第4話 邂逅〜Encounter〜(2)

「ここまではノーマーク。やけに静かですわね…」
 アキは着実にEUSTのベース付近までスネークしていた。
 射角の範囲外からデュエルソードで斬り付け、自動砲台を壊す。
 ここを越えれば敵コアは目前だった。
 しかし…。


「───!!」
 言葉を発する事もままならないうちに、死角からのタックルでアキは吹き飛ばされた。
 受身を取る事も出来ず、地面に叩き付けられる。
 何とか視点を移動させると、敵の強襲兵装がAC-マルチウェイを用いて接近してきたのが分かった。
「ここまで来て、失敗は許されませんわ!」
 彼女はすぐに身を起こそうとした。
 しかし、フルE.D.G.で身を固めたその白い機体はアキがレバーを入れ直すよりも素早かった。
 そして、その華麗とも言える、流れるような動きで容易く距離を詰め、彼女の黒い機体を片脚で踏み付ける。
 更に、SW-ティアダウナーを首筋に突き付けられた。
 完全に動きを封じ込められた格好である。
(殺される…!!)
 アキは観念して目を瞑った。
 だが、いつまで経っても恐れた衝撃は来なかった。


「…殺すなら一思いになさればよろしいものをどうして?」
 アキは驚きを隠せない。
 これだけの機動力を有しているのであれば、自分など簡単に行動不能にさせられると思ったからである。
 そんな中、敵方からGRF側の周波数に合わせて通信回線が開かれた。
 若い男の声が響く。
「こちらEUST第3中隊長、タナトス! そちらの隊の隊長は『戦乙女』か!? 頼む、彼女に会わせてくれ!」
「こ、この状態で…それを信じろと仰るの!?」
 思わずアキは怒鳴った。
 彼がほんの少しでも手を動かせば自分の機体ごと真っ二つに出来るのである。
 罠かもしれない、と彼女は思った。
「ならば、これなら信じられるか?」
 しかし、彼はそう言い放つと、徐(おもむろ)に首元に突き付けていたSW-ティアダウナーを放り投げ、脚を退けた。
 その剣は放物線を描き、地面に突き刺さる。
 そして、同じようにヴォルペ突撃銃FAMを投げ捨て、41型強化手榴弾は安全装置を外さないまま彼女の機体の傍に全て置いた。
 最後にやや距離を取り、立ち上がるアキの目の前で両手を上げて降参の意を示す。
「…どうして、そこまで…?」
「軍神は今、こちら側に付いている。そして、彼は秘密兵器を使っている。今頃、そちらの戦線は崩壊しているだろう…」
 にわかには信じ難い事実に彼女は愕然とする。
 呂布がEUST側に下った事はアキも知っていた。
 だが、まさかこのような形で自分達と再会するとは思ってもいなかったのである。
 彼は真剣な声で続けた。
「確かに俺は彼を引き入れたいと思い、工作をした。だが、それはあくまでも説得に応じてくれるかもしれない、そう考えての事だった。しかし、EUST上層部は違った。…軍神を確実に自らの駒にしようとしたのだ」
 …信じたくは、無かった。
 ヴァルキリー隊に所属してから間もないアキにとっても、呂布は大切な仲間である。
 そして、一緒に戦ってきた時間は短いものの、彼の腕前は彼女も知っていた。
「…分かりました。隊長に取り次ぎ致しますわ」
 意を決して、アキは彼にそう伝えた───。




「ヴァルキリー隊長! こちらアキですわ! 至急ベースまでお願いします!! EUST第3中隊長のタナトスさんが隊長との接触を要求してきていますの」
(タナトス? 『死神』の異名を持つ彼が───!?)
「分かったわ、今戻る!」
 戦闘中にこのような事態が起きるなど、完全に想定外だった。
 だが、彼には何度か会った事があったし、何より敵とは言え信用の置ける人物だとヴァルキリーは判断していたので、前線を他の者に任せ、アスムと共に一時離脱に踏み切った。


