第1話 お人好しな冒険

 闇はやがて朝日によって照らされ、何処へと姿を消す。1日の始まりがやってくる。
 それは『クロムウェル』と呼ばれるこの世界でも例外ではなかった。
「ふぁ〜〜〜今日もいい天気───!」
 彼女の名前はリリス、今日初めての旅を経験する新人の魔術士だ。
「リリス、起きた? 着替えて下におりてらっしゃい」
 1階からは彼女の母親、ファリアの声が聞こえる。
 リリスはローブに着替えてテーブルの前に座った。
「今日は国王様に旅の許可をいただく大事な日。無礼のないようにね」
「わかってるわよ」
 クロムウェルでは、国外に出る時に国が発行する国外許可証が必要であり、冒険者にとってこれは冒険者ライセンスと並んで重要だ。
「お母さんみたいに有名なエレメンタラーになれるようにがんばるんだから」
 リリスの最終的な目標は精霊使いと呼ばれる上級職業につくことで、そのための訓練(主に魔法の練習)もそれなりにやっている。
「早く食べてディールを呼んでらっしゃい」
「そうね。きっとまだ寝てるわよ」
 くすっと彼女は笑う。
「おいこら、リリス! 誰が寝てると言った?」
リリスはハッと振り返り、バツの悪そうな顔をした。
「そういえば私がディールを呼んだんだったわ」
 素知らぬ顔でファリアは言った。120%ワザとだ。
 彼───ディールと呼ばれた青年は少々ムッとしながらも黙ってリリスの隣に座った。
 そんな彼の職業は戦士。戦士は言うなれば白兵戦のプロであり、重い剣や斧も軽々と扱う。パーティでは戦闘の中心となる存在だ。それに対し、リリスの職業である魔術士は魔法で敵を攻撃したり、仲間をサポートしたりする。
 2人は現在17歳で、今年の春に冒険者養成スクールを卒業したばかりだ。もし2人の関係を一言で片付けるとしたら、世間一般でいう幼馴染みの関係だろう。もっとも、本人達に言わせれば単なる腐れ縁でしかないのだが。
 では、なぜ2人がパーティを組んだのか? それには2人の両親が深く関わっている。
 先程リリスが言ったように彼女の母親は冒険者で、今も旅を続けている父親ももちろんそうだ。
 そして、ディールの両親も共に冒険者だった。彼らはパーティを組み、一緒に行動をしてきた仲間なのだ。(その縁のせいでこんなことになってしまった、と2人はいつも思っているのだが)
「ディール、珍しく早起きね」
「当然だろ。だって楽しみじゃんか」
 リリスの母親が入れた紅茶をすすりながらディールは答えた。その顔はまるで目を輝かせてわくわくしながら遠足に行く子供のようだ。
「上に行って荷物取ってくるね」
 朝食を食べ終えたリリスは駆け足でドタバタと自分の部屋に行った。どうやら彼女も早く行きたくて仕方がないらしい。
「大丈夫かしら、あの子」
「きっと平気さ。あれでも一応スクールの魔術士科をトップで卒業したんだからな」
 心配性なファリアの問いに対するディールの答えはいつも決まってこうだ。なんだかんだ言っても彼はリリスのことをよく知っているし、何よりも彼女を信用しているからである。
「さてと。俺は外で待ってるって言ってくれ。紅茶………おいしかったぜ」
 ディールは立ち上がって荷物を持つと、玄関の方へと歩いていった。
(行ってくるぜ、母さん………)
 彼は外に出てロケットを取り出し、今は亡き母親にそう告げた───。
 

