴り響いた。
「やべぇ、アラームかっ!」
 広間に現れたのは全ての生ある者を忌み嫌うというゴブリン達だ。前に5匹、後ろに5匹───完全に挟み撃ちだった。
(前の奴らの中に1匹だけデカいのがいやがる)
 間違いなくあいつはホブゴブリンだ───とディールは思う。と同時に軽く舌打ちをする。
「俺が前の奴らを何とかする! リリス、お前は後ろを頼む!!」
「分かった!」
 ディールはムーンブレイドを、リリスは魔術師の杖をそれぞれ構える。
 ゴブリン達は奇声を上げながら次々に飛びかかってくる。ナイフや弓矢、メイスを持って───。
 ガキン!
 ディールの剣とゴブリンのメイスとがぶつかり合い、火花を散らす。ディールは盾で矢を躱し、反撃に出る。彼の急所を狙った一撃は見事にゴブリンを仕留めた。
(まずは1匹………)
 一方、リリスは………。
「我と共に生きるは氷の精霊! フリーズッ!!」
「我と共に生きるは炎の精霊! ファイアーッッ!!」
 敵全体に立て続けに魔法をかける。威力は単体にかけた時よりも落ちるが、冷えた身体が急に熱せられればただでは済まない。そう、冷たい皿に熱湯をかけると皿が割れてしまう、あれと同じ原理だ。
「はぁ………疲れるわね」
 ちらっとディールの方を見る。
「!!」
 ディールのこめかみの辺りから血が滴り落ちている。それはどうやらホブゴブリンの攻撃のせいらしい。
「ディールッ!!」
「後ろっ! 余所見するなっ!」
 慌てて後ろを振り返るとそこにはリリスの後方から狙いを定めるゴブリンがいるではないか! ケタケタと笑っているその顔は何とも無気味だ。
 リリスは接近すると同時に杖の先をゴブリンの脳天目掛けて振りおろす。その瞬間ゴブリンの弓から矢が放たれ、リリスの横顔をわずかに掠めた。だが彼女は頬から血が流れ落ちていようとも全く気にしない。
 とりあえず後ろの5匹は先程の魔法のお陰もあって全滅した。
 前ではドランが炎のブレスを吐く。ゴブリン特有の嫌な臭いと炎が肉を焦がす臭いとが混じりあって悪臭が漂い出す。
「我と共に駆けるは風の精霊! エアカッター!!」
 風を纏った鋭い刃がゴブリン達に襲い掛かる。そこにディールがさっきのお返しと言わんばかりに最後まで残ったホブゴブリンにとどめを刺す。
「ふぅ。ディール、大丈………!?」
 ディールはがっくりと膝を折りながらこめかみを押さえている。明らかにさっきよりも出血量が多く、顔色も悪い。急いで治癒しないと危険だ。
「我と共に生きるは………ッ!?」
 リリスは治癒魔法を施そうと試みた。しかし戦闘時に魔法を使い過ぎたためか、魔法は全く効果を現さない。
 あいにくポーションも切れている。回復手段は彼女の魔法だけだ。
「………………」
 リリスは無言でディールの前髪を上げ、傷を見る。
(思ったよりも傷が深い………)
 気がつくとリリスはディールの血で手が真っ赤になっていた。思わず悲鳴を上げそうになる。押し殺していた恐怖が彼女に牙を向けて襲い掛かってくる。
(恐い………っ! 誰か………助けてっ!!)
 リリスは必死に正気を保とうとした。しかしそれも長くは持たず、傷ついて動けないディールの側で気を失ってしまった。
 

「………ス」
(誰………?)
「・・リス! 起きろっ!!」
 がばっ!