「お待たせしました。こちらGRF戦闘指揮官ヴァルキリーです」
「久し振りだな、前に新ブロア市街地の居酒屋えいおーすで会って以来か?」
「今は両軍にとって無駄話などしている場合ではありません。…素早く用件を」
「急かさなくてもいいだろうが…まぁいい。そちらにとって有利な情報を俺は持っている。どうだ、俺をあなたの隊に加えてはもらえないだろうか?」
『えっ!?』
 アスムとアキが揃って声を上げた。
 敵将の1人がこちらに寝返ると言われれば、誰だって彼らのような反応を示すのが普通だ。
 しかし、ヴァルキリーだけは冷静だった。
 アキからタナトスとの面会を設けて欲しい、と言われた時点で彼女は何となく予測が付いていたようである。
「理由を聞かせてもらうわ」
「いいだろう…」
 ヴァルキリーは態度を軟化させ、仲間と同じようにタナトスを扱う。
 彼はアキに話した内容を彼女にも語った。
 それを聞いた彼女は確信する。
「EUSTのあまり良くない噂を聞いた事があるわ…」
 ヴァルキリーは渋い面持ちのまま、切り出した。
「彼は…洗脳を受けているのではないかしら?」
「…そうだ。何故分かった?」
 戦乙女の戦術眼や観察眼、情報収集能力についてはマグメルに所属するボーダーの多くが知っていた。
 無論、タナトスもである。
 それ故に彼はあまり驚かなかったのだが、その答えに辿り着いた理由には興味があった。
「狙撃に狂いが無い。いいえ、無さ過ぎる。普通、どんなに平静を装っていても、銃を手にすれば狙いはブレる。況して狙撃銃は高度な精密射撃が要求される武器。それを意図も容易く当ててくるとなれば、心が麻痺している以外は考えにくい」
「なかなかの分析力だ。そう、初めて銃を撃った時の方が案外当たる原理と同じだな」
 銃の怖さを知る者が撃てばガク引きを引き起こし、狙いが狂ってしまうのが普通である。
 その為、ボーダー達は恐怖に打ち勝つように訓練を繰り返している。
 だが、初めて銃を手にした者はその怖さを知らない為、ある程度狙った通りに当てる事が出来てしまう。
 これがタナトスの言う、銃の反動に関する原理である。
「軍の上層部は重症を負った彼に対し、治療と同時に投薬による洗脳を行う事を決定した。俺はあくまでも、彼の意志を尊重したかったが、幹部達は軍神の力を欲した。EUST側に付いて久しいが、最近のEUSTは過激派が権力を握り、本来の目的から逸れ始めている…」
「それで、私達に加勢すると仰るの?」
「そうだ。恐れを知らない彼はまさに狂戦士…何としても止めなければ。そして、これは俺自身が招いた事態でもある」
 彼は淡々としていたが、その内には後悔が見え隠れした。
 ヴァルキリーもそれが分かったので、承諾する。
「なら、識別マーカーの変更をマグメルの方へ」
「そうだな。…こちら、EUST第3中隊長タナトスだ。マグメルのシステムオペレーター長フィオナ、応答して欲しい」
「こちら、フィオナ。いかがなさいましたか?」
「識別マーカーの変更を頼む。これより、俺はGRFヴァルキリー隊に編入する」
「かしこまりました」
 一連のやり取りを終え、解除されていた武装をタナトスは受け取った。


「それから、狙撃銃についてだが…名をLZ-ヴェスパインと言う」
「LZ-ヴェスパイン───なる程、『雀蜂のような』とはよく言ったものね…。噂に聞いていた、EUSTのニュード狙撃銃…まさか完成していたなんて…」
「あの銃…相当な火力だったな。遠雷の比じゃなかったぞ」
「ニュードを高圧で荷電させているからな。劣化ウラン弾より強くて当然だ」
 脅威としか言いようの無い狙撃銃の実態を知っても、戦乙女の瞳に翳りは無かった。
 むしろ、今の会話から反撃の切っ掛けを掴んだようだ。
「彼の腕前なら、扱いこなせれば機体を大破させるのは容易い…。でも、荷電粒子砲なら着弾までに必ずラグが発生する。それに、あれだけのエネルギーを溜めるまでに時間が掛かるはず…攻めるならそこだわ!」
「相変わらず、隊長は弱点を狙うのがお上手ですわね!」
「よし、オレもヴァルキリーの策に一口乗ろう!」
「ふむ…今の話だけでそこまで考えるとは…やるな!」
 ヴァルキリーの一言が重く静まり返った世界を変え、3人もそれに続く。
 不思議と以前からこの4人は一緒の隊に所属していたのではないか、とすら思える親近感と結束力がそこにはあった───。




「重火力兵装に換装をお願い! 何分で出来そう?」
「おう、3分もあればやれるぞ!」
 ヴァルキリーはメカニックに兵装の変更を頼んでいた。
 アスム達は既に戦線に戻っている。
(焦ったら…負けだわ)
 彼女は将たる者、自ら最前線に赴いて指揮をするべき、といつも考えている。
 その為、自分が下がったままの状態を彼女は歯痒く思っていた。
 しかし、支援兵装のままでは呂布に遠距離から狙われた際に太刀打ち出来ない。
 それ故、換装に時間を多少割いてでも重火力兵装への乗り換えを選択したのである。
 それに、彼女はアスム、アキ、タナトスの3人を信じている。
 彼らと自分の力を持ってすれば、あの軍神と互角にとまでは行かないまでも、撤退に追い込むぐらいの事は出来ると考えていたのだ。