 さて、2人がポプラの村を出てから5分程歩いた頃に話は移る。王都サンルーザへの道のりはほとんど平坦で、普段はあまりモンスターも出現したりしないのだが………。
 しかし、なぜかこの時ばかりは違った。いきなりラージアントの大群に襲われたのだ。
「ねぇ、どうして今日に限って………」
「うるせぇ! 知るか!! 俺に文句言ってる暇あったら何とかしろっ!!」
 ディールはリリスに罵声を浴びせながらも1匹ずつ確実に倒していく。彼もスクールの戦士科をトップで卒業しただけあって、その剣捌きはなかなかのものだ。
「我と共に生きるは風の精霊!」
 唐突に呪文を叫び、深く息を吸う。そしてリリスは最後の一言を愛用の魔術師の杖を振りかざしながら大きな声で言った。
「エアカッターッッ!!」
 精霊魔法といわれるクロムウェルで最もポピュラーな魔法が圧縮された空気の刃生み出し、数匹のラージアントを真っ二つにする。
「やるじゃんか」
「余裕がまだありそうね」
 2人は短く言葉を交わす。
 魔法のおかげでだいぶ数が減ったとはいえ、まだ軽く10匹はいる。おまけにラージアントの牙は意外と鋭く、ディールの防具はともかく、リリスのローブぐらいなら簡単に突き刺さってしまう。
「痛ッ!」
 右足を噛まれたリリスは思わずその場に立ちすくむ。が、すぐに杖で次の攻撃を払い除ける。
「我と共に生きるは精霊の守護! プロテクション!!」
 防御力を上げる魔法を唱え、攻撃を寄せつけないようにする。暫くはこれで凌ぐことができるだろう。
「このっ! これでどうだっ!!」
 ディールは高く跳躍し、降下しながら剣をかざす。その剣先がしっかりとラージアントを捕らえ、血飛沫が上がる。
 一方、ディールの背後で同じように戦っているリリスも攻撃に転じていた。
「我と共に生きるは炎の精霊! ファイアー!!」
 強い火力を帯びた炎が残りのラージアントを一瞬のうちに黒焦げにする。
「まっ、ざっとこんなもんかな」
 なんとかモンスターを倒した2人だったが、まだまだ戦闘に馴れきっていないせいだろう、疲れているように見えた。
「軽く………休むか」
 2人は少し休憩をすることにした。既に太陽は空高くにあり、爽やかな風が平原を駆け抜けていった───。
 

「ねぇ………あれ──」
「わかってる。あれは間違いなく………」
 ───ドラゴンだ。
 ドラゴンといえば大抵、山のような財宝を隠し持ち、ダンジョンの奥深くに君臨する───というような物語に出てくるあれを想像するだろう。
 冒険者達を惹き付けて止まない存在───それが今ここにいるのだ。
「近づいてみるか?」
「うん」
 2人の行動はまさに『恐いもの知らず』だった。2人共恐怖心より好奇心の方が勝っていた。
 物語に出てくるようなドラゴンを間近で見たい………。そんな気持ちを抑えられずにいた。
 近寄ってみると、ドラゴンの喉を鳴らすような息づかいが聞こえてきた。
 体格はドラゴン族の中ではそれ程大きいわけではないが、その鮮やかな空色の身体からは威厳すら漂って見える。
 だが、その誇れる身体も今は無数の傷と血によって無惨にも汚れていた。
「苦しそう………」
 リリスがぽつりと呟く。
(ドラゴンといえば無敵のモンスター。その身体は鍛え上げられた鋼鉄の刃でさえも傷1つ付かないという───。そいつがこんな風になるとは一体!?)
 ディールは思索にふけっていた。
 突如、ドラゴンは重そうな身体を持ち上げ、口をガバッと開いた。口内には無数のギラギラした鋭い物が見隠れしている。
 威嚇しているのは明白だった。
「やばい、逃げるぞ!」
 ディールが切羽詰まった声を出す。
「ディール! あれは───!」
 リリスがドラゴンの口元を指した。口の中には小さな炎が灯っている。それはドラゴン最強の技───ブレス攻撃だった。
 そう言っている間にも炎の塊はどんどん大きくなり、当りの温度は急激に上昇し始める。
 ───ゴバァッ!
「………!?」
 突然の出来事だった。ドラゴンが口から大量の血を吐いて倒れたのは。
 ドラゴンの血は周囲を赤く染め上げ、辺り一面を血の海へと変貌させた。息づかいも荒く、とても苦しそうだ。
「おれたちを威嚇するためにブレスを吐こうとして力を使い果たしたか………。こいつはもう長くねぇな。リリス、行くぞ」
 ディールの言い方は身もフタもない。
「………かわいそう」
「リリス、お前───」
「このドラゴンはあたし達を襲おうとしたんじゃない。傷ついた身体であたし達から必死に身を守ろうとしたんだわ。だからあたしは助けたい!」
 リリスの思わぬ発言にディールは慌てて反論する。
「お前、言ってることが分かってんのか!? もし助けたとして襲われたとしたらどうする? 俺達だけでどうにかなる相手じゃないんだぜ!」
 これはどう見てもディールの方が正論だろう。そんなことは誰が見たって分かる。
「でも、このドラゴンがもし善のドラゴン、グレイトドラゴンだったらディールはどうする?」
「まさか!? そんなわけないだろっ!」
 ───雄々しき角、翡翠のような深い緑色の眼、聖獣のごとき威厳………。その全てが物語に登場するグレイトドラゴン種族とピッタリ一致することをディールは認めざるを得なかった。
「分かったから早くやってやれよ」
(あいつの考えたこととだ、最後まで付き合ってやるか………)
 俺も上に2文字付く程のお人好しだなぁ〜、とディールは思う。
 リリスはそっとドラゴンの腹の側まで近寄り、1番深い傷口に手を当てる。
 グルルルル………!
 ドラゴンは余りの痛さに悶える。
「大丈夫、ちょっと大人しくしていてね」
 リリスの手はドラゴンの血で真っ赤に染まっていたが、彼女はそれを厭わずに治癒魔法を詠唱する。
「我と共に生きるは癒しの妖精! キュアッ!!」
 傷口に添えていた右手から淡い光が現れ、怪我を癒していく。とはいえ、魔術士は本来治癒魔法を修得することは出来ないので、(彼女の場合は特別な才能により、それを可能にしている)ほんのお情け程度でしかないのだが。
 それでも最初の時より遥かに良くなったのは確かだ。その証拠にそのドラゴンは眼を見開いた。
 淡い翡翠のようなその瞳はこの世の物とは思えない程の美しさといっても過言ではない。
「わぁ−、きれいな眼」
「ホントだ………」
 2人はとても感動していた。
「助けてくれてありがとう」
(空耳??)
 気のせいかと思ったがどうやら違うらしい。確かに声はそのドラゴンから発せられたものだったからだ。
「あっ!」
 次の瞬間、そのドラゴンはみるみる小さくなり、あっという間にリリスの背丈の3分の1以下(約50cm)になってしまったのだ!
「きゃ〜、人形みたいにカワイイ〜」
「そうドラ?」
 ドラゴンが言語を操ることができるというのは2人もよく知っていた。が、当然のことながら目にしたのは初めてだ。
「聞き間違いじゃなかったんだな」
「うん、助けてくれてありがとうドラ」
 空色のドラゴンはお礼を言った。意外と律儀だ。
「俺の名前はディール。で、こっちがリリス」
「ディールさんにリリスさん………。ボクはドランという名前ドラ。よろしくドラ!」
 ドラゴン相手に自己紹介をするなんてミョーな気分だなぁ、とは思ったが興味を注がれたので、2人はそのまま成り行きに任せてみることにした。
「どうしてこんな風になったの?」
 リリスは本題に入るべくドラン尋ねると、
「それは………長い話になるドラ」
 ドランはそう言ってゆっくりと話し出した。
 

