春風乱舞

 俺は親父の故郷、ルゴルに暫く滞在していた。
 既に季節は3月。この北の大地も大分暖かくなって、森林に生息する動物達もそろそろ冬眠から目覚める時期だ。


「そういや……」


 そう思ったが、もうその日まで幾日もない。
 大体、ここからタイクーンまで行くのに何日かかることか。
 それに、行きたいのはやまやまだが、正直言うとあそこには行きたくない。等身大の自分をさらけ出すことのできない場所は俺にとって苦痛でしかないからだ。


(こういうのを矛盾、と言うんだよな)


 だが、事実だった。俺にとって『自由』より大切なものは何も、ない。
 だから、何とかして上手い方法を考えたかった。


「よし、この方法にするか」


 懐から風のクリスタルの欠片を取り出し、目を瞑ってそっと静かに祈る。
 俺は吟遊詩人へとジョブチェンジし、机の上にある羽ペンを手に取った。それから、思いついたことをさらさらっと紙に書く。
(吟遊詩人だからといって、簡単にできるわけないか………)
 俺は書いては丸めてゴミ箱に捨てる、という行為を何度も繰り返した。
 そして、何度も推敲に推敲を重ねた。


「………こんなもんか」


 俺は羽ペンを置き、再びジョブチェンジをする。今度のジョブは召喚士だ。
「我が名の下にて集え! 風の精霊よ!!」
 シルフを召喚し、先程書いたものを言霊として風に乗せる。


(頼んだぜ………)





「しっかし、いい天気だなー」
 オレは飛竜の塔でひなたぼっこをしていた。
 空はどこまでも蒼く、海もまた蒼い。
 山々はまだ薄らと雪化粧をしていて、木々の新緑に染まった梢(こずえ)が春の到来を告げる。
 オレはここからの眺めが好きだった。
 それだけに春夏秋冬、どの時期を取っても素晴らしく雄大な眺めは時が経つのを忘れてしまう程だ。


「いい、風だな………」
 桃の香りがほのかに漂う、柔らかな春風にオレの髪は揺らぐ。


 風。


 時に激しく、時に優しく………自在に表情を変えるもの。
 まさにあいつのことだ。
 あの風来坊の旅人は、きっとこの世界のどこかで同じ風に吹かれているのだろう。
 そう思うとオレは何だか少し、嬉しくなった。


 不意に、北からの風が強くなった。
 オレが不思議に思っていると、その風はある言葉を紡いだ。


 風に乗せて
 唯1人 最愛の人の幸せを願う
 穏やかな春の日射し
 暖かな温もりの中で

 再び巡り逢う時まで旅を続けても
 貴女には輝きを失わないで欲しい

 色褪せることなきこの思いを胸に秘め
 今も世界を巡る


(この………詩は?)
 言霊法、というヤツだ。言霊法というのは紡いだ言葉を風(もしくは空気)に乗せて、遠く離れたところへ送る──────?
 そこまで考えて、オレは思い到る。
 そんなことをする人間は世界でたった1人だけだ。
「風を友とするあいつらしい方法だな………」
 差し詰め、この前のお返しというところか。
 幽かに耳許に残った詩の欠片。
 その言葉を深く胸に刻み、オレは飛竜の塔を後にした───。

後書き

 久々、バツファリ。割と甘さ控えめですね。あまりホワイトデーらしいお話ではないですけど(汗)今回初めてやったのは、途中でバッツからファリスに語り手が代わること、それから詩を入れてみたこと。風や周りの風景の描写には割と気を配ってみました。

Back Home Next

inserted by FC2 system