クレセントの宿屋で

 クレセントに着いて、まだ間もない頃。
 俺達は不運にも船を失った。原因はよく分からないが、潮の流れが影響したという。
 日もすっかり暮れていたので、取り敢えず俺達は宿屋に泊まることにしたのだが………。


「きゃぁー!」
 レナの悲鳴が近くで聞こえた。
 俺は慌てて部屋の外へ飛び出る。どうやら、酒に酔った客に絡まれたらしい。
 俺がレナの前に立って牽制すると、相手は別にいいじゃねーか、と言いつつ引き下がった。
「ありがとう………バッツ」
「酔った奴は何を仕出かすか分からないから注意しろよな」
 ええ、とレナは頷いた。
 事態を聞き付けて後からファリスとガラフが話に加わる。
「今夜だけは部屋割りを変えた方がいいかもしれんのぅ」
 と、ガラフ。
「それはいいわ。私はガラフと同じ部屋にするから、姉さんはバッツとね」
 レナは俺が反対する間もなく決め、さっさと部屋に戻ってしまった。
(あいつら………謀ったな)
 俺は胸中で毒づいた。
 別にファリスと一緒に入るのが嫌なわけではない。というか、むしろ逆だ。
「まぁ、中に入ろうぜ」
 ファリスは気にも留めていない。
 俺達も部屋に戻ったが、いつもなら続く会話もろくに続かず、気まずい沈黙が流れた。
 とはいえ、俺は知っていた。
「俺………明日の計画を考えておくから。ファリスは先に寝ていていいぜ」
 強敵との戦いが続いたここ数日間、ファリスが殆ど休んでいなかったことを。
 確かにレナやガラフのいる手前、そういうことは言い辛かったのかもしれない。
 でも、何も俺にまで隠さなくてもいいと、そう思っていたりする。
「俺に遠慮しているのか? しっかり休まないと明日が大変だぞ」
「………じゃあ、先に寝かせてもらうよ。………バッツ、お休み」
「ああ、お休み。ファリス」
 俺は側にあった椅子に座り、暫く地図とコンパスを見ながら南の森へのルートを探した。
 南の森には絶滅したはずの黒チョコボがいるという噂を聞いた。そいつなら空を飛ぶことができるというので、船の代わりに力を借りよう、という話になっていたからだった。


 数十分後───。
 一通りの計画を練り終わった俺はふと、ファリスが寝ている方向を見遣った。
(本当に寝ちまったのか………?)
 俺はそっと近づいてみた。しかし、ファリスは起きる気配すら見せない。
「ファリス………お前は男が相部屋だっていうのに………」
 頭ではいけないと分かっている。
 だが、いつになく無防備なこいつを見ていると、そんな理性など頭の片隅にさえ既に、なかった。
 俺はファリスを覆うようにベッドに両手をつく。
 それでもファリスはよっぽど疲れていたせいもあってか、起きなかった。
「んんっ………」
 俺がゆっくりとファリスの艶やかな唇を塞ぐと、彼女は少し険しそうな顔をしながら甘い吐息を漏らした。
 舌を絡め、角度をつけて再びキスをする。
 それでも収まることのない俺の欲望が、さらに先へとことを進めようとファリスの服に手をかけた、その時………。
「バッツ………」
「!」
 俺はそのままの体勢でその場に凍り付いた。
 そして後悔の気持ちで胸が一杯になった。
「ファリス、ごめ───」
 俺が慌てて謝ろうとした時、彼女は思いもよらない言葉を発した。
「イヤだ、行かないで、くれ………」
 目を瞑ったまま、ファリスはうわ言のように何度も言葉を紡ぐ。
 どうやら、魘されて(うなされて)いるようだった。
 ファリスは眠ったまま苦悶の表情を浮かべている。俺は右手をそっと握ってやり、ついには耐えられなくなって彼女を頭から抱き締めた。
 暫くこうしていたのだが、さすがの俺もこの体勢のままだと辛くなってきて、ファリスを抱きかかえたままベッドに倒れ込む。
 気がつくと、ファリスのうわ言もすっかり収まっていた。
「………………」
 ファリスの顔をよく見ると、涙が零れた跡がある。
 俺はその跡が残っている目許に優しく口付けをすると、彼女から離れた。
 そのまま無言で剣と外套、それから俺のベッドにある毛布を取り、廊下に出る。
(あのまま、部屋に一緒にいると………何するか分からないからな、俺は)
 自分で自分を戒めている、その滑稽な姿を客観視して俺は渇いた笑みを漏らした───。


 翌朝───。
 俺はファリスの罵声で目が覚めた。
「バッツの馬鹿野郎! お前なんか大っ嫌いだっ!!」
「あ、おいファリス!」
 ファリスの言い分はこうだった。
 俺がファリスと一緒の部屋で寝るのが嫌でわざと廊下で寝た、というのだ。
(誰が好き好んでこんなところで寝るもんか)
 つまるところ、これはファリスの一方的な思い込み、というやつで。
「あーあ、姉さん怒らせちゃって。せっかく姉さんと一緒の部屋だったのにバッツったら奥手なんだから」
「………レナ」
 謀っただろ、という意味を込めて半眼になって睨む。
「だって2人共、それぐらいしなきゃくっつかないじゃない」
(大きなお世話だ)
 俺はその言葉をぐっと堪えた。


 ふと、昨日のできごとを思い返してみた。
(ファリスは一体どうして泣いていたんだろう?)
 暫く考えてその答えを探し当てた時、俺は誰に向かってでもなく、ただ笑っていた───。

後書き

 大塚倫子様のイラスト(鼻血出すこと請け負いです(ぉぃ))に触発されて衝動的に(またかよ)書いてしまった( ̄ー ̄; ヒヤリ まだ第1世界でのお話なのでバツファリというよりもむしろバツ→ファリ。だからあんまり甘くはないです。久々に小説を書いた、と思ったらこんなんばっかり………。(こんなの=ちょっとエロいこと(マテ))

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