 ドランの話を要約すると次のようになる。
 彼はレッドと呼ばれる竜戦士とその仲間達と共に行動していたという。
 ある日、レッドのパーティはトレジャーハントのために船を動かしていたのだが、突然風向きが変わったことにレッドは気がつく。
 嵐───それも膨大なエネルギーによって創り出されたものだと直感的に見抜いたレッドはドランをエルバータまで行かせ、妹───航海士であるフェイに知らせようとした。
 ところが、何者かに(たぶん嵐を発生させた奴だろう、とディールは推測したが)魔法で攻撃され、大きくコースを外れてしまった。そしてそこにリリスとディールが現れた、というわけだ。
「でも凄いわ! レッドっていう人は相当冒険馴れしてるわね。船も持ってるし」
「船は持ってなくちゃダメドラ。だってレッドさんはヴァイキングでもあるドラ」
「すげぇ!! ダブルジョブか!」
 ディールの言う『ダブルジョブ』とは、クロムウェルにおいて2つの職業を持つ人達のことであり、これになるには特別な試験を受けなければいけない。
 だから冒険者なら『ダブルジョブ=熟練冒険者』という図式が自然と頭の中に浮かんでくる。
「ねぇ、ディール」
「なぁ、リリス」
 声が重なった。どうやら長年一緒にいると考えることまで同じになるらしい。
『ドランを助けよう!』
 これが2人をとてつもなく壮大な冒険の舞台へと導く第1歩となるのであった───。


