守りたい。

 ただ、守りたかったんだ。
 大切な人を…。
 もう2度と彼女を危険に晒したくなかった。
 それが、オレの役目───。




「ゼシカ、大丈夫か?」
「ええ、おかげさまで。それよりアンタこそ大丈夫なの? 酷い出血だったじゃない」
 リブルアーチでの騒動の最中、オレは闇黒神に意識を奪われたゼシカと戦った。…オレは最後まで彼女に剣を向けなかった。…出来なかったんだ、彼女を傷つけるなんて。
 オレはゼシカが放ったラリホーマの呪文を掻き消す為に自身の右手を聖銀のレイピアで切り裂いた。その時、オレは覚悟を決めた。


 そして…現在に至る。


「なぁ、ゼシカ」
 何? とゼシカは怪訝そうな顔をしている。きっとオレがまたゼシカを口説こうとしていると彼女は思っているのだろう。生憎とそんな理由で呼んだんじゃないけどな。
「これをゼシカに預かって欲しいんだ」
 オレは懐から指輪を取り出した。
「これは…騎士団の指輪とは似ているけど違うわね」
 その指輪は聖堂騎士団の指輪と同じく教会の聖印が刻まれた蒼い指輪───魔除けの聖印だ。
「オレの母親の形見なんだ」
「そ、そんな大切なもの、預かれないわよ!」
 母親は熱心な信者だった。生前はいつもこの指輪を嵌めて女神像に祈りを捧げていた。随分昔の事だが、今でもはっきりと覚えている。
「大切なものだから、ゼシカに持ってて欲しいんだ。オレが持ってると無くしちまいそうな気がしてな」
 オレは軽口を叩いた。
 だが、実を言えばゼシカにこれを預けようとしたのにはれっきとした理由があった。母親の形見という大切なものをゼシカに預ける事だけでなく、聖印の加護でゼシカを2度とあのような目に合わせない為にという意味だ。
「…仕方ないわね。でも1つだけ条件があるわ」
「何だ? 言ってみろよ」
「この指輪、私が嵌めていてもいい?」
 ゼシカが条件付きとは言え了承してくれた事は嬉しかった。調子に乗ったオレはまたも軽口を叩く。
「ああ。何ならオレが左手の薬指に───」
「なら、中指に付けるわ。中指は『男避け』を意味するもの」
「ゼシカはオレ一筋ってわけか」
「バッカじゃないの! アンタを寄せつけない為に決まってるでしょ」
 ちぇ…。ゼシカもハッキリと言ってくれるよな…。ったく、人がこうして心配してやってんのに。
 にべもないゼシカの言葉にオレはわざと肩を竦めてみせた。




 北の大地へとあの黒犬は逃げ去った。それを追い、オレ達も北へと向かった。途中、雪崩に遭い、一時は助からないかと思ったが、メディと名乗る老薬師の飼っていた犬のお陰でオレ達は事無きを得た。メディおばさんの勧めで吹雪が止むまでの暫くの間家に邪魔する事になり…。




 そして今…再びフィールドに出たオレ達は早くも最悪の事態に直面していた。エレメント系のモンスターで凍りつく息を得意とするブリザード、それも10匹近くの大軍に囲まれている。
「…っ! フバーハ!」
 ゼシカが息軽減呪文を唱えた。お陰で多少は吹雪系のダメージが軽減されたように思える。
 しかし、安心するのはまだ早かった。凍りつく息が効きにくくなったと分かったブリザードは攻撃を切り換えてきた。そう、それはオレも時々使用するあの恐ろしい死の呪文だった。
「くっ! ザラキでがす!」
「みんな、急いで片付けるよ!」
 エイトがはやぶさ斬りで、ヤンガスがオノ無双で反撃するがザラキの嵐は止まなかった。
 これがエレメント系のモンスターでなかったらオレも対抗してザラキで反撃する事が出来るが、生憎エレメント系には死の呪文は全く効果が無い。
 オレはもしもの事を考えて蘇生呪文を発動出来るようにしておいた。


