第2話 4つの心

「こんなところに洞窟があるわ」
「さっきの地震でできたんだろうな。………ボコ、この先は危険だ。お前はここで待ってろ」
 バッツはボコの頭を撫でてやると、ボコは『クエッ!』と短く一声鳴いた。
 洞窟の中は天然のトンネルのようになっていた。元々あった空洞がバッツの言うように地震で地上と繋がったのだろう。
「薄暗いのぉ………」
 バッツは背後から気配を感じた。すぐに背中のブロードソードを抜く。
「大きなカニだわ!」
 巨大なカニ型のモンスター───デアロがはさみを振り上げて攻撃を仕掛けてくる。バッツ達の攻撃手段は彼のブロードソードとレナのナイフだけで、ガラフは何も装備していない───つまり『素手』である。
「うぉりゃぁぁぁ!」
 威勢よく剣を振り上げ、バッツが1匹目を倒す。
「お父様に会うためなら!」
 レナがナイフを逆手に持ち、すれ違いざまに斬り付ける。
「まだまだ若いもんには負けんぞ!」
 レナの攻撃後にガラフが続く。
「ラスト1匹!」
 1匹になったデアロの攻撃を躱し、再びバッツがブロードソードを振り上げた。剣はデアロの堅い殻を突き刺し、急所を寸分違わずに仕留める。
 3人はまだ出逢ったばかりだというのにまるで古くからの仲間であるかのよう。息がピッタリと合っている連係攻撃を繰り出していた。
「さーて、もっと奥に行ってみるか。もしかしたらトゥールの村まで行けるかもしれない」
 バッツの言葉にレナとガラフは頷いた。トゥールの村まで行くことができれば風の神殿へ行くこともできるかもしれない───そんな淡い希望を胸に秘めつつ。
 どこからか水の流れる音が聞こえる。 バッツ達はその音を頼りにさらに奥へと進んだ。
「あの泉は………」
 水の音の正体は地下水が流れ出ている泉だった。レナが駆け寄って水をすくってみると、透明で清らかな水がレナの掌から零れ落ちる。見るからに美味しそうな天然水だ。
 バッツもガラフもレナと同じように水を確認すると、口へと含む。清く、そして滑らかな天然物の水は3人の疲れを一気に回復させた。
「おいしいわねー」
 レナは泉の水を飲み干し、感嘆の声を上げている。3人は十分に休憩を取り、さらに奥へと進んで行った。


「行き止まりか?」
 バッツが奥の岩壁を見る。何の変哲もないただの壁だ。
「!? 隠れるんじゃ!」
 ガラフにいきなり頭を押さえ付けられ不平を漏らすバッツだったが、彼らの前に現れた人間を見ると無理矢理押し黙った。バッツ達の前に現れた人間、それは何を隠そう海賊だったからである。
 海賊は辺りを用心深く見渡すと、行き止まりのはずの壁に手を当てた。すると扉が現れ、海賊はさっさと中に入って行ってしまった。
「なーるほど!」
 早速海賊がやってみせたのと同じようにバッツはボタンを押してみた。するとやはり扉が現れ、この先に道があることを示している。
 扉の先もまた先程と同様に鍾乳洞で、ところどころ地下水が流れている。
「モンスターだわ!」
 レナが声を上げるよりも早くバッツが剣を繰り出す。だが、旅馴れた彼らしくもなく攻撃が外れる。
 蝙蝠型のモンスター───スティールバットはこの洞窟の中では素早い部類に入るモンスターだ。しかも、ただ素早いだけではなく吸血攻撃を仕掛け、生物の血を奪ってしまう。
 レナはナイフを右手に持って攻撃を加えようとしたが、相手は空を飛べるものだから当然リーチが足りない。もちろん何も装備していないガラフは論外だ。となると、この状態でスティールバットを倒せるのはバッツだけということになる。
 バッツはブロードソードを頭上に掲げた。そして一気にスティールバットへと斬り掛かる。もちろん、ブロードソードでも間合いを縮めることはできない。
 だが、バッツの狙いは他にあった。
 それは、剣圧で相手を吹き飛ばすこと。これは短剣のレナや、素手のガラフには真似できない。唯一、剣を装備しているバッツだからこそ為せる技なのである。
「今だ! レナ、ガラフッ!!」
 スティールバットが立ち直る前にレナとガラフが攻撃を仕掛ける。バッツ自身も残りの1匹を仕留めた。辺りには今までたくさんの血を吸ってきたのだろう、スティールバットの鮮血が至る所に飛び散っていた。
 バッツは返り血を浴びたブロードソードを拭き取り鞘に収めると、敵がいないかどうか確認する。
「よし! もっと奥に行ってみよう!!」
「ええ!」
 レナが頷いた。


