左手の魔法

 左手の魔法───それは、あなたが私にかけてくれたおまじない───。


 まだ、バッツが生まれる前のこと───。
 私は夕食の後片付けをしていた。
 あなたは暖炉の側で椅子に座って書物を読んでいる。
 私はほんの少し、いたずらをしてみた。
「ステラ。手が冷たいな」
「ええ、お皿を洗っていたから」
 あなたは特に驚かなかった。
 きっとあなたのことだから、私が背後に立ったことに気がついていたのでしょう。ううん、気づかないはずはないわ。
 あなたは目隠しをした私の手を取りながら、席を立った。
「この時期は特に冷える。あまり無理はするな」
 あなたの手の温もりが、私の手に伝わってきた。
「温かいわ………」
 あなたが私の身体を反転させると、私はあなたにそっと身体を委ねた。
 暖炉の中では火の粉が踊っている。
 私はあなたに身を任せたまま目を閉じた。
「ステラ」
 あなたのこの、低い声に私は幾度となく惹かれた。おそらく、初めて逢った時から………。
「お前が、1番大切だ。だから無理はしないでくれ」
 懇願するような口調。
 あなたがこんなにも私のことを想っていてくれている───その気持ちがとても、嬉しかった。


 昔に思いを馳せていた私は、ふと我に立ち返った。
「今夜はきっと雪が降るな………」
「ええ、そうね」
 あなたは窓の外を眺めて言った。
「あの頃のことを思い出していたの」
「こういう風に、か?」
 あなたは私の手を取って両手で包み込むようにして温めた。かつて、してくれたように………。
「どうして、分かったの?」
「寒そうにしていたからな」
 私の手を放し、代わりに抱き締められた。あなたの温かく、優しい懐に抱かれて、私は幸せでうっとりとした快い気分になった。
「1つ、寒くなくなるおまじないをしてやろう。俺はあまりこういうのは信じないんだがな………」
 ちょっと照れているあなた。
 その姿が何とも滑稽で、私は思わず、くすっと笑った。
 あなたはまるで騎士がお姫様に忠誠を誓うように、うやうやしく片膝をついて私の左手を取る。
 そして、薬指にはまっている銀の指輪にそっとキスをした。
「素敵なおまじないね………」
「まぁ………な。これで寒くなくなるぞ」
 あなたのそんな気障なところも格好いい。
「ありがとう、ドルガン」
 最愛のあなたの名前を、私は呼んだ。
 そして、両手を腰に回し、爪先立ちになって、あなたの頬に優しく口付けをした───。

後書き

 久々に甘々なドルステでしたvvv リクエストは「手にまつわるバツファリかドルステ」ということでしたので、こんな話にしてみたのですが………いかがでしたか? これを承った時、最初に浮かんだのが手を取るシーンだったので(ありがちですが(汗))、これはバツファリよりもドルステの方が書きやすそうだ、と思ったのです。最後になりましたが、桐流湊様相互リンクありがとうございました! 感謝の気持ちを込めてこの小説を捧げます。

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