「イオラ!」
 ゼシカが爆発呪文を唱え、その後にオレが火炎斬りで攻める。
 だが、ゼシカの呪文詠唱後に僅かな隙が出来る事をもっとオレは注意しておくべきだった。
「…ゼシカ!」
 オレは倒れた彼女の側へ駆け寄ってザオラルを詠唱する。
 しかし。
 …こんな時に失敗するなんて全く付いてねーな。早くしないとゼシカが本当に死んじまうってのに…。
 蘇生呪文の効果があるのは肉体に魂が宿っている間だけとされている。つまり、身体から魂が抜け出てしまったら完全にアウトだ。
「ザオラル!」
 だが、またも失敗。オレは焦った。
 こんな事ならザオリクをさっさと習得しちまえば良かった。そうすれば少なくともこんな事態にはならなかったはずだ。
 オレはエイトとヤンガスが攻撃を仕掛ける傍らでひたすらゼシカに蘇生呪文を掛け続けた。
 …が、やはり効果は表れない。
「まさか…時間切れ、か…!?」
 雪原に横たわるゼシカをオレは呆然と見つめた。彼女の側に膝を付き、そっと抱き起こす。
 そして、ふと気が付いた。
 …ゼシカがザラキを受けてから暫く時間が経ってるはずなのに何故こんなに身体が温かいのか。普通の草原ならいざ知らず、ここは雪原。急速に体温を失うはずだ。
 その答えに辿り着いた時、オレはゼシカの左手の薬指に嵌まっている魔除けの聖印を見つけた。
「ベホマッ!」
 ゼシカはザラキの効果を完全に受けていたわけじゃなかった。魔除けの聖印の加護でぎりぎり瀕死のところを保ち続けていたんだ。
「ふぅ…こっちは片付いたよ。ゼシカは大丈夫かい?」
「あぁ、オレとした事がゼシカが死んじまったかと思ってザオラルばかり唱えちまった。実は…瀕死だったにも関わらずな。一応回復呪文は掛けたが、すぐには体力は戻らないと思うぜ」
「それは良かったでがす」
 意識はまだ無いもののゼシカの呼吸は安定している。
 オレはおっさんに言ってゼシカを馬車に休ませ、オレの深紅のケープを外して彼女に掛けた。この寒さの中で動かないでいる事は自殺行為に他ならない。無論、オレのケープだけでは到底寒さを凌ぎきる事は出来ないから毛布を何重にも掛けたが…。




 オークニスに着いてすぐに宿屋へ駆け込んだ。ゼシカがいつ目覚めてもいいようにオレは薬を調合する。
 もしあの時みたいに目覚めなかったら………。
 オレはかぶりを振り、ゼシカの手を取った。彼女のか細い手首からはトクンと規則正しい脈拍が伝わってくる。
 大丈夫だ、生きてる…。
 ゼシカが生きている証だからか、オレはずっとゼシカの白い手を握り続けた───。




 気が付くとオレは椅子に座ったまま寝ちまったらしい。誰かが毛布を掛けてくれたらしく、お陰で寒くはなかったが。
 ふと、ベッドの方を見るとそこにゼシカはいなかった。オレは慌てて立ち上がろうとした。その矢先、ドアが開いた。
「ゼシカ!」
 ………良かった。
 オレは胸を撫で下ろした。
 ゼシカはいきなり呼ばれた事に驚いていた。ぎこちない空気が漂う。
「ぁ…」
「なぁ…」
 沈黙を破ろうとお互いが声を掛けようとして再び気まずくなる。


