桜花は空を求めて

 ───桜は空に恋をした。それは決して届かぬ想い………───




 そんな一文があった。ゼシカは本を閉じた。
 出てくるのは重い溜め息ばかり。
 最愛の人を想い続けて何度も涙を流す日々。母アローザはそんな娘を心配していたが、当の本人は心此処に在らず。ただただ、空虚な毎日が過ぎていくだけだった。


 部屋の窓から日差しが差し込んでくる。ゼシカは窓を開けた。すると、裏庭の桜がそれに応えるかのように花びらを窓辺に運んできた。
 暫く虚ろな眼差しで眺める事数分。突然思い立ったかのようにゼシカはそこを離れ、外に出た。


 桜が美しく咲く裏庭。しかし、ゼシカの瞳は暗かった。
 彼女にはこの美しい桜さえも色褪せて見えるのだろう。そう…とても儚気に。
「ねぇ…どうして約束守ってくれなかったの?」
 答えは返ってこない。そう…永遠に。
 何故なら約束を誓った待人が来る事は決してないからだ。




 最後の戦い。それは熾烈を極めるものだった。
 誰もが限界を超えていた。だが、決して誰も弱音を吐かなかった。
「グランドクロス!」
 ククールが魔物すら怯ませる美しい碧眼の眼(まなこ)で暗黒神を見据える。
「メラゾーマ!!」
 交差した手を水平に広げ、ゼシカが火球呪文を放つ。
「烈風獣神斬!!!」
 ヤンガスが愛用のオノを掲げ、暗黒神を薙ぎ払う。
「ギガデイン!!!!」
 翳した手を振り下ろし、エイトが電撃呪文を唱える。
 対する闇黒神は辺りの負のエネルギーを吸収し、究極の大呪文を放つ。
「チッ! ベホマラー!!」
 テンションを上げたククールが回復呪文を全員に施す。
「僕達は絶対に負けられないんだああああぁっ!!!」
 テンションを限界まで上げた時、エイトの身体からオーラが溢れ出す。そして、彼は最強の剣技ギガブレイクを放った。
『くっ…虫ケラ共めが…ただでは済まさんっ!』
 ラプソーンは消滅の間際に流星を呼び寄せる。降り注ぐ隕石にエイト達もまたぎりぎりの状態で命を保っていた。
「…いやあぁぁっ!」
「ゼシカッ!!」
 暗黒神の最後の攻撃が容赦なくゼシカを襲い、彼女は今まさに海に身を投げ出されようという体勢だった。
 その体勢を寸前のところで留めたのは銀髪の騎士。
 だが、彼もまた既に限界を超え過ぎていた。ククールのお陰でゼシカは持ち堪えたものの………。
「ククールッ!!!」




 何度も思い出してしまう。寝ても覚めても彼の人のその瞬間が瞼の裏に焼き付いて離れなかった。
「一緒に…生き残るって言ったじゃない………」
 ゼシカの頬を一筋の涙が伝わった。
「…ククールの馬鹿! 何でアンタだけ…っ…」
 太陽の光に照らされて舞い落ちる桜とは対照的に嗚咽に混じって紡ぎ出されるゼシカの言葉はとても痛々しかった。
 目が腫れるのも厭わず彼女は泣き続けた。足元に涙の洪水を作ってしまいそうな程ずっと泣き続けた。








 ふわり。








 一瞬、暖かい風が吹いたかと思うと、ゼシカは誰かに後ろから抱き竦められた。彼女は突然の事に身体を強張らせている。
 忘れられるはずも無かった。この温かさを…彼の人のぬくもりを。そして視界の端に映る紅いケープがその当人である事を物語っている。
「………ククー…ル?」
「帰ってきたぜ、やっと…」
 彼はゼシカを振り向かせ、改めて抱き締めた。いつもよりも強い抱擁がククールの心情を如実に表している。
「今まで…どこにいたのよ…。私、ずっと待ち続けて…どこかで絶対に生きてるって信じて…っ」
「泣くなよ…オレは帰ってきたんだぜ? もう心配しなくていいから…」
 ククールの話によれば海に落下した後、奇跡的に助かり、小さな教会で世話になったという…。そして何よりゼシカが驚いたのはククールの腹違いの兄マルチェロが彼を助けたという事実だった。
「オレだって最初は何かの間違いだと思ったさ。アイツはそんな奴じゃねーって。でもな、その教会でずっと兄貴は懺悔し続けてるってシスターが…そう言ってた」
 ククールの蒼い瞳はどこか遠くを見ていた。きっと追憶の向こうにある過去の自分達を思い出しているのだろう。
「兄貴はオレにこう言った。『これで貴様への借りは返した』ってな。ホント、嫌味な奴だよなー。でも…その言葉は修道院にいた時とは違ってた…」
 しみじみと語るククール。しかし先程とは異なり、真っ直ぐにゼシカを見つめている。




