第5話 運命〜Destiny〜(1)

「タナトスさん、あの…」
「ん、何だ?」
 演習室───コンピューターによる模擬戦闘が行える場所で、アキはタナトスに切り出した。
「剣の扱い方をわたくしに教えて下さりませんか? 先日の戦いで、わたくしはわたくしの至らなさを痛感しましたの」
「それならば、単純にデュエルソードとSW-ティアダウナーの扱い方の違いだ。必ずしも、SW-ティアダウナーが最強と言うわけではない。そこに座って、まずやってみろ」
「分かりましたわ」
 アキは実戦と同じようにデュエルソードを構え、CPU機に向かっていく。
 アサルトチャージャーを使ったその動きに無駄は無いように思えた。
「ふむ。じゃあ今度は俺が演習の相手をしよう。今と同じようにやってみろ」
「了解ですわ」

 ガキンッ!

 アキのデュエルソードはタナトスの一撃によってあっさりと封じられてしまった。
「デュエルソードは一撃が軽い分、SW-ティアダウナーよりも素早く繰り出せる。つまり、最低でも相手と同時に繰り出せれば当てられるわけだ」
「それは分かっております。でも、今のは…」
「攻撃範囲だ」
 タナトスは短く言葉を切ってアキの顔を窺う。
 彼女は真っ直ぐ彼を見つめ返した。
 しかし、それはやや困った顔のようにも見える。
「デュエルソードはSW-ティアダウナーに比べて短い分、更に踏み込まなければならない。確かに、アキは俺と同時に剣を振った。狙いも外れていない。それでも、俺が勝ったのは攻撃範囲を見切って繰り出したからだ」
「つまり、攻撃範囲を身体で覚える必要があるのですね」
「そうだ。次の戦闘で見ていてやるから、使いこなしてみろ。…だが、アキはまだボーダーになってからそう経ってはいないだろう? 何故そんなに焦るんだ?」
 アキは1拍置いた後、短く言葉を紡いだ。
「隊長の、為ですわ」
「そうか…」
 その一言で何が言いたいのか分かった彼はただ遠い目をしながら返事をした───。




 一方、ヴァルキリーとアスムは隊長室で次の戦場の戦術考察を行っていた。
「トラザ山岳基地か…高低差のある場所だな。もし、呂布と対峙する事になったら、かなり苦戦を強いられそうだ」
「そうね。彼が出て来るかどうかは分からない。でも、きっと私達の前に現れそうな気がする。その時は、私の手で…!」
 唇を噛み締め、悲壮な決意を固めるヴァルキリー。
「恋人同士を戦わせるくらいなら、俺が呂布を倒す!」
 アスムは見ていられない、とばかりに反論する。
 それを、ヴァルキリーは静かな声で遮った。
「彼を止められるのは私だけ。たとえ他に倒せるボーダーがいたとしても、彼の心を救ってあげられるのは私だけだから…」
 いつに無く、覇気が無い。
 本当は自分達の元に戻って来て欲しいという想いがアスムにも伝わったのだろう、彼はそれ以上追及しなかった。
(戦争は…オレ達は当たり前のように戦って来たけど、惨いな…)
 誰よりも仲間思いな彼にとっても、それはいたたまれない現実だった。
「ヴァルキリー…そんなに思い詰めたら、勝てるものも勝てなくなる。俺達にも少しは任せろ。絶対に呂布を連れて帰ろう。な?」
 アスムの屈託の無い笑顔と共に向けられた言葉は確かに嬉しかった。
 だが、彼女はどこか淋し気な笑いを返した───。




 アスムとの戦術考察が終わり、誰もいなくなった隊長室の椅子に腰掛けながら、ヴァルキリーは書類に目を通していた。
 ふと、その書類から目を離し、首に下げられていた認識票を手に取る。
 正しくは一緒に通してあった銀色に光る指環を、だったが。
(…全く、あなたはいつでも強引なんだから…)
 その瞳には薄らと一筋の涙が光っていた───。


 それはある休日のひと時だった。

『次の戦場では迷彩でコアを狙いに行く』
『それなら、私も同行するわ。傍目には私が単騎で乗り込んでいるように映るもの。その隙に敵ベースを目指すのよ』
『それは構わんが、ヴァルの負担が大きいだろう…やれるのか?』
『やるわ。ヘヴィマインVを駆使すれば出来なくはない。重火力兵装が混じっていると厄介かもしれないけど、その時はその時だわ。私の目的は敵の陽動。あなたはその裏をかいて』

 ロビーでそんなやり取りをしていた。
 休日だと言うのに甘さも何も無い。

『ヴァルキリーも呂布も折角の休日なんだ、たまには羽でも伸ばして来い』

 見兼ねたアスムが割って入る。
 2人共、渋々という形ではあったが新ブロア市街地まで出掛ける事にした───。


 その日の夕方、買い物から帰って来たヴァルキリーと呂布は隊長室で紅茶を飲んでいた。

『ヴァル…渡したいものがある。先程、お前がいなかった時に買ったんだが…』
『何?』

 ダージリンのいい香りがする中、呂布は小さな箱を取り出した。

『受け取ってくれるか?』

 小さなハート形の石が付いた指環。
 それを見て、ヴァルキリーは淋しそうな顔をした。

『受け取れないわ…ごめんなさい。だって、私は女としての幸せは捨てているもの…』

 彼女は一旦間を置き、続けた。
 視線はやや下を向いている。

『知っているでしょう? 耐性保持者は子供を成す事が出来ない…そんな結婚に何の意味があると言うの?』
『それでも…ヴァルはボーダーではなく、1人の女性だ。…俺の前ではな』

 本音を語る彼女に、臆する事無く接する呂布。
 その目はいつもに増して真剣だった。
 だが、ヴァルキリーはそれでも頑に拒み続ける。

『それに、操縦桿を握る時に邪魔になる。あなた程でないにせよ、精密射撃が出来るに越した事は無いもの』
『それならば…こうしよう』

 そう言うと、彼は彼女の項(うなじ)に素早く手を回し、認識票の付いたチェーンを外す。
 そしてその鎖に指環を通し、再びヴァルキリーの首に掛けた。

『これならば、邪魔にはなるまい』
『………あなたって人は…本当に』

 強引なんだから、と苦笑いをしつつ、彼女は席を立つ。
 紅茶に合うケーキを取りに行く為だった。
 …尤もそれは、単なる照れ隠しの口実だったのだが。
 呂布は追うように立ち上がると、ヴァルキリーを背中越しにそっと抱き締めた。
 彼女はビクッと肩を振るわせる。
 突然の彼の行為に驚いたのだろう。
 呂布はそのまま暫くヴァルキリーを抱いていたが、ゆっくりと彼女に顔を近付け、頬に添えた右手で彼女を振り向かせた。
 そして、静かに彼女の唇を奪うのであった───。

後書き

 演習室でのシーンは本当はもっとこう…ほんのり甘い感じにしようかと思ったのですが、キャラを借りている2人の中の人が両方共男性なので、自粛しましたwww← なので、アキはアスムとタナトスと両方に取れるように見えますが、特にどちらと…と言う風には決めていません。

 ヴァルキリーと呂布の回想シーンは甘さを入れつつも、戦場での恋人と言う独特の雰囲気を放つよう、常に心掛けています。

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