「ヒルダ! 休戦協定だなんて一体何が起きたの!?」
「知っての通り、トラザ山岳基地のアーチが崩落したのよ。その影響で土砂崩れが起き、あちこちで汚染水が溢れ出したわ…」
GRFのオペレーター長───ヒルダからヴァルキリーは状況の確認を取っていた。
「アスムさんがまだ戻って来ませんわ…」
「大丈夫だとは思うが…あいつは丁度崩落地点辺りにいたようだ。何かあったらこちらから動かないといけないな」
心配するアキを落ち着かせる為、タナトスは言った。
「そうね…。それで、戦闘再開はいつ頃になりそう?」
「今はマグメルが各プラントの移設をしている最中よ。夜には…ってところかしら?」
ヴァルキリーは窓からベースを見渡す。
機体損傷が激しいブラストや怪我を負ったボーダーで周囲はごった返しになっていた。
彼女の機体も呂布と戦った時に破損した部品を交換してもらっている最中である。
「…待たせたな」
「あ、アスム!? 無事だったのね!」
「良かった…ですわ」
アーミータンクに変色した血がこびり付いている。
流石に無傷とは行かなかったようだ。
「救護を…付き添いますわ」
「ああ、サンキュ」
アスムとアキは隊長室から救護室へと向かった。
「ヴァルキリー、どうした? 顔色が良くないな…お前も、夜まで休んだらどうだ?」
「いいえ、私は大丈夫よ。タナトスこそ休んでちょうだい。アキから先程聞いたわ。彼女のサポートをしてくれてありがとう」
「大した事じゃない。あいつはまだまだ伸びる。鍛え甲斐がありそうだ」
タナトスはそう言ってニヤリと笑った。
ヴァルキリーもまた、微笑みを返す。
「じゃあ、お言葉に甘えるとするか。ただ、無理はするなよ?」
「ありがとう。気持ちは頂くわ」
彼もまた、隊長室を後にする。
誰もいなくなった部屋で、彼女はこれからの事を何となく予期していたのだろうか。
一筋の涙が頬を伝った───。
「何故、あの紅い支援乗りは俺の前に必ず現れるのだろうか?」
呂布は考えた。
しかし、何も思い付かない。
否、何かが頭の中で引っ掛かっているのだが、考えようとするといつも激しい頭痛に襲われるのである。
その度に彼は薬を服用していた。
それは重傷を負って以来、EUSTの本部医療機関から処方される鎮痛剤だった。
その鎮痛剤が無くなりそうだったので、呂布はいつものように薬を貰いに行こうとした。
そこで、思わず立ち止まる。
EUSTの幹部が自分について話しているのを偶然立ち聞きしてしまったのである。
「あの軍神を引き入れて良かった」
「ああ。薬による洗脳が上手く行っているようだな…」
(俺は…洗脳されているの、か? 俺は…一体!?)
頭が混乱する。
微かに想い出したのはある機体だった。
ツェーブラとヘヴィガードの混合による黒色の強襲兵装───。
ヘヴィガードを中心に自分と同じE.D.Gβの腕で組まれた漆黒の支援兵装───。
(何か…想い出せそうだ…くっ…)
そして、紅い支援兵装。
自らが搭乗する緋色の機体と瓜二つなあのブラスト。
胴体と脚にツェーブラではなく、ケーファーを用いている事まで想い出す。
(…あと、少しで何か掴めそうだ…だが…っ)
普段と比べ物にならない痛みが彼を襲う。
『マグメルによるプラント移設作業が終了しました。これより、各ボーダーは戦闘再開に向けて出撃準備をお願いします』
EUSTの新人オペレーター───チヒロのアナウンスが聞こえる。
呂布は痛みを引き摺り、そのままメンテナンスの終わった紅い機体に乗り込んだ───。
「これが、きっと最後の戦いになるわ…」
何となく、想像が付いた。
そして、それがどのような結末を迎えるのかも…。
ヴァルキリーは感傷に浸った。
だが、時間はそれすら許さなかった。
「それでも、私はあなたを───」
愛しているわ───。
それは紛れも無く、1人の女性としてだった。
また、指揮官として、戦乙女としての彼女ではなく、ただの女として生き始めている証でもあった。
その事に彼女自身が気付いてしまい、複雑な胸中を表すかのように表情を失う。
「システムオールグリーン! ヴァルキリー、出撃します!!」
次の瞬間にはいつもの彼女に戻っていた───。
徐々に霧が晴れていく。
トラザ山岳基地での夜間戦闘の幕開け───。
それは、煌めく空に似合わぬ血腥い(ちなまぐさい)香りが漂い始めていた。
「ヴァルキリー、行くんだ! あのアーチ上に呂布はいる!!」
「お気を付けて!」
「頑張って来い!」
「ありがとう。行って来るわ!」
偵察機を飛ばしたアスムが、M99サーペントを手にしたアキが、そしてSW-ティアダウナーを片手に敵を薙ぐタナトスが、ヴァルキリーに声援を送る。
彼女もまた、それに応えるかのように機体を駆る。
「紅い…支援乗り…戦、乙女…?」
スコープ越しに呂布はヴァルキリーを見た。
その時、彼の中で閃くものがあった。
「ヴァル…俺は、俺は…!」
総てを想い出した。
仲間と、それから恋人の事…。
そしてあの日、アトラント榴弾砲を浴び、中破した機体をタナトスに捕縛された時の事…。
更に、集中治療室で重傷の怪我を治す際に、投薬された事を…。
しかし、時は既に遅し。
(何故、運命はこうも皮肉さを帯びているのだろうか…?)
