第12話 霧の山の頂上を目指せ!

「………熱があるわね」
 額に手を当てたフェイが顔をしかめた。
「取り敢えず、オートハウスを使った方がいいな」
 オートハウス───一流の冒険者達が使う簡易住居のことだ。ボタン1つで出し入れができ、かさ張らないので便利。しかも、周囲には魔物を寄せつけない特殊な障壁があるので、モンスターに襲われる心配もない。
「リリス。こっちに医務室がある」
 レイが指し示す先───木で作られ、丸いドアノブがついている簡素なドアの先にそれはあった。
 中に入ると、スクールの保健室を連想させる作り───鉄パイプのベッド、薬品が入っている棚、氷を製造する機械、薬物に関する資料───などがあった。
「………うっ………ぐっ………………」
「ディールッ! おい、しっかりしろよ」
 ベッドに寝かされたディールは血を吐いた。どうやら肺を冒されているようだ。
「ただ攻撃を喰らった、というわけじゃなさそうだな。ロック、キマイラの項を調べてくれ」
「ラジャー!」
 ロックは大急ぎで自室ヘと向かった。
「我と共に生きるは癒しの精霊! レストアッ!!」
(魔法が………効かない!?)
 実際のところは効いていないわけではなかった。だが、明らかに回復速度が遅い。
「………うっ………………」
 ディールは自分の左首筋を押さえながら呻く。フェイは彼が押さえている部分にそっと手を添えた。
「酷い熱さだわ! 冷やさないと………リリス! 氷を当てるからマントを外して脱がせてあげて」
 リリスは留め具を外し、ぼろぼろになってしまった真紅のマントを脱がす。
「何やってるの! 傷口に直接当てなきゃ意味がないじゃない!!」
「え………。あ、うん………」
 とは言ったものの、リリスは戸惑うばかり。慣れない手つきでディールの上着───それも傷口の部分だけが見えるように脱がした。
「これはもしかして………」
「ああ、毒の類いかもしれないな」
 フェイとレイが傍らで言った。
 なぜならディールの左首筋の患部は赤黒く腫れていたからだ。
「毒なら先に状態異常治癒ね」
「OK! 任せて」
 リリスは患部に優しく手を添えると、呪文を詠唱した。
「我と共に治すは癒しの精霊! メディカル!!」
 最近覚えたばかりの魔法は、リリスにとってはかなりの負担となった。殊にあれ程の召喚を初めて行った後では。
(でも、それでも止めるわけには行かない)
「止めるんだ、リリス!」
 ふいに声がかかる。それは、今まで黙っていたレッドのものだった。
「どうして………!」
「これ以上やるとリリスの魔力が持たないだろ」
「あたしのことなんてどうでもいいの! ディールが………」
 今にも泣きそうな瞳に向かって、レッドは静かに続ける。
「それに………この状態では逆にディールの身体にも負担がかかる」
「………………!」
 知らないわけではなかった。治癒魔法の類いは身体の治癒能力を活性化させるものである、ということを。それは、裏を返せばあまりに体力が低下しているこの状態では逆に危険である、ということだ。
 ましてやリリスは僧侶ではなく魔術士である。この治癒魔法も独学で覚えたものであるが故、回復速度は僧侶系の職業が一瞬で治癒を行うのに対し、彼女の場合はどうしても時間がかかってしまう。
「待たせたな、みんな」
「ロック、早く調べて!」
 フェイがいつもに増して厳しいのはリリスを思うがためである。
「キマイラは………あった! ブレス、噛み付き、突進、それから………毒の爪に注意………って!?」
「やはり毒だったか」
 レイの言葉は正しかった。だが、それならば何故リリスの魔法が効果を表さなかったのだろうか? その答えは辞典を持っているロックが見つけた。
「キマイラの爪の毒はとても強力で、放っておくと1日かからずに死に至る。その毒はフォッグスマウンテンのミストフラワーでしか回復できない………」
「フォッグスマウンテン?」
 リリスは首を傾げた。聞き馴れない地名だったからだ。
「霧の山、よ。ミストドラゴンが棲んでいるという、噂の」
 フォッグスマウンテンは丁度、リリス達がいるエルモア大陸の中央部に位置する。
「リリス!?」
「行くわ、あたしが」
 杖を片手に持ち、オートハウスを飛び出る。
「待て、リリス! あの山には───」
 レッドが止めるのも聞かず、リリスは連れていたウィリーに巨大化の魔法をかけた───。


「早く、リリスを追わなければ」
「ああ、分かっている。だが、ここの上空は乱気流がある。それを除いたってウインドルの方が断然早い」
 失われたはずの聖獣───ウインドルは風を操るため、少々の乱気流ではびくともしない。
「僕なら何とかなるドラ」
 ドランは笑ってみせた。それを見て、レッドは頷く。
「誰か、ここに残っていないとな………フェイ、残っていてくれ」
「分かったわ」


