君に届けたくて

「平和だよなぁ………」
 つまらな過ぎる程に。
 平和なのは、もちろんいいことだ。オレ達はその平和の為に戦っていたのだから。
 だけど。
 いざ、エクスデスとの戦いが終わってみると、変化のない毎日に嫌気が差していた。これが、オレ達の勝ち取った平和なのか? とさえ思うこともある。
 海賊稼業をやっていた時よりもスリルで常に死と隣合わせの、戦い。
 そして、掛け替えのない、仲間………。
 いけないことだと、分かっている。でも、オレはあの頃に戻りたかった。
「ファリス、どうしたの? そんなに思いつめたりしちゃって………」
 オレはその声の主───バル城女王になったクルルを見遣った。
「いや、別にさ。ただ、平和だなって………」
「ねー、ファリス。今日が何の日だか知ってる?」
 知っているといえば知っている。去年レナに無理矢理作らされたからな。
「バレンタインデーだろ」
 クルルの言いたいことは分かった。バッツにあげないの? とでも言いたいんだろう。
「ねぇ、作りに行こ」
「作りにって………どこに行く気だ?」
 作る作らないよりもどこで作るかの方が何故かオレは気になった。
「ほらさ、丁度いい場所があるじゃん。レナお姉ちゃんもいないことだし」
 確かにレナは外交の為、この城にはいなかったが………。
 オレはクルルに手を引っ張られながら飛竜の間へと向かった。


「まさか、こんな形で来るとはな」
「でも、ここなら何でもあるよ」
 その場所というのは海賊のアジトだった。
「何でも、って………菓子を作る道具なんかあるわけ───」
「それは大丈夫」
 クルルの断定的な台詞を背にオレは調理場に足を踏み入れる。すると………。
「お頭! 道具揃えておきやしたぜ」
「ほらね」
 クルルが多分頼んだんだろう。チョコレートを作るのには事足りるだけの材料と道具がそこには、あった。
(嫌でも作らなきゃいけないのか………)
 オレは溜め息をついた。この類いの物はどうも苦手だ。
 去年も嫌々作ったが、結果は見事に失敗。それでもあいつ───バッツは笑って、食べた。
「あのなぁ、クルル。オレがこういうの苦手なの知ってるだろ。だから───」
「あたしが作り方教えてあげるから、ヘーキだって」
 どうもクルルのペースだ。反対しても上手いこと言い包められてしまう。
「仕方ないな………」
 やると決めたからには前みたいな失敗はしたくないからな。
 オレはクルルにレクチャーしてもらいながら、チョコレートを作り始めた。


「ふう………」
 クルルは後片づけがあるからファリスはリックスに行って、と言ってアジトに残った。
 仕方なくオレはクルルの飛竜───フランに乗って夕陽を背にリックスへと向かったのだった。
 まずバッツの友人───ライエルの宿屋を訪ねてみた。
「バッツ? ああ、クリスマスの前後にこっちに戻ってきたっきりだな………」
「そうか………」
 まぁ、分かっていたといえば分かっていたんだけどな。あいつがここにいる方が珍しいのだから。
「確か、風がどうのって言って旅に出て行ったぜ」
「………風?」
「ああ。今夜はここに泊まって行くか?」
 オレは首を横に振り、宿屋を後にした。


 初めてバッツの故郷───リックスに来た時のこと。
 夜、こっそりと抜け出すバッツを追ってオレはあいつの両親の墓を訪れ、その後今オレがいる村の裏手にある丘へと2人で登った。
「そういえばあの時も星がきれいだったな………」
 旅人を導く数多の星の煌めき。
 どこかであいつも………。
(それ以上考えるのは止めよう………………)
 空から目を離そうとした時………。
「流れ………星?」
 一筋の流れ星が弧を描いていくのを、オレは見た。
(レナが言ってたよな、流れ星が消えるまでに願いごとができたら───)
 その願いごとは叶う、と。
 でも、1秒も満たないうちに消えてしまう流れ星に願いごとをするのは無理だ。
(そう上手くはいかな───)
 立続けに流れ落ちる、星々が空を駆ける。
 それは、流星雨だった。
 オレは思わず立ち上がり、天を目がけて手を伸ばした。
 ただ1つだけの叶えたい願いごとを言うために。
「バッツに………逢いたい」
「あれ程言ってるのに、お前は変わらないな」
 不意に背後から声が聞こえた。
(え? その声は………!?)
 間違えるはずなど、なかった。
 だって、それはオレが逢いたいと願って止まない、あいつ自身だったから。
「覚えてるか? ここに最初に来た時、随分と薄着で寒そうにしていたのを」
 言葉と共に例によって、真紅の外套が被せられた。
「バッツ!」
 こいつというヤツはどうしてこう、急に現れたりするんだろうか………?
 まさに、風そのもののようだ。
「ファリスがここに来たってライエルが言ってたから急いで来たんだ」
「風がどうのって………」
「ああ、孤島の神殿に調査に行ってたんだ」
 バッツはオレの横に腰を下ろしながら言った。
「あのさ、バッツ………」
 オレは持っていた包みを手渡した。
「そうか今日はそういう日だったな………。サンキュ、お返しは何がいい?」
「何が、って言われてもな………」
 思いつかなかった。オレはただ、バッツが側にいて欲しかった。
「そうか、じゃあ………」
 バッツは自身の懐にオレが顔を埋める形でオレを抱き寄せた。バッツの温もりが、伝わってくる。
「俺は、お前が1番大切だ………何よりも大切な存在なんだ、ファリスは」
 耳元で囁かれた音が、言葉として認識できた時。
 オレは頭がボーっとするのが分かったが、どうにもできなかった。
 バッツはというと、片手をオレの腰から手を離し、代わりに空いたその手でオレの右手を握った。
「うわっ」
 急に支えがなくなったオレはバッツも巻き添えにしてバランスを崩してしまった。
「大丈夫か?」
「あぁ」
 短く返事をする。
「俺も流れ星にお願いしたんだ♪」
「何を───!?」
 気づいた時にはもう、バッツのペースに乗せられていた。
 オレの髪がバッツの身体に絡まる。
 流星が降り注ぐ中で、オレ達はお互いを求め合った。
 溶けるような唇の感触。
 砂糖よりも甘い、言葉にオレ達は暫し時を忘れた。


「今夜は遅いから泊まっていけ。明日、タイクーンへ送って行ってやるから」
「ああ」
 先日まで吟遊詩人が住んでいたバッツの家に、オレはそっと足を踏み入れた───。

後書き
 最後がやっぱり甘いなぁ………。まぁ、そこはバレンタインっつーことで(笑)最近言い訳ばかりです。つーか、バッツの家に泊まって………って家にベッド1つしかなかったはず。まさか、添い寝っ!? もしくは………(以下略)自分で書いたくせに妄想がエンドレスだ………(>▽<;; アセアセ 取り敢えずギリギリになってしまいましたが、今年はバレンタイン小説が書けてよかったと思います。

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