冷たい手

 まるで夢のようだったわ…。月影の窓を通ってイシュマウリっていう月の世界の住人に逢うだけでもお伽話のようなのに、その上今は亡きアスカンタ王妃───シセル王妃の魂を呼び戻すなんて。


 魂、かぁ…。………あぁ、いけない。それは考えちゃいけないんだったわ。


 ………そうは思ってもどうしてもサーベルト兄さんの事を思い出してしまう。特にこんな美しい星空の夜は。兄さんと一緒によく夜空を眺めていたっけ。
 サーベルト兄さんは私のただ1人の理解者だった。融通の利かないお母さんや私の悪口を言ってばかりだったメイドの仲裁をいつもしてくれた。
 私はいつもサーベルト兄さんに頼り過ぎてたのかも…。エイト達と旅をするまで何も知らない子供だったんだわ、きっと。
 でも。私はもうあの頃の私じゃない。どんなに望んだってあの頃の私には戻れない。それに、旅を通じて色々分かるようになってきた。「敵討ち」って言ってるけど、それだけでドルマゲスを追うには重過ぎる程の哀しい経験もあった。だから、私はもっと強くなりたい。
「兄さんならきっと分かってくれるよね…」
 私は月を見ながらグラスを傾けた。




「星の瞬く美しい夜に負けず強い輝きを放っている女性が1人、か…。随分と美味しいシチュエーションだな」
「何か用かしら、ククール」
 そんな歯が痒くなりそうな台詞がよくまぁスラスラと出てくるわね…。私はある意味感心した。…もっとも褒めているつもりは無いけど。
「つれねぇなぁ…用が無きゃ来ちゃいけないのかよ」
 彼は不貞腐れてそう言うと私の横に立った。暗い中でも目立つ赤い聖堂騎士団の制服、そして月の光を反射する銀の髪に普通の女の子ならきっときゃーきゃー騒ぎ立てるのかもしれない。確かにスタイルは申し分ないわよ。でもね、こんな気障な台詞言われてそんなに嬉しいものなのかしら?
「エイトに聞いたらテラスにいるって言ってたからさ。寒くないかと思って」
「ありがと…」
 赤いケープを外し、私に掛けてくれた。
 ククールが何かと気遣いをしてくれるのは嫌じゃないし嬉しい。でも、エイトやヤンガスがいたらきっと私は素直になれないんだと思う。だから、今だけはククールに感謝してもいいかな………勿論、仲間としてだけど。
「それにしてもシセル王妃って美人だったなー。本当は2人きりで逢いたかったぜ」
 態度はいつもと変わらない、そうあの女たらしな態度。いつもの私だったらすぐに文句を言ったんだろうけど、兄さんの事を考えてしんみりしていたからかもしれない。私は何も言えなかった。
「…ゼシカ?」
「ううん、何でもないわ」
 私は悟られないように視線を月に戻した。月の光は優しい。太陽は明るくて眩しくて元気になれる。でも、少し感傷に浸りたい時は月の光を浴びるのがいい。とても落ち着くから。