 一方、リリスの方はというと。
「見えた! あれがフォッグスマウンテンね」
 乱気流の中とはいえ、ウィリーが纏っている風の結界のお陰で比較的楽にここまで来ることができた。
 だが………。
「きゃっ!」
 フォッグスマウンテンの周囲を吹き荒れる風の強さは尋常ではなかった。加えて、氷の飛礫(つぶて)や針のように鋭い氷が結界を突き破ってくるのだ。生身の人間なら、到底耐えられない。
 このことをレッドは知っていた。だから、リリスを止めようとしたのだ。
「我と共に生きるは精霊の加護! マジックバリアッ!!」
 先程から全然休んでいないため、残りの魔力は既に3分の1を切っている。それでも、リリスは絶対に引き下がろうとしなかった。
「リリス! 大丈夫かウィ!?」
「うん………へ、いき」
 平気なはずなど、なかった。
 見兼ねたウィリーは無理矢理巨大化の魔法を解き、リリスをフォッグスマウンテンの中腹に着陸させる。本来なら召喚主の命令に逆らうような行動を取ってはいけないのだが、この場合は事態が事態だ。主人思いのウインドルにとっては耐えられないものだったのだろう。
「ウィリー………ありがと」
「どういたしましてウィ」
 古くからウインドルが操る風には癒しの力があると言われてきた。リリスもその伝承はスクール時代に習ったのだが、実際に目にするのは勿論初めてだった。
 リリスは頂上への1本道を登る。上に行けば行く程霧が濃くなっているのが実感できた。
「静かね………」
 いやに静かだった。これだけの山だというのに、魔物の1匹すら出てこないというのはおかしい。
『霧の山に降り立つ者よ』
「!」
 リリスは咄嗟に身構えた。だが、気配はあるものの、姿は深い霧のせいで何も見えなかった。
 この状態で襲われては絶対にかなわない。
『我が名はミストドラゴン。この山の主なり』
 ミストドラゴン───霧を纏い、相手の攻撃を無効化することで有名なドラゴン。
『六大女神に認められし勇者が1人、リリス=エルナ=ローザよ。汝の欲するは霧の華か?』
「ええ、ミストフラワーがあたし達には必要なの!」
『ならば我を打ち負かすがよい。手加減は無用!』
 なる程この山全体の霧そのものがミストドラゴンの力によるものだったとは、さすがのリリスも気づかなかったらしい。
(相手の懐にいる状態………危険だわ)
「ウィリー!」
「OKウィ!」
 召喚主は召喚した聖獣や精霊と思念波で意思を交わすことができる。これは相手に作戦を知られたくない時などには何かと便利である。
「我と共に駆けるは疾風の刃!」
 リリスの声が霧の中に谺(こだま)する。
 リリスの考えはこうだった───相手の懐にいて、なおかつ攻撃が当てにくいのなら吹き飛ばすまで、だと。
『ダブルエアスレイブ!』
 詠唱の最後でウィリーと合わせる。息の合った二条の風束は頂上の霧を見事に吹き飛ばした。
「!!」
『一定の姿なき者を吹き飛ばす………愚かだな』
 鼻先で笑うかのような嘲笑を含んだ声色と共に氷の刃が前方向からリリス目掛けて飛んでくる。
(残りの魔力を考えると炎の魔法で火炙り(ひあぶり)に、はできないし………)
 リリスは攻撃を避けながら思う。
『汝が思う心の強さを示せ。さすれば道は自ずから開かれよう』
 霧に紛れて蒼き竜がリリスに向けて語る。偉大な、尊厳を持って。
(ミストドラゴン………霧………………………………? そうだ!!)
 ディールのためにも負けられないリリスは1つのある方法を見い出す。
「我と共に纏うは氷の世界! アイスフィールドッッ!!」
 渾身の、ありったけの力を込めてリリスは魔法を放った。
 ミストドラゴンの纏う霧の成分はもちろん水である。故に、氷の魔法で周囲を凍らせてしまうこの方法は確かに有効だといえよう。
『我が身体の一部を凍結させるとは………見事! 約束通りミストフラワーを持って行くがよい』
 ミストドラゴンの咆哮が響き渡ると、辺りを覆っていた霧が瞬く間に消えていく。
 リリスは目の前にあったミストフラワーを幾つか摘み取った。
『これは我が餞(はなむけ)だ。受け取るがいい』
「極北の風の………魔法?」
 そうだ、とミストドラゴンは頷く。
「リリスッ!!」
 そこへレッド達が駆け付けた。
「無事だったか」
「うん。それにこれ」
 リリスは笑ってミストフラワーを差し出した。
『炎と水と大地………そして風。汝等はこれから何処(いずこ)へ行こうというのだ?』
「ミストドラゴン」
『我はリリスに負けた。我に戦う意思はない』
 レッドが懸念した霧の竜との戦闘は当のドラゴンが否定した。
「あたし達は飛竜の谷に行くわ。ドラゴンオーブを探しに」
『そうか………族長ラーヴァに宜しくな』
 飛竜の谷の竜族長ラーヴァはグレイトドラゴンであるのだが───そのことを知っているミストドラゴンにレッドは驚いたが、それを見越しているかのように霧の竜は続きを話す。
『ラーヴァとは古くからの友人だ。あやつが困っていたら是非とも助けてやって欲しい』
 一行が快く引き受けると、ミストドラゴンは満足そうに笑った───。

後書き/サブタイトル『助けたい人のために』

 これは昔からやろうと考えていたものです。リリスのハチャメチャっぷりはいかがでしたか?(笑)ディールは殆ど出てきませんね。っていうか、リリスの独壇場(ぉぃ)ウィリーとのコンビもこれからどんどん発揮されていくことでしょう。

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