「ひゃ〜、いつ来てもここは人だらけね」
 ここはサンルーザ城下町。リリスとディールはつい最近までこの冒険者養成スクールにいた。
「後で必要なものを調達しないといけないな」
 まずはサンルーザ王に会って許可証をもらうことが先決と考え、3人(2人と1匹)は市場を通り抜けて城へと向かった。
 サンルーザ城は別名、『黄昏の城』と呼ばれている。城を建てる時に西のアーリア鉱山で採れる太陽光石を使ったことがその由来といわれている。
 道中、不思議なことにドランのことを気にする人はほとんどいなかった。仮にいたとしても、珍しい動物を連れているな、程度の反応で、これは2人にとって有り難いことだった。竜戦士というジョブは一般にはあまり浸透していないので、2人がドラゴンを連れていると分かれば、たとえドランに敵意がなかったとしても人々は黙ってはいないだろう。
「おや、ディールさんにリリスさん。スクールの学園長から話は伺っておりますよ。さぁ、どうぞこちらへ」
 衛兵の1人が2人を案内する。
 実を言うと2人はサンルーザ王とも知り合いだ。だから城の者でディールとリリスのことを知らない者はいない。これにもやはり2人の両親が関係している。昔、2人の両親は王宮で働いていたことがあったため、サンルーザ王は今でも彼らををとても信頼しているからなのだ。
「こんにちは、サンルーザ国王様。今日は国外許可証を頂きに参りました」
「うむ。2人共冒険者ライセンスを見せるがよい。一応、しきたりでな」
 2人は取得したてのライセンスを見せる。
「ありがとうございます!」
 2人は頭を下げ、国外許可証を受け取った。
 ドランはというとディールの肩の上に乗っているのだが、城下町で会った人々と同じく誰1人として気に止める者はいない。
「ところで2人にお願いがあるのじゃが………」
「何でしょうか?」
 ディールはサンルーザ王に尋ねた。
「実はのぅ、わしの后がその、………重い病にふしてしまってな。薬師に診せたところ、風の女神が護る泉の水でしか治らんと言うのじゃ。その泉はアーリア鉱山の最深部にあるのじゃが───」
 と、サンルーザ王はそこで話を区切った。どうやら一筋縄ではいかないらしい。
「数年前からそこに棲むモンスター達が急に狂暴化しての。何人もの冒険者がその泉を目指した。じゃが誰1人帰ってきてはおらんのだ。旅を始めたばかりの2人にこんなことを頼むのはどうかと思うが………どうか1つ頼まれてはくれまいか?」
「王様のためなら………必ず手に入れてみせますっ!」
 2人はためらわずにそう答えた。
「ありがたい。2人なら必ずできると信じておるぞ」
 殺し文句だ。やはり一国の王だけあって、どんなことを言えば人がそれに従うかをよく心得ている。
 リリスとディールは大臣から細かい説明を聞くと、丁寧に礼をしてその場から退出した。
 

「でも俺、さすがにビックリしたぜ。あんなサンルーザ王見るの初めてだしよ」
「そうね。でも、王様には昔から色々とお世話になっているから今度はあたし達ががんばらないと。………ドランには悪いけど」
「別にいいドラよ。レッドさんも人を助けることは大切なことだって言ってたドラ」
 ドランは多少の寄り道をしても構わないと思った。リリスとディールの冒険にとても興味があったし、彼の知るところ、レッドという人物はどんな困難にも立ち向かって行く屈強な人物なので、多少のアクシデントに見舞われても切り抜けられると信じているからだ。
「道具の補充でもしておこうぜ」
 2人とドランは来た道を戻り、市場へと向かった。
「おぅ、ディールにリリス。何か買っていくのか?」
 顔見知りの店主に声をかける2人。2人はサンルーザでは顔が広く、いたるところにこのような知り合いがいるのだ。
「ポーションを5つと、松明を3つ」
「あいよ。全部で500Gと言いたいところなんだが………まぁお前達にとって最初の冒険だからな。300Gに負けておいてやるぜ」
「さすが店主! いつも悪いな」
 ディールは金貨を渡し、代わりに品物を受け取った。
「そうだ、リリスは確かウィザードだったよな?」
 店主の問いかけにリリスはこくりと頷いた。
「これはいつかの冒険者がうちに売った薬なんだが、1回の戦闘時に限り、魔法の威力がいつもの2倍になるとか。まぁ、俺からの餞別だ」
 そう言って透明な液体が入っている小瓶をリリスに渡した。
「本当にいつもありがとう」
「土産話待ってるからな!」
 2人は手を振りながら市場を後にした。
「さて、いよいよ冒険らしくなってきたな」
「そうね」
 町の外に1歩でも出れば、そこには何が待っているか分からない。危険を顧みずに旅をすること───冒険というのはそういうものなのだということを後にリリスとディールは嫌という程味わうこととなる。だが、当然この時の2人は知る由もなかった───。

後書き/サブタイトル『いざ、冒険へ!』

 いきなりファンタジーの代名詞的モンスターであるドラゴンをしかも初心者であるリリスとディールが仲間にしてしまう辺り、この小説はかなり無謀なものかもしれません。ですが、後に伝説となる(であろう)2人のことだからこれくらい無茶でいいんです(笑) モンスターとのバトル、意味ありげなセリフや行動など、細かいところまで読んでもらえたら嬉しいです。

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