 勢いよく跳ね起きるリリス。
「大丈夫かよ、ずいぶんうなされていたぜ」
 リリスはそれが夢であったことを認識するのにかなり時間が掛かった。だがそれが分かると彼女は安堵の溜め息を漏らした。
「今何時なの?」
「11時になったところだ」
 ディールは金色の懐中時計を取り出し、リリスにそう告げた。父親からもらったその時計は焚き火の炎によって眩しく輝いている。
「もうそんなになるのね。じゃあ見張りを交代するわ」
 そう言ってリリスは自分の荷物から魔法書を取り出した。
「どんな夢を見たんだ?」
 唐突にディールは聞いた。リリスは少しためらったが、夢での出来事をディールに話した。
「そうか………。でも大丈夫さ。俺はそんなヘマはしない」
 シュラフの中に潜り込みながらディールは心配するリリスをなだめるようにそう言った。
(予知夢………じゃないといいけどな)
 瞼を閉じながらディールはそう思う。生まれつき強い魔力を持っているとその影響で夢が現実になってしまうということがある。これを予知夢といい、リリスも何度か経験したことがあるという。
 そんなディールの心配をよそにリリスは魔法書を読んでいる。魔法書は全てルーン文字で書かれており、魔術師はそれを解読することで魔法は初めて形になり、様々な現象を起こすことが可能になるのだ。
(今夜は本当に星がきれいだ………)
 リリスはふと、魔法書を読む手を休め、空を仰いだ。
 

 次の日の早朝───。
 2人は鉱山の中へと入っていった。
「なにかいるドラ」
「ジェリースライムッ! リリス、魔法だ! 魔法っ!!」
 ジェリースライムはスライム種族の中ではあまり強い方ではないのだが、剣で攻撃すると分裂して数が増えるうえ、酸を吐いて攻撃してくる。この酸は服はおろか、並みの金属なら溶かすことができるので急いで攻撃する必要がある。もちろん、セオリー通り弱点を突くなら炎系の魔法がいい。スライム系は大抵、炎に弱いからだ。
「我と共に生きるは炎の精霊! ファイアー!!」
 リリスは杖を右手に持ち、左手を添えながら叫ぶ。杖の先から現れた炎がジェリースライムに攻撃する隙を与えず、それは瞬時に黒い塊へと変化した。
「やるじゃん」
「まぁね」
 その後も何度かモンスターに襲われたが、その度にディールの剣技、リリスの魔法、ドランのブレスによって切り抜けてきた。
 鉱山内には以前ここで働いていた鉱夫達が残していったつるはしやトロッコがあちこちに放置されている。
(だいぶ奥まで来たな………)
 バサバサッ!
「ディール、気をつけて! 何かいるみたい!!」
「うわっ!」
 2人の頭上から急降下してきたのは3匹のマジックバットだ。かなり凶暴で、牙による直接攻撃のみならず、名前の通り魔法を使ってくる。とてもではないが今の2人ではかないそうもない。
「なぁ、リリス。相手が悪い。ここは逃げた方が───」
「無理よ。相手の方が素早いもん」
 ディールが言い終わる前にリリスは答えた。彼女は正面切って戦う他はない、ということを主張しているのだ。
「我と共に生きるは炎の妖精! ラピッドファイア!!」
 素早い相手には素早い魔法で対抗───そう思ったリリスは通常のファイアーよりも速い速度で放つことができる『ラピッドファイア』の魔法を放った。
「うそっ! 魔法が命中したのに全然ビクともしないなんて!!」
 ラピッドファイアの魔法は確かに3匹とも命中した。だが、それでもマジックバットは1匹も倒れずに牙で反撃してくる。
 キィィィン!
(嫌っ! 何なのこの音は───!!)
 それはマジックバットの十八番であるコンフュージョンの魔法だった。この魔法は標的を一時的に混乱状態に陥らせ、味方と同士打ちをさせるものだ。
 リリスは耳を押さえ、マジックバットの発するコンフュージョンの超音波から逃れようとする。ディールも同じく耳を塞いでいる。
「コンフュージョンか………リリス、大丈夫か?」
「うん、何とか」
 ディールが攻撃を仕掛けながらリリスに聞く。
「ドランは平気だった?」
 ドランはあの超音波を回避することができたのだろうか───?