 ざわざわっ…。




 静かだった辺りが急にざわめいた。風に合わせて無数の桜の花びらが軽やかに踊り出す。それはまるで舞を舞っているかのように…。
 うっすらと桃色に染まった花びらがゼシカの艶やかな唇に落ちる。
 ククールは革手袋を外し、ゼシカの唇にそっと触れた。唇から零れた花びらは風に揺られて空へと再び舞い上がる。
 お互いの瞳が切望していた。「触れたい…」と。
 ククールは彼女との身長差を埋めるべく顔を近付ける。ゼシカはそんな彼の端正な顔、そして美しい銀髪に見蕩れている。
 ククールは徐にゼシカの顎に手を掛ける。彼女は甘美な幻想に浸るかのようにゆっくりと目を閉じた。
 お互いを軽く啄むかのような優しいキス。
 徐々に耐えられなくなったククールがゼシカの唇に自らの舌先を触れさせ、なぞるように這わせる。
「…うぅん…っ…ふっ……」
 絡め合う舌。零れ落ちる熱い吐息。
 何度も何度も貪るかのようにお互いを求め合う。
「…はぁ…はぁっ……んっ………」
 甘く激しい口付け。愛おしくて堪らない。故に幾度も求め合う。
 息をするのも忘れる程の長いキスを最後に交わし、そのまま2人はその場に倒れ込んだ。
 ゼシカの燃えるように美しい赤銅色の髪に、そしてククールの目が醒めるように輝く銀色の髪に無数の花びらが舞い落ちる。
 空が、愛しい人の瞳の色を讃えていた───。




 ───空も桜に恋をした。それは未来永劫誓う愛………───

後書き

 Fairyでもシリアス書けるんだなぁ…(苦笑) 3人称書くの久し振りで大丈夫かなぁ…と心配していたのですが、逆に3人称の方が硬質の文章になるのでシリアスにしやすいですね。それにしても驚異的な筆の早さだ…4時間ぐらいで書き上げましたよ! しかも1日で連続して! それから某サイト様のコメントにもあったけど、後ろからシチュは一方的な感じがして萌え(マテ) 実は最初と最後の一文は見事に字数が一緒なんだよねぇ…Fairy頑張ったなぁ(ぉぃ)

プロット※要反転

 3人称もしくはゼシカ1人称。

 ───桜は空に恋をした。それは決して届かぬ想い………───

 エンディング後。

 家の裏手に咲き誇る桜の樹の下にて回想。かなりバッドエンド。
 ラプソーン戦。ラプソーンがやられる直前に道連れにしようとする。ククールはゼシカを庇って海に落下。

 回想後。ゼシカ涙。それも大泣き。

 ふわり。辺りの空気が一変して優しくなる。ククール生還(後ろからゼシカを抱き締める)。

ゼシカ「………ククー…ル?」
ククール「帰ってきたぜ、やっと…」

 ククール、事情説明。落ちた後、流されて小さな教会で世話になった事、そしてそこにはあのマルチェロがいた事をゼシカに話す。ここを書く時は3人称の方がやりやすそうなんだけどなぁ…。

 桜が風に揺られて舞う。ゼシカの唇に桜の花びらが。ククール、花びらを取ってキスに持ち込む(マテ)
 2人して寝そべる。ゼシカは空の色をククールの瞳の色と重ねる。

 ───空も桜に恋をした。それは未来永劫誓う愛………───

 要するに、情景は桜=ゼシカ、空=ククール。最初と最後の文は物語っぽいイメージで。

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