「…もしかして、サーベルト兄さんの事を考えてた?」
「…!」
 不意に紡ぎ出された言葉に私は身体を硬直させる。私…そんなに顔に出てたの!?
「あぁ、やっぱりな」
「どーせ、あんたになんか分からないわよ…」
 ククールの蒼い瞳が一瞬輝きを失ったような気がした。お酒が進んでいるせいも手伝って私はいつもより手痛く突っ撥ねてしまった…ククールにとっても兄の話は禁句だったのに。
「ごめん、言い過ぎたわ」
「気にするな」
 ただ、一言。…気にしてないはずないのに。
 私は気まずくならないうちに話を変えた。
「ねぇ、あの強い光を放ってる星は何て言うのかしら?」
「シリウスだろ。おおいぬ座の。肉眼で見える星の中で1番強くて青白い輝きを放つ星さ」
「ふーん…」
 青白い輝きかぁ…それって私の隣にいる人みたいだ、って思ったのはここだけの話。白銀の髪、それに放っておいてもその存在を周囲に訴えかけずにはいられない人だから。
「ククールは物知りね」
「だろ? オレに惚れた??」
「…バカ、そんなわけないでしょ」
 …ホントに自意識過剰なんだから。そんな風に思いながらも私は徐々に彼の存在を認めるようになってきた気がする。顔と呪文だけじゃなくて、本当は誰よりも細かいところに気付いているもの。
「手が冷たい…」
 お酒のお陰で身体の芯は火照っているのに、手先が冷たかった。私が口許に両手を添えてフーフー息を掛けていると………。
「ククール………?」
 ククールはいつの間にか皮手袋を外していて、その両手は彼の手の中にすっぽりと収まっていた。
「温かい………」
 何故か素直に言ってしまった。ククールの体温がとても心地良かったからかしら? …いつもならこんな事、絶対に無いのに………。
 すっかり冷えきった私の手が少し温まったような気がした。


「もう、放さねぇ」
「………ぇ?」
 独白とも取れる微かな声。だけど、私にははっきりと聞こえてしまった。それに彼のアイスブルーの瞳は真剣な光を讃えていたから…。どう返事をすればいいか分からなくなって、私は間の抜けた声を上げた。だってそんな事、1度も言われた事無かったもの…。
 すると、ククールは口の端を吊り上げて、
「…なんてな」
 こんな風に付け足した。
 …もぅ! からかってたのねっ!!
「やっぱりアンタってサイテーだわ! 全女性の敵よ!!」
 彼の手を私は無理矢理解いた。そしてククールが口を開く前に捲し立てる。
「今から半径3m以内に近づかないで! 近づいたら容赦なく燃やすからっ!」
 そう言い残し、私はさっさとテラスを後にした。


 …顔が熱い。あぁ、もぅククールがあんな事言うからだわ!
 部屋に入ってからも何だか落ち着かない。何だかとてもそわそわするの。
 ………ぁ、ちょっと待って………。
 私はとんでもなくイヤな事実に気付いた。結局ククールのペースに巻き込まれていた、という事実に…。
 さっさと忘れちゃえばいいんだわ、うん。そうしましよ。それで次は絶対躱しきってみせるんだから!
 私はグラスに残ったワインをゆっくりと煽った───。

後書き

 私にしては珍しく少しだけケンカップル調のククゼシでした。しかもゼシカの独白メインです。本っ当に気障な台詞ですよねぇ〜自分で書いてて言うのもあれですけど! 実は…これ、一部実話です(マテ) どこが実話かって言うと…ククールの台詞が、です(ぉぃ)(勿論、ククール調になっていますけど(笑)) ゼシカの突っ撥ね方は違いますけど、「自意識過剰」とか私がしょっちゅう言っている事だったり、そうでなかったり…(どっちだよ)

 ちなみにククールを暗喩している月。ゼシカはまだ自分で気付いていないけど、ククールがいると気持ちが落ち着くっていうイメージです。それからゼシカ自身も認めているシリウスもククールの比喩です。シリウスは星座の本を見て3月頃の夜空に輝く星から選びました。青白い星だと言う事を思い出し、ククールと重ねてみました。さらに本編では語っていないのですが、青白い星と言うのは赤やオレンジの星にくらべると温度がとても高いんです。だから見た目がクールそうなのに実は熱血なククールっぽいかなぁ…と(後書き書いてて今気付きました(笑))。えらく後書きが長くなってしまってすみません;; 読んで下さってありがとうございました。

プロット※要反転

 ゼシカ1人称。
 冷たい手。ゼシカが「手が冷たい」と言うとククールがゼシカの手を両手で包む(ちなみに手袋を外しているのがベター)。

ククール「もう、放さねぇ」
ゼシカ「………ぇ?」
ククール「…なんてな」

 最後のククの台詞は冗談っぽく終わらせる時に。無くしてマジな終わり方もあり。

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