 リリスは心配になって振り返った。
「ディール! 伏せてっ!!」
 リリスが叫ぶ。ドランが混乱状態に陥ってしまったのだ。
 混乱状態に陥ると意識が錯乱してしまい、味方に攻撃してしまう。当然、強力な攻撃も本人の意思とはお構いなしに繰り出される。
 リリスとディールはドランのブレス低い姿勢でやり過ごし、お互いに背を向け合う。そして、ディールがマジックバットと、リリスがドランと向き合う。
「我と共に生きるは精霊の加護! マジックバリア!!」
 リリスは魔法で炎に耐えることのできるバリアを創り出す。ドランのブレスに対抗するためだ。
「ッ!!」
 ドランのブレスはリリスが思っていたよりも強力だった。彼女も負けずに魔法の精度を上げようと、杖を持つ手に力が入る。
「リリス! ドランを補助魔法で何とかしちまえ!!」
 ディールが剣をかざしながら怒鳴る。
 これはなかなかグッドアイディアだった。リリス自身、味方であるドランに攻撃する訳にわいかない、と悩んでいたところだったからだ。
 しかし、この方法には1つの大きな問題があった。確かにスリープやパラライズの魔法を使えばドランを無力化することはできる。だがそうすれば、魔法を唱える時にできる隙によってバリアを崩されるかもしれない。
(これは賭けだわ………。あたしの魔法が早いか、それともドランのブレスが早いか───)
 ドランが3発目のブレスを吐こうと口に火が灯る。
「スリープ!!」
 杖から光の粒子がドランに向かって飛んでいく。その直後にドランはドサリと音を立てて地面を転がった。
 リリスの後ろではディールがマジックバットを相手に相変わらず苦戦している。
(マジックバット───蝙蝠型のモンスター。………ん!? 蝙蝠? ───そうだっ!)
 リリスはマジックバットの弱点に気がついた。
「ディール! 剣技『クリスタルセイバー』を使うの!! 蝙蝠は夜行性だから光の属性が苦手なはず!」
「分かった!」
 ディールはすぐにクリスタルセイバーを繰り出す時の構えを取った。彼の特技の中で1番使用頻度の高いこの技は敵を剣圧によって発生させた光のオーラで相手を閉じ込め、その上から叩き切る技である。
「クリスタルセイバーッ!!」
 ムーンブレイドが踊るように煌めき、光の残像を残す。
「さすがに危なかったな………」
「プレキャストでスリープの魔法を唱えたから効かないかと思った」
 プレキャストとは呪文を唱えずに魔法を使うことで、呪文を唱えた時よりも威力は劣ってしまうものの時間の短縮ができるので、急ぎたい時には何かと便利な方法である。
「ふぁ〜〜〜、ボクはどうなったドラ?」
「マジックバットのコンフュージョンの魔法にかかっちまってたんだ。まぁ、俺達で倒しちまったけどな」
 ドランは眼をぱちくりさせて2人を見る。2人ともよく見ればあちこちの傷があり、おまけにドランのブレスを受けたせいで全身煤まみれになってしまっている。
「ディールさんもリリスさんもボクのブレスを受けて………」
 ドランは自分を責めた。それを聞いたディールは、
「お前のせいじゃねぇよ。………あの野郎、ファイアーなんか使いやがって!」
 と言った。
 しかし、マジックバットはディールの言うようにファイア−を使ったりはしない。そう、ディールは嘘をついているのだ。
(『嘘も方便』ってとこかしら)
 リリスはディールがドランのことを気遣っているのが手に取るように分かったので黙っていた。
「それはそうと、リリス。治癒魔法をかけてくれよ」
「うん、分かった」
(キュアよりもヒールの方がいいわね………)
 リリスは2人の傷の度合いを見ながら魔法を選んだ。
「我と共に纏うは癒しの妖精! ヒールッ!!」
 リリスの唱えた魔法が洞窟内に反響する。味方全員にキュアをかけるヒールの魔法だ。
「それにしても、随分奥まで来たな………」
 2人はどれぐらいの距離を歩いたのか分からないくらい奥まで入り込んでしまっていた。幸い1本道なので、道に迷う心配だけはないが。
「ディールさん、リリスさん! この先の広場みたいなところに宝箱があるドラ!」
 ドランが示した宝箱は、リリスが夢で見たものと同じ形をしていた。
「開けてみようぜ」
「ダメ。ディール、開けちゃダメだって!」
「なんだよ、夢のことなんか気にするなって。それより、すげぇ宝が入ってるかもしんねーぜ」
 宝箱を目の前にして引き下がるなど冒険者の風上にも置けない、と考えるディールが素直にリリスの忠告を聞くはずがない。
(もしそうなったとしたら───)
 辿り着く先を知っているだけにリリスは不安でたまらない。
 そんなリリスを後目にディールは意気揚々としながら箱のふたに手をかける。直後………。
 ジリリリリリリリ!!
