満月には人を狂わす魔力が宿っている───。
「今夜はちょうど満月ね〜」
「月見酒ができるなんて洒落てるな」
リックスの村にオレ達が来たのはそんな日の夕方だった。バッツがどうしても1度行きたい場所があるといって、オレ達は飛空挺でバッツの故郷───リックスに来た。
「満月には人間を狂わす力があると、昔聞いたことがあるんじゃが………はて?」
「人間を狂わす………? 迷信だろ。第一、ガラフは記憶喪失だろうに」
オレも思った。バッツの言う通りだ。
ガラフは時々、天然なのか本気なのかわけの分からないことを言う。
まぁ、それがガラフの茶目っ気とでも言うべきところか。
「ふ〜ん、でもその話はひとまず置いておいて。早く夕食にしましょ」
「そうだな」
オレはレナに賛成した。
「ふぁ〜、やっぱ酒はコレに限るな」
オレはもう既に露天風呂でエール酒を何杯か飲んでいた。
「姉さん、いくら姉さんがお酒に強いからってあんまり飲み過ぎないでよ」
分かってる、とオレは頷く。
「それにしても満月ってのはいつ見ても綺麗だな………」
「ええ、そうね」
レナもほんの少しだがエール酒を手に取り、飲み干した。ほんのり顔が赤くなっている。
オレは相変わらず満月を凝視し続ける。
海賊の頃は、一瞬一瞬違う顔を見せる海と空を見ては感動していた。満月も───そんなうちの1つだった。
「………眠れないな」
いつもならレナと一緒の部屋で寝るのだが、ここの宿屋の息子───確か、ライエルだったけ? そいつはバッツの幼馴染みらしくタダで泊めてくれた上に、しかも部屋を1部屋ずつ割り当ててくれた。
だから、レナを起こしてしまう心配もない。
オレはこっそり部屋を出ようとした。
カツン………カツン………。
(誰だ?)
オレはそっとドアノブを回し、少しだけドアを開けた。
すると………。
(あれは………バッツ!? どこに行く気なんだ?)
オレはバッツに気づかれないように後をつけた。
(バッツ………何やってんだ?)
オレは木の陰から覗いた。
「これで………よしと」
バッツは何かを土に埋めた。どうやら誰かの遺骨らしい。
(誰のものなんだろうな………)
オレがそんなことを考えていると………。
バッツはいつの間にかその場を去っていた。
(あれ?)
辺りをきょろきょろと見回す。
「っ!!」
いきなり背後から羽交い締めにされた。
(何だっ!? 気配なんて全くなかったハズ………)
オレはもがいた。
だが、締めつける腕の力が強くて振り解こうにもできない。
「くそっ! 放せっっ!!」
オレはさらにもがく。
「どうしてファリスがこんなところにいるんだ………?」
その声の主は意外なことにバッツ本人だった。
村の裏手の方にある小高い丘の頂上に、オレとバッツは腰を下ろした。
「ビックリさせんなよ。つーか、あんまり夜出歩くとレナ達が心配するぞ」
「ああ、悪い………あそこは俺のおふくろの墓なんだ」
バッツが空を見上げながら言った。
「オレが小さい頃に亡くなったんだ………その後、俺は親父とずっと旅を続けた」
いつもと違い、抑揚のないバッツの声がオレの頭の中に、響く。
「そんな親父も………3年前に………死んじまった」
(親父、か………)
小さい頃に海に転落したせいでオレは親父という存在を知らない。
「親父………死際に『死んだらおふくろの側に埋めてくれ………』なんて………言うんだぜ」
バッツが相変わらず空を見続けているのを見て、オレもつられて上を見た。辺り一面、満面の星が瞬き、月は空高く輝いている。
オレは、バッツの話を黙って聞いていた。
「ファリス。その格好、寒くないか?」
唐突にバッツが言った。
(うわ………そう言われてみれば………)
こんなに長い時間外出するつもりじゃなかったから夜風がすっかり体温を奪ってしまっていた。
「ほら。こっち来いよ」
言われた通りバッツの側に寄ると、バッツは羽織っていたマントの留め金を外し、オレの肩にも掛けてくれたのだが………。
バッツの側に───つまり、かなり密着した形になっている。
こんなところをレナやガラフに見られたら………・。
(なんか………ハズかしい………)
オレは俯いた。
「ファリス」
「ん?」
呼ばれたオレはバッツの方を向いた。
すると………。
「〜〜〜っ!!///」
いきなり唇を、塞がれた。
「なっ、何だよ、いきなり!!」
無理矢理バッツを突き放した。
髪にバッツの甘い吐息が掛かり、その手がオレの髪に優しく触れる。オレは心臓がうるさいぐらいに高鳴っているのが分かった。
「満月は人を狂わす………」
それはあの時、ガラフが言ってた言葉だった。
「で、でも、そんなの迷信だろ!?」
「迷信じゃないさ………親父も前に言ってたんだ、本当は」
甘い声で、バッツが囁く。
オレは慌てた。
バッツの心は既に満月に支配されて、いた………。
「ファリス………………俺、もう我慢できない」
バッツの目が怖いくらい真剣だった。
オレは気づいていた。この目からは、逃れることができない、と………。
身体が熱かった。それこそ、狂いそうな程に。
「………………今夜だけ、だぜ?」
「ああ………」
再びバッツがオレの唇を塞ぐ。1度目よりも、さらに濃厚で長いキスに酔いしれ、頭の中が真っ白になっていく………。
そんなオレ達を満月が、ただただ静かに見守っていた───。
後書き
nagi様のサイト『fond home』の10000over記念にと執筆したものです。nagi様からは『大甘バツファリ』とリクを承ったのですが、すっかり勢いで書いてしまいました( ̄ー ̄; ヒヤリ この後の2人の行方は一体………(爆死)うちのバッツは比較的ストレートで大胆ですw 今回の題名にもあるように『lunatic(ルナティック)』は狂う、精神に異状を来す、などという意味があり、これは月の光には狂気を起こす力があると信じられていたことに由来します。とっておきのネタを使ってみましたが、どうでしたか?