 暫く戦闘を繰り返しつつ、先へ進む一行。
 と、その先に何やら光が差している場所を見つけた。もしかしたら、出口かもしれない………、そう思った3人は急いでその場へと駆け寄ってみた。
 すると………。
「あれは………?」
「今のは、船??」
 残念ながら出口ではなく行き止まりだったのだが、そこからはタイクーン北方の海───内海が見えた。そして、そこに浮かぶもの。3人の見間違いでければあれは確かに船である。それも、かなり大型の。
「今の船………? 風もないのにどうやって走ってるんだ………?」
 風のクリスタルの力が弱まっている今、世界を巡る風はもはや、ない。なのに、あの船はどうやって動いているのだろうか?
 深まる謎を他所に、先へ進むのであった。


「 ここは海賊のアジト………ってことは、さっきの船は海賊船か?」
 洞窟最深部───海賊のアジトにバッツ達一行はいた。どうやらさっきの船は海賊船らしい。大きさから見ても納得がいく。………相変わらず何を原動力にしているかは分からなかったが。
「乗せてもらえないかしら?」
 バッツはレナの発言に驚いた。相手は海原の暴れ者、海賊だ。ましてやレナのような少女がいるとなればどうなるかなんて容易に察しがつく。
「ならば、こっそり頂くとするか!」
 またもやバッツは驚かされた。じいさん───もとい、ガラフの案はもっと過激で大胆だったからだ。
「まぁ、やってみるか。だが………」
 一応、バッツもガラフの案に賛成する。
「何かあったらまずレナは逃げろ。後は俺とじいさ………じゃなかったガラフで何とかする」
「でも………」
 レナが反論しようとするのを遮り、バッツは続けた。
「相手は海賊だ。奴らが女をどういう風にするかぐらいは容易に考えつくだろ。もしかしたら、売り飛ばされたり、最悪もっと酷い目に遭わされるかもしれない」
 レナはバッツが言った酷い目というのを思わず想像してしまい、顔を赤らめた。
「それじゃあ船を頂きにいくとするかのぉ」
 意見がまとまったところでバッツを先頭にそーっと桟橋の方まで行ってみた。途中、見張りの海賊の声が聞こえてきて、見つかってしまったかと思ったりもしたのだが、どうやらただの寝言だったようだ。ぐっすり眠っていた見張りに感謝しつつ、どうにか甲板まで辿り着いた。
「よーし出発だぁ!!」
 ………………と、舵を動かしては見たものの、船は一向に動く気配すら見せない。舵輪を右に回したり左に回したり、と色々やってみてもやはり結果は変わらず途方にくれていた、その時………!
「何をしてるっ!!」
 とうとう見つかってしまった。バッツはレナを後ろに庇うと、剣の柄に手をかける。できることなら、この剣を抜かずに済めばいい………そう思いつつ。
 そんなバッツの前にレナは自ら進み出た。
「私はタイクーンの王女レナ。かってに、船を動かそうとしたのはあやまります」
「王女………」
「様………!?」
 威厳に満ちた声、ピンと張った背筋、そして物腰と動作。その全てが彼女の気品と気高さを表している。
 バッツは呆然とレナを見つめていた。そんなバッツを尻目に彼女は話を続ける。
「お願い! 船を貸してください! 風の神殿に行かなければならないの! お父様が危ないの!」
 切実に訴えるレナ。その声はある種の気迫があった。だが、相手は海賊。たとえ王族の訴えだろうと動じない。
「へぇー、タイクーンのお姫様かい、こりゃあいい金になりそうだぜ!」
「やめろ!」
「お願い!」
 レナの必死な叫びにも動じないばかりか、仕舞にはバッツの懸念していた通りのセリフが飛んでくるといった始末。
 バッツは柄にかけていた手に力を込めた。
 だが………剣は抜かなかった。いや、抜かなかったのではない。抜けなかったのである。
 理由はただ1つ。人を傷付けるということに抵抗があっからだ。海賊とはいえ、人間であることには変わりない。モンスターを倒すのとはわけが違う。
 相手は本気。当て身だけで全て倒しきれるとは到底思えない。
「そのペンダントは………」
 今度はリーダー格の青年が驚く番だった。彼はどうやらレナの持つペンダントに見覚えがあるらしい。
 暫くの間ジッと見入っていたが、やがて我に戻ると子分達に命令した。
「そいつらを牢屋にブチこんどけ!」
「へいっ!!」
 結局バッツ達は無抵抗のまま牢屋まで連れ去られる羽目になってしまうのであった。
 牢屋は、至ってシンプルな作りで出入り口は正面の扉1つだけ。しかも、見張りがいる。
「 まいったのー。一体、誰じゃ! 海賊船を盗むなどと言いだした奴は!」
「おいおい、じいさんあんただろ!」
 呆れたバッツがガラフを白い目で見る。するとガラフは頭を押さえ、頭が痛い、記憶喪失じゃ! とわめいた。バッツは随分と都合のいい記憶喪失だなと思いつつも、ここからどうやって脱出しようか考えてみる。だが、武器はみな取り上げられているし、縄で手足は雁字搦め(がんじがらめ)にされてしまっている。その上見張りまでいるのだからどうにもならない。
(せめて武器さえ………俺のブロードソードがあれば………)
 辺りを見回してみるが、役に立ちそうな物は何もない。取り敢えず、突破口を開くような策が思いつかなかったので、バッツは諦めて他のことを考えることにした。
「それにしても、驚いたな………レナがタイクーンの王女だったなんて………」
 ふと、バッツはレナを見て言った。
「ごめんなさい………隠すつもりはなかったの………」
 レナは俯いた。外の世界で王女という肩書きが必要ないとは思っていたものの、やはり人を騙す結果に至ってしまったことを深く後悔しているようだった。
「でも、どうして1人で風の神殿に?」
 ただの少女だって1人でロクな装備もせずに外を出歩いたらモンスターの餌食になってしまうというのに、彼女は城という安全な場所を抜け出してまでどうして父親の後を追っているのだろうか? もっとも、彼女の場合は城で訓練していたらしく、それなりに剣術はできるようだったが。