 まるで部屋中にある目覚まし時計をいっぺんに鳴らしたかのようなけたたましい音が鉱山内に谺した。
「!!」
「やべぇ! アラームか!!」
 夢と同じようにゴブリンが現れた。しかも挟み撃ちときている。リリスが見た夢は今まさに現実へと変わりつつあった。
「俺が前の5匹を何とかする! お前は後ろを頼む!」
「うん! くれぐれも気をつけてね」
 リリスは杖を構え、呪文の詠唱に入る。心の中で、どうか夢と現実が一緒になりませんように、と祈りながら───。
「我と共に生きるは氷の精霊! フリーズッ!!」
「我と共に生きるは炎の精霊! ファイアーッッ!!」
(夢と同じ魔法───呆れちゃうわね)
 苦笑しながらも杖の先に力を込め、ゴブリンを一気にたたみかける。
「くっ! 俺としたことが………こんなヤツに───」
 前で戦っていたディールが急によろめく。
「ディー………ル!?」
 どうやら彼はホブゴブリンの攻撃を喰らったようだ。打ちどころが悪かったらしく、彼のこめかみは血糊でべっとりとしている。おまけに脳震盪を起こしかけているみたいで、虚ろな目をしている。
(急いで決着をつけないと!)
 早く片を付けるべきだとリリスは思った。しかし、魔力の残りは決して多くはない。魔術士が接近戦に向かないことも彼女は重々承知している。
(何かいい方法はないかしら)
 ゴブリン達の攻撃を杖で必死にガードしながらリリスは考える。ディールが動けない今、彼女が1人で相手の攻撃を防がなければならないのと、彼の怪我を気にしてしまうこととが重なり、焦りを生む。が、それでも突破口を開くためにあれこれ模索する。
 その結果………。
(この方法なら!!)
 片手で杖をかざし、攻撃を逃れながら小瓶のフタを外す。そう、道具屋の店主からもらったあの薬だ。それをリリスは何のためらいもなく飲み干す。そして大きな声で叫んだ。
「我と共に生きるは風の───」
 明らかにいつもと違うのがリリスにも分かった。魔力が体内を駆け巡るといったような感覚だろうか。彼女にはそんな風に思えた。この不思議な感覚によって彼女の胸は高鳴りを覚え、周囲には彼女を中心に風の渦を形成していく。
「妖精! ウインド!!」
 呪文を唱え終わると同時に普段の彼女の力では創り上げることの出来ないぐらい強力な疾風の刃がゴブリン達を切り刻み、青い血飛沫が宙を舞う。そして、次の瞬間にはゴブリン達はただの物言わぬ死体へと変わり果てていた。
「はぁはぁ………ディール、大丈夫?」
 返事はない。もちろん大丈夫でないことぐらいリリスにだって容易に察しがつく。
 彼女は荷物から清潔な布を取り出し、傷口にあてがう。激しい痛みに襲われ、ディールが呻き声を上げた。
「我と共に生きるは癒しの妖精! キュア」
 右手でそっと傷口に触れながらリリスは静かに呪文を唱えた。淡い光が傷を徐々に癒していく。
「ディールさん、平気ドラ?」
「まぁ………な」
 ディールはそう言って立ち上がろうとしたが、さすがにまだ無理だった。
「まだ立たない方がいいわ。傷は治すことが出来ても、体内の血液まではすぐに戻らないから………」
 残りの魔力の全てをディールの治療に使ってしまったこともあり、2人は少し休憩を取ることにした。
(ふう───)
 リリスは軽く溜め息をつき、魔力を回復するまでの時間を使って魔法書を紐解きながら思う。
(かなりギリギリだった………)
 実際、彼女の魔力は完璧に底をついていた。あと少しでも魔力が少なかったらキュアを唱えることすら叶わなかっただろう。
(それに───)
 彼女はふと考えるのを止めた。魔力を使い果たした疲労が彼女を襲い、魔法書を開いたまままどろんでいく。
「あ………おい、リリス」
 ディールが声をかけた時には既にリリスは彼にもたれてスースー寝息を立てて眠っていた。
(全く、しょうがねぇヤツだな………)
 ディールは苦笑しながらもそう思い、そっとしておいてやることにした。

後書き/サブタイトル『暗闇との戦い』

 ファンタジーの醍醐味とでも言うべきダンジョン探索のお話はいかがでしたか? ちょっと個人的にはストーリーの流れがあまりよくなかったなぁ、と反省しております。話の展開が無理矢理なところが多々ありますが暖かい目で見守って下さい。

Back Home Next

inserted by FC2 system