星のペンデュラム

「………っ! サーベルト………兄さんっ!!」
「ゼシカ………もう、側にいてやることが───」


「いやぁぁっ! 兄さんっ!!」


(夢かぁ………………)
 ゼシカは最愛の兄───サーベルトのことを夢に見てしまうことが時々あった。しかし、それは大分前のことであって、最近のことではなかったはずなのだが。
「みんなを起こしちゃったかしら?」
 ゼシカは自分の声で3人が目を覚ましていないか確認した。
 どうやら、全然気づいていないようだ。
(少し外の風邪に当たってこよう………)
 そのまま寝る気分にはどうしてもなれなかったので、ゼシカはふらふらと立ち上がってベッドから出た。
「これから外に? 寒いし、モンスターにも注意して下さいね」
 シスターの忠告を素直に受け取り、外に出る。
 雪国───オークニス地方に近いせいもあってか、外はかなり寒かったが、そのお陰で空気は澄み切っていて、夜空には美しい星々が瞬いている。
 ゼシカは近くにあった木にもたれた。
「最近は、あんな夢………見なくなったのにね」
 ゼシカは溜め息をつき、ひとりごちる。
 サーベルトが死んだ直後は確かによくあったことだ。しかし、他でもないゼシカ自身がこの旅を通してそのことにはしっかりと踏ん切りをつけている。
 ………それでも、兄への想いはやはり強かったのだが。
 夢、というものは人の潜在意識が創り出す。
 潜在意識───普段は決して表れることのない、心の奥底に存在するもの───には誰でも他人には触れて欲しくない、『心の傷』というものがあるものだ。
「はっ………! ゴーレムッ!!」
 考えごとについ没頭していたせいで、反応が遅れてしまう。
 旅人のために建てられた教会には大抵、モンスターを寄せつけないように聖水を振り撒いて結界を張っているのだが、夜になると、多少効果が薄れるのかもしれない。
「メラミッ!」
 杖を構え、ゼシカが使える呪文の中で1番威力のあるものを選ぶ。
(ううっ………何て強さなの)
 そんな中ゼシカは普段の自分がどれだけ仲間に頼っていたかを思い知る。
 彼女はもう1度集中して杖を掲げた。
「ベギラマッ!!」
 メラ系とは異なる、帯状の炎がゴーレムを攻撃した。
「………!」
 それでも、致命傷には至らなかった。
 ゴーレムは再び襲ってくる。


 ………………はずだったのだが。


「………?」
 少しでも衝撃を逃がそうと構えた盾には、いつまで経っても攻撃が来ない。
 ゼシカは恐る恐る目を開いた。
「大丈夫だったか?」
 彼女の眼前にはゴーレムに止めを刺し、剣を鞘にしまうククールの姿。
「ククール………どうして?」
「そりゃあ、レディのピンチには駆けつけないとね」
 いつもの気障な台詞でククールは答えた。
「………取り敢えず、ありがと」
「どういたしまして」
 ゼシカはこの気障な台詞が苦手ではあったが、危ないところを助けてもらって何も言わない程薄情ではない。
「治してやるよ………ベホマ!」
 短く印を切り、治癒の呪文を唱えるとたちどころにゼシカの傷が治っていく。
 彼女はスカートの裾をはらうと、ククールの方を見た。
「ねぇ………ククール。ちょっと話し相手になってよ」
「仰せのままに、愛しのハニー」
「んもぅ、茶化さないで!」
 どんな女性でも口説けるといわれるククールの気障な台詞もゼシカには通用しない。
 そこがまた、ククールにとって惹き付けられる部分ではあったのだが。
「寒いだろ、使えよ」
 聖堂騎士団の外套を受け取り、横目でちらっとククールのことを1度だけ見てからゼシカはそれを羽織った。
「で、話っていうのは?」
 2人は近くにあった丸太の上に腰を下ろした。
 暫くゼシカは俯いたまま、黙っていた。
「………………サーベルト兄さんの、ことなの」
 普段の彼女からは想像できない程弱い声だった。
「夢でね、見ちゃったの。兄さんが、殺される瞬間を………」
 彼女は努めて平静に語った。
 だが、ククールの側からしてみればそれはただの強がりにしか見えない。
「最近は………そんな夢、見なかったんだけど………」
 ゼシカはぽつぽつと付け加えた。
「………ゼシカにそんなに想われている、兄貴が羨ましいな………」
 どこか、浮ついた口調のククール。
「ちょ、ちょっと………!」
 言おうとして、ゼシカは思い留まった。
 ククールが自分の兄、マルチェロのことを思って言っているのが分かったからである。
「オレでよければ、手助けしてやろうか?」
 暫く星を見ていたククールが、不意に口を開いた。
「………うん」
「じゃあ………」
 ククールが取り出したのは水晶でできたペンデュラムだった。
「………催眠術?」
「まぁ、そんなもんだな。でも、オレのはホントによく効くぜ?」
 どこでそんな術を覚えたのか、という疑問はあったが、ククールにそう言われると不思議と効きそうに思えてくる。
「夢なんか怖くない………安らかに眠れる………」
 水晶がきらきらと光り、星のように見える。


 ぱんっ!


 急に、ククールは手を鳴らした。
「もう大丈夫だぜ」
「本当に?」
「ああ」
 そう………、とゼシカは短く呟いた。
 疑っているわけではなかったが、何となく不思議な気分である。
「それじゃ………お礼をもらおうか」
「!」
 ククールがゼシカを上向かせようとして、反射的に彼女は平手打ちをしようとした。
 だが、抵抗する右手も押さえられ………。


 ぱちんっ!


「………………???」
「そういうことは、無理矢理するもんじゃないしな………」
 冗談っぽく笑うククール。
 いわゆる『思わせ振り』というやつで、実際のところはゼシカの額に軽くデコピンしただけだ。
「んもぅ、最低ッ!!」
 我に返ったゼシカはふんだ! という素振りをしてみせる。
「おいおい、そんなに怒る………………………?」
 ククールはその言葉を最後まで言うことができなかった。
 とはいうのも、彼の頬に優しくゼシカの唇が触れたからである。
「今は………これだけよ」
 年相応の女性のように恥じらい、俯きながらゼシカは言った。
「………………十分だ、ゼシカ」
 ククールはゼシカが触れた部分に手を遣る。
 2人の頭上を流れ星が駆けていった───。

後書き

 初のククゼシでした! あぁ、恥ずかしい(>〜<) 私の中ではククゼシとはいえ、ゼシカの方からキスしそう………とか思っちゃったりして、こういう小説が出来上がっちゃったのですが………(汗)ククゼシファンの方にはどんなふうに映るんだろう………? 辛口評論だったら怖いなぁ………。

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