手にした遠雷は戦慄いた(わなないた)。
「もう引き返す事は出来ない。幾人の仲間をその手に掛けただろうか…? たとえ、今戻ってもその先にあるのは死でしかない。…ならば、せめて彼女の手で…」
意を決する。
それは、彼にとって最後の戦い。
「この戦争はまだ続く。その間に彼女もまた死を迎えるだろう。だったら、彼女を殺すのもまた自らの手で。それこそが俺の望み…!」
呂布は震える手を諌め、レティクルを彼女に合わせた───。
「呂布…!? まさか…?」
彼女は気付いた。
呂布に記憶が戻った事を。
決して外さないはずの正確無比な射撃。
それが、わずかに戦乙女の紅い機体を掠める。
まるで、自分の存在を見つけてくれと言わんばかりに…。
そして、その存在を消してくれ、とも…。
「彼の銃口は私を捕らえて離さない。…私を一緒に連れて逝こうと言うの? いいわ、最後まで付き合ってあげる。だって、私も…彼がいない世界なんて必要としないもの」
2人はアーチ上で対峙した。
ヴァルキリーはワイドスマックを、呂布は38式狙撃銃・遠雷をその手に掛ける。
言葉は要らなかった。
ただ、月明かりの中、撃ち合うのみだった。
「強く…なったな、ヴァル」
「呂布…あなたに、少しでも追い付けたかしら…?」
遠雷の劣化ウラン弾は微かにヴァルキリーの機体に当たったのみだった。
連れて逝きたいと思いつつも、どこかで彼女に生き抜いて欲しいと願ったのだろう。
その心が精緻な射撃を鈍らせたのである。
一方、ワイドスマックの散弾はほぼ呂布のブラストに直撃し、電気系統が激しくショートした。
緑色に輝く巨大人工衛星───エイオースを背に、戦乙女は悠然と構える。
その様を見て、軍神はフッと顔を綻ばせた。
既に、意識は半分血の海の中だった。
「呂布…あなたの傍にいられて、私…ずっと、幸せだったわ」
ヴァルキリーは号泣する。
それは、涙で前が見えなくなる程だった。
「俺も…ヴァルと出逢えて良かった…」
顳かみ(こめかみ)から血が流れ落ちる呂布もまた、同じように考えた。
もし、戦争が終わっていたら…と2人は想う。
仲間と最愛の恋人の傍で幸せそうに笑う自分達を想像して、顔を緩める。
「すまない…そして、ありがとう」
「たとえ、生きていなくても、私はあなたの傍に…」
既に機体を動かすだけの力が無い呂布の手にそっと、遠雷を握らせる。
そして、自らもまた、ワイドスマックを彼に向けた。
この距離で外す事は、お互い有り得ない。
そういう状況だった。
ズドンッ!
示し合わせたかのように、2人は引鉄(ひきがね)を引いた。
そして、橋の上から崩れるように落下する2機…。
その水辺には折れた紅い翼が突き刺さっていた───。
「戦闘は確かに終わった」
「ええ、確かに私達の勝利でしたわ…」
だが、やるせなかった。
その代償には大き過ぎる犠牲だった。
「せめて、2人を機体から出してやろう…」
「ああ…」
コックピットのハッチを強制開放し、アスム達はヴァルキリーと呂布をそこから連れ出した。
ふと、その時3人は気付く。
2人の顔が満足そうに微笑んでいるのを───。
後書き
最後はこうなる、と最初から決めてそこに至るまでの道のりを書いて来たわけですが、本当に2人は幸せだったのか、私自身がよく思い悩んでいます。バッドエンドでしたが、死によって戦争から解放される事で、本当の意味で恋人になったのだろう、と考えています。
解説 運命〜Destiny〜
指環は実際にFairyに対して贈られたものがモチーフになっている。「女としての幸せ〜」の話はFairyの体験が元になっている。耐性保持者に関する記述は1.5マスターズガイドより。ニュード=生殖毒性である事が語られている。
戦闘中に遠雷とE.D.G.β腕によるリロード時間を割り出すヴァルキリーは現実でFairy(=本当は葉月蓮華(はづきれんか)名義)が行ったリロード速度検証が元になっている。戦闘を悦しむ表情については現実の2人同様である。それを狂っていると表現しているところも同じ。
呂布が近距離射撃を得意とする点も孫尚香♪が元になっている。遠雷VSワイドスマックのシーンは実話。また、アスムのアーミータンクは実際の彼のアバターから。