 先に話を切り出したのはゼシカだった。
「ククール、私の魂が天に召されたと思って慌てたんだって? エイトから聞いたわよ」
 エイトのヤツ…余計な事言いやがって。
 オレは胸中で毒づいた。
「あぁ…あん時はマジでビビったぜ。オレとした事が自分で渡した形見の指輪を忘れて、な」
「ありがと…助けてくれて」
 おっ、珍しく素直じゃんか。そんな風に素直だと逆にいじめたくなるんだよな…よし、少し肩の力を抜いてやろう。
 しおらしいゼシカを眺めているうちにオレは悪心が芽生え始めた。
「きゃっ…」
 オレはゼシカとの距離を詰め、彼女の左手首を軽く握った。
「それはいいとして…何で薬指に嵌まってるんだ?」
 薬指に嵌まっていた魔除けの聖印を引き抜くと、ゼシカはあからさまに狼狽えた。
 こういう顔も可愛いんだよなぁ…。オレは悦に浸る。
「これは、そのっ…中指に入らなかったのよ、だから………」
「ゼシカって本当に素直じゃないよな」
「うっ…うるさいわね///」
 ゼシカの意図はお見通しだ。だからオレはゼシカの弁解を最後まで言わせなかった。
「いつか…ハニーの為だけの指輪をプレゼントするから」
 耳許で囁きながら再びオレはゼシカの手に指輪を嵌めた。勿論、薬指にだ。
 ゼシカは頬を朱に染めて何も答えない。でもその態度が言葉よりも遥かに雄弁に語っている。
 ラプソーンを倒していつか、そんな日が来れば…。
 そんな風に思いつつ、ゼシカをゆっくりと抱き締めた───。

後書き

 最後は一応甘いですけど。でも、私としてはゼシカが目覚めるちょっと前のククールの独白が好きです。実はアドリブで書いたシーンなんですけどね(苦笑) 「大丈夫だ…生きてる」とかククールの不安な気持ちがよく分かるのではないかと。ちなみに魔除けの聖印ですが、ゲーム中とは少し異なる扱いをしています。これはそのまま小説に使ってしまうと話が上手く纏まらなかった為です。

プロット※要反転

 ククール1人称。文の調子は神聖な感じで。
 リブルアーチでの一件後、ゼシカにククールの母親の形見である魔除けの聖印を渡す。ククールの意図としては大切なものをゼシカに預けるという意味と、2度とラプソーンに意識を乗っ取られた時のような惨事がゼシカに起きないようにという意味。

ククール「オレの母親の形見、ゼシカが預かっててくれ」
ゼシカ「私が付けていてもいいの?」
ククール「ああ。何ならオレが左手の薬指に───」
ゼシカ「なら、中指に付けるわ。中指は『男避け』を意味するもの」
ククール「ゼシカはオレ一筋ってわけか」
ゼシカ「バッカじゃないの! アンタを寄せつけない為に決まってるでしょ!」

 戦闘。ブリザードに囲まれる。
 ブリザードはザラキを連発。ゼシカ死亡。

ククール「ゼシカ! ………ザオラル!!」

 ザオラル、効果を現さず。ククール、ザオラル連発。しかし効果は表れない。
 エイトとヤンガスが何とかブリザードを倒す。

ククール「まさか…時間切れ、か…!?」

 蘇生呪文の概念=死んでから魂が肉体から離れるまでの間は有効。
 ククール、そっとゼシカの身体を抱き起こす。ふと、ゼシカの身体がまだ温かい事に気付き、ハッとする。
 左手の薬指(中指ではなく)に嵌まっていた魔除けの聖印でククールは確信。回復呪文を唱える。

 宿屋にて。

ゼシカ「ククール、私の魂が天に召されたと思って慌てたんだって? エイトから聞いたわよ」
ククール「エイトのヤツ…余計な事言いやがって。あん時はマジでビビったぜ。オレとした事が自分で渡した形見の指輪を忘れて、な」
ゼシカ「助けてくれてありがと…」

 ククール、ゼシカの左手を取る。

ククール「なぁ、それはいいとして…何で薬指に嵌まってるんだ?」
ゼシカ「これは、そのっ…中指に入らなかったのよ、だから………」
ククール「ゼシカって本当に素直じゃないよな」

 指輪を1度抜き取る。

ククール「いつか…ハニーの為だけの指輪をプレゼントするから」

 耳許で囁きながら、再びククールの手でゆっくりとゼシカの手に嵌める。

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