妖精の鎮魂歌

「アン姉さんはこの丘が大好きだった。鳥と一緒に歌っていたあの頃───」
　涙が頬を伝う。
「姉さんは幸せだったのかしら………」
　タルトはアンのことを思う。
「きっと幸せだったに違いないよ」
　後ろから声をかけられ、タルトが振り返る。リオンは持ってきた花束を作り終えたばかりの墓の前に添えた。
「他の誰が何と言おうとも少なくともタルトだけは信じてあげないと。でないと彼女が可哀想だ」
「うん………」
　沈黙が訪れる。太陽が西に傾き始め、空を朱の色に染め上げる。
　先に沈黙を破ったのはタルトの方だった。
「どうしてエルフと人間は相容れないんだろうね。人間だってリオンやアレス、ミントみたいにいい人だっているのに」
「それは………」
　リオンはタルトの率直な問いにすぐ答えられなかった。これは安易に答えていいものではないと思ったからだ。
「人間は………住処を拡大するために自然を壊したり、綺麗事だけじゃ済まないところもたくさんある。だから、エルフ達は人間のことを嫌うんだろうな」
　やっとのことで見つけた答えを伝える。
「でも、お互いがお互いのことを理解するように努力していけば少しは変われるかな？」
　涙で滲んだ目を擦りながらタルトが言う。
「そうだな。タルトみたいなエルフがいれば少しずつ変わっていくかもな」
　リオンは空を見上げた。西風が優しく頬を撫でる。
「無理、しなくていいから泣きたい時に泣かないと。話ならいくらでも聞いてあげるから、さ」
「ありがとう………」
　タルトは潤んだ目でリオンを見つめた。
「姉さんはどんな気持ちで泉に入ったんだろうね」
「きっと複雑だったんだろうな。でも、今は天国で２人とも幸せにしているさ」
　再び訪れる沈黙。その沈黙を破るかのようにリオンはタルトを自分の側に引き寄せた。
「オカリナ吹いてくれないか？　アンを弔うためにも」
「うん」
　タルトはオカリナを取り出した。エルフの一族に伝わるそのオカリナには美しい装飾がされている。
　リオンは黙ってタルトの演奏に耳を傾けていた。それは美しくもあり、哀愁漂う旋律でもあった。
「この曲はね、エルフの一族に伝わる『妖精の鎮魂歌』っていう曲なの………。私達は長命だからいろんな種族の『死』という場面によく遭遇するわ。そんな時は必ずこの曲を吹いて弔うの」
　吹き終わったタルトはリオンにそう説明した。
「上手く言えないけどさ、絶対アンは幸せだったと思う。臭いセリフだけど、タルトがそう思っていればアンも喜ぶさ」
　頭を掻きながら照れくさそうに、しかし力強くリオンはタルトに言った。
「ありがとう。私ね、本当はもっと世界を見てみたいの。ほら、エルフって自分達の世界に囚われていて、外の世界に目を向けようとしないから………。だから、姉さん達のような運命を辿る人が出てくる。きっとお母様も本当はそのことを認めていらっしゃるはず。だけど、お母様はエルフの女王───エルフの民を導く立場だから、保守的な立場を取らざるを得ないのよ」
　彼女の表情は先程と変わらず憂いに満ちていたが、それでも前に進まなくてはいけないといった思いが伝わってくる。
「私、リオン達が羨ましかった。世界中を旅して、いろんな人達と触れ合って。そうやってもっとみんなの役に立ちたいって思ったの」
「俺だって、タルトが一緒だったら嬉しいよ。あっ、ほらだってうちのパーティは攻撃呪文の使い手がいないし。でも何よりタルトと一緒だとホッとするんだよな。………って俺ってばなんか変なこと言ってるような気がするけど」
　照れ隠しにリオンは明後日の方を見た。
「リオンにそう言ってもらえて嬉しいわ」
　タルトの曇りがちだった表情に初めて光が差した。その笑みに思わずリオンも笑う。
「俺のことを見てみんなが『勇者』って言うけど、俺にはそんな自覚なんて無いんだよな、本当は。ただ、これだけは分かった。俺は、タルトが目指している世界と同じ世界を目指しているんだって」
　その言葉を受けて、タルトは何かを決心したようだった。
「私、決めた！　お母様にリオン達の旅に同行したいって言ってみるわ」
　タルトは立ち上がってまっすぐリオンの青色の瞳を覗き込んだ。
　リオンは少し考えてからこう答えた。
「分かった、俺達はノアニールの村で１週間待ってるよ。ただ、女王様の言うことだけは絶対に守らなくちゃダメだからな」
「うん」
「リオーン、そろそろ行くよー」
　遠くでミントの声が聞こえる。
　リオンは立ち上がってマントの裾を払うと、タルトの方を向いた。
「お別れは言わないよ。不思議とまた会える気がするんだ。………今度会えたらその時はきっと───」
「一緒に旅をしようね」
　タルトは微笑むと丘を駆けていく。その様子を見送りながら、リオンもゆっくりと下りていった。
　

「今日で１週間が経つな」
「タルトはやっぱり許してもらえなかったのかしらね」
　ノアニールの村の宿屋から出てきたばかりのアレスとミントはこんな話をしていた。
（タルト………その方が安全で幸せだろうな）
　リオンはタルトに再び会えるだろうという淡い期待をしつつも、先に進むためにノアニールの村を後にした。
　ノアニールの森は来た時よりも美しい木々が生い茂っていた。まるで、止まっていた時が動き出したかのように。
　そんなことをリオンが考えていた時だった、聞き覚えのある声が聞こえてきたのは。
「リオーン、ミント、アレス！」
「タルトッ！？」
　驚いて３人は振り返った。そこには確かにあのエルフの少女がいたのである。
「お帰り、タルト！」
「ただいま！」
　リオンは笑顔でタルトを迎えた。
　彼女は駆け寄ると３人の輪の中に飛び込んだ。そして１人１人と抱擁を交わした。
　それはパーティに４人目の仲間が加わった瞬間であった───。

後書き

　初めて書いたドラクエ小説、いかがでしたか？　自分としては恥ずかしい限りです。３の小説を書こうと思った時に１番最初に思い浮かんだ場面がノアニールのシーンだったんで、マイキャラ勇者×魔法使いという形で書いてみました。まだ爪が甘くて全然カップリングになっていませんがその辺は御容赦下さい（汗）できたら感想などをいただけると嬉しいです。そのうち長編にもチャレンジしようと思うので、リオン達を応援していただけたら幸いです。