 一方、バッツ達の閉じ込められている牢屋の反対側の部屋では、独りグラスを傾けるファリスがいた。
「何だって、あのタイクーンのお姫さんがオレと同じペンダントを………」
 あのペンダントには見覚えがあった。というか、自分の身につけているそれとそっくり同じものなのだ。
「風の神殿に親父がいるとか言ってたな………」
 心は、既に決まっていた。あの風変わりな一行に手を貸してやるのも悪くはない。それに、久々に海賊家業抜きで冒険ができるというのもファリスの心を突き動かしたようだった。
 グラスに残っている赤ワインを飲み干し、ファリスは明日のことを考えながら静かに床についた。


 翌朝───。
「風の神殿に向かう!」
 まだ日も昇らず、深い霧がかかった甲板にファリスの声が響いた。突然の、しかも意外な命令に子分達は驚いたが、彼は自分の命令を曲げることなど微塵もしなかった。
「お頭、こいつらをどうするんで?」
「縄を解いてやれ!」
 通常、海賊が捕虜として捕らえた人間をタダで逃がすなどあり得ないことだったので、普段はお頭の命令に忠実な子分もさすがに戸惑っていた。
「早くしねえか!」
 そんな子分達を一括すると、ファリスは自らバッツ達に頭を下げた。
「どうして………?」
「力を貸してやるって言ってるんだ。いいじゃねえか!」
 レナの疑問にも答えず、彼は豪快に笑う。無論、あのペンダントが気になっているなんてことは内緒にしているのだが。
「さあ、出発だ。風の神殿へ向かうぞ!」
 次々と指示を出すファリス。だが、子分としてはどうも納得が行かないらしく、無言で立ち尽くしている。
「オレの言うことが聞けねえのか! 返事は!」
「ア………アイアイサー!」
 渋々だったが、頭の命令は絶対。それを分かっている子分達は各々が持ち場につくと淡々と作業を開始した。
「でも、風が止まってるのに………どうやって船を動かすの?」
「知りたいか!? シルドラ! 挨拶しな!!」
 ファリスの声に反応して船首に顔を出したのは巨大なシードラゴン。彼の話によれば2人は兄弟のように育った仲だとか。
 まさか伝説の海竜が船を動かしているとは夢にも思わなかったらしい。さすがのバッツ達もとてもビックリしていた。
「よーし、出発だ!」
 丁度、朝日が煌めくその瞬間をバックにファリスの声が甲板一杯に響き渡った。風が止まってしまった原因を探るべく、風の神殿へ一行は旅を続けるのであった───。

後書き

 えらく時間がかかってしまいました(>▽<;; アセアセ 我らがヒロインのファリス登場です。お頭、最高ッス! 最後の方の霧がかった甲板なんかの情景描写は気に入っていますね。次回からはもっと早めにアップできるよう頑張ります!

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