風邪ひきファリスの1日

「姉さん、大丈夫?」
「ああ………ごほごほっ」
「熱があるな………仕方ない、出発の予定を変更するか」
 バッツはオレの額に手を当て、そう判断した。
「薬をもらってきた方がいいよね? レナお姉ちゃん、一緒についてきてくれる?」
「ええ、いいわよ」
 身体が重かった。まるで、自分の身体じゃないみたいに。
「なぁ、ファリス」
 レナとクルルが出て行ったのを確認すると、バッツはオレに声をかける。
「ん?」
 視点の定まらない目でバッツの方を見遣る。
 バッツの顔つきは何となく怒っているように見えた。
「お前………本当はもっと前から体調を崩していただろ?」
「………………」
 オレは何も言わなかった。
 バッツはオレが沈黙したのを肯定していると取ったのか、話を続けた。
「分かるんだぜ、ファリス。ここ数日間、俺達は何度も戦闘を潜り抜けてきたけどな、お前の剣の太刀筋がいつもより悪かった」
 バッツは剣にかけては他の誰よりも長けていたし、また、力量を見抜く力もあった。
 加えて、オレ達全体を見渡せる程の広い視野も持っている。
 ………オレが、秘かに舌を巻くぐらいにな。
「前にも言っただろう、無理すんなって………。ファリスは俺達に迷惑かけまいと思って言わないんだろうけどさ」
 バッツは先程の表情から、仕舞には呆れたような顔になってオレを見ていた。
 こいつは本当に油断のならない奴だ。
 オレの考えていることをまるで読心術でも使っているかのようにピタリと当ててしまう。
「俺はそんなファリスが………正直言って心配だ」
「………バッツ」
 意味もなく、オレはあいつの名を呼んだ。
 相変わらず頭は朦朧としている。
 見つめた先にあるのは、深い蒼の瞳。それが、心なしか揺らいで見える。
「悪いな………」
「気にするな………早くよくなれよ」
 バッツは照れくさそうに頭を掻いた。


 レナ達がもらってきてくれた薬のお陰で朝よりは楽になった。
 けれど、相変わらず頭は痛かったし、何より身体中が熱かった。
「姉さん、起きた?」
「あ、うん」
 傍らに控えるレナを見る。それから窓の外を眺めた。
 どうやら、お昼頃のようだ。
「スープがあるから温めて持ってきてあげるわ」
「ありがとう、レナ」


 夕方はクルルが、そして夜にはバッツがオレの傍らにいた。
(仲間、か………)
 海賊だった頃は有り得ないことだった。誰かが常に付き添って看病してくれることなんて………。
「また、熱が上がってきたな………」
 バッツはオレの額の上に乗っているタオルを取り替えながら呟いた。
「そんなことな………ごほごほっ」
「ほら見ろ。大丈夫か?」
 バッツは優しい顔をしてオレのことを覗き込んでくる。しかも至近距離で、だ。
「止めろそんな近くで………ごほごほっ」
「ファリス………」
(やばい、何か身体がおかしい………)
 虚ろな瞳でオレはバッツの方を見た。
 すると………………………。
(えっ? あ、おい!)
 あろうことかバッツが再び顔を近付けてきた。
 そして、その距離がだんだんと縮まる。

 チュッ。

 元々ぶっ飛びそうなオレの意識が危うく失神レベルを越えそうになった。
「風邪………移っても知んねーぞ」
「ああ。………薬、飲めるか?」
(わざわざ聞くなよ、そんなこと)
 そう思ってから、バッツの真意が読めたような気がしてオレは慌てて薬を奪い取ろうとした。
「そんなにじたばたしていると風邪がもっと酷くなるぞ」
 オレは抵抗したが、バッツは思うように身体が動かないのを逆手に取ってオレの両手を抵抗を封じるように押さえ付けた。
「止めろっ、止めろってば!」
「落ち着け、ファリス。………大丈夫だから」
 薬の入った小瓶の蓋を外し、バッツはその中身を自ら呷った(あおった)。
 優しい目でオレを見る。
 オレはその視線を逸らすことはできなかった。

 ───大丈夫、だから───

 重なる瞬間、ふわっと一瞬風が吹いたような気がした。
 柔らかく、丁寧な口付けがオレの唇に交わされる。
「バッツ………」
 言ってやりたかった。今日こそは。
 でも、言葉が出なかった。
「ファリス、早くよくなれよ」
 その言葉を投げかけられた時には、すっかりいつもの調子のバッツだった。
 オレは黙って、ただ頷いた───。

後書き

 よく分からん話だ(汗) この前、もうちょっと控えめな甘さの話を書こう! と決心したばかりなのに………あぁ、やってしまった(大汗) でもまぁ、これは前々から考えていた話、ということで見逃してもらいましょう(ぉぃ) 一応、100質の方にもシチュエーションで書いてありますし。逆にバッツが風邪引いた時はどうなるんだろう………。取り敢えず、これを1周年記念とします。スランプ気味で書いたこんな小説をフリーにしていいものだろうか………( ̄ー ̄; ヒヤリ

Back Home Next

inserted by FC2 system