「アスム! 偵察はどう?」
「まだ見つからないな…もう少しやってみるぜ!」
 最前線に戻ったヴァルキリーはアスムと合流し、これまでの状況を尋ねた。
 そこへ、タナトスからの通信が入る。
「こちらタナトス。アキと共に敵ベースへ進軍中だ! ヴァルキリーは呂布との戦いにだけ集中すればいいよう、こちらの指示は俺が出そう」
「分かった、お願いするわ」
「隊長、ご武運を!」
「ええ、アキも。みんなで無事に帰りましょう」
 短く言葉を交わし、それぞれがそれぞれの持ち場に着く。
「全軍に次ぐ! 軍神は今、EUST側にいる! そして、彼は新型の狙撃銃を持っている! もし、遭遇しても回避行動を取るように!! 間違っても1対1で戦おうとしないで!!」
『りょ…了解です!!』
 知らされずに鉢合わせするよりは士気が削がれないだろうと思い、ヴァルキリーは全軍に号令を掛ける。
「仕方無い…二手に分かれるか」
「そうね」
 彼女とアスムもまた別行動を取る。
(たとえ支援乗りでなくても…あなたの居場所は分かるわ!)
 紅い機体は唸りを上げて突き進む。
 間違い無く、呂布はここにいる…そう、彼女は確信していた。
 その場所とはプラントCのある給水塔───そして、確かに彼はそこにいた。
「ヴァルキリー! いたぞ、給水塔の上だ!!」
「分かってる!」
 まだ、こちらには気付いていなかった。
 しかし、代わりに彼はシュライク型、E.D.G.型の強襲兵装を既に大破に追い込んでいた。
「嘘だろ!? ヘヴィガードまで一撃かっ!??」
 アスムの声が驚愕に染まる。
 どうやらヴァルキリーに合流する最中、近くにいたヘヴィガード型の機体も頭を撃ち抜かれたらしい。
(3機連続ヘッドショットを決めるなんて…でも、後ろは取った!!)
 光学迷彩で身を隠していても、LZ-ヴェスパインの軌道は非常に目立つ。
 それを彼女は見逃さなかった。
「これで、終わらせるっ!!」
 サワード・バラージを構え、スコープを覗いていた呂布目掛けてそれを放つ。
「くっ…接近を許したか。だが…!」
 ヴァルキリーが放ったサワード・バラージは当たったものの、直前で気付いた彼が給水塔から飛び降りた為に、致命傷には至らなかった。
「素早い…っ! ならば、その自由を奪う!」
 彼女は追うように飛び降り、その一瞬で試験型ECMグレネードに持ち替える。
 そして、呂布に向かって投げ付けた。
 これはECM系統の中でも1番早く効果が出るので、ヴァルキリーは愛用している。
 更に、GAXガトリングガンの空填を済ませ、一気に削りに掛かる。
 しかし…。

 バチバチッ!

「きゃあっ! ジャミングが掛かっているのに、当てて来るって言うの!?」
 システムがショートし掛かる程の強烈な一撃を近距離にもかかわらず呂布は当てたのである。
 しかも、ジャミングを掛けられている状態で、だ。
(まずい…そろそろECMの効果が…っ!)
 試験型ECMグレネードの弱点───それは起爆時間の短縮と引き替えに効果がとても短いのであった。
 お互いが手負いの状況だった。
 だが、ヴァルキリーのGAXガトリングガンはオーバーヒート直前まで使ってしまった為に、冷却時間が必要だった。
 やむを得ずサワード・バラージを持ち直す。
 だが、気付かれている状態でこれを当てるのは困難だった。
 まるで、踊らされているかのようにじわじわと追い詰められていくヴァルキリー。
 彼女はハッとした。
 だが、不意に投げられたジャンプマインSに気付いた時には既に効果範囲に踏み込んでしまっていた。
「くっ…狙撃兵装で私の重火力兵装と互角だなんて…!」
 機体を大きく揺らし、行動不能寸前まで追い込まれる彼女。
 そして、呂布はスコープを覗かずにヴァルキリーを狙い続ける。
「うおぉぉぉ! 止めろーーーっ!!」
「あ、アスムッ!?」
 そこへ黒い機体を駆り、アスムがワイドスマックを撃ちながら2人の間に割って入った。
「ヴァルキリー、下がるんだ! オレがやるっ!!」
 彼は追撃を仕掛けた。
 黒い翼がはためくように軌跡を描き、リロード時間をものともせずに彼の愛銃が火を噴いた───。




「そろそろ活動に限界が…。このまま戦闘を続けさせますか?」
 EUSTのオペレーター、チヒロが司令官に問う。
 どうやら、呂布を進退について聞いているようだった。
「いや、撤退させろ」
「分かりました」
 短く頷き、呂布への通信を開始する。


「呂布、応答願えますか!?」
「何だ?」
 彼は訝し気に聞き返す。
 すると、チヒロは続けた。
「撤退命令が出ています! 至急準備を始めて下さい!」
「まだ戦える! やらせろ!」
 普段はあまり怒鳴らない彼が興奮した声で返答する。
 何故、こうも熱くなるのか?
 それは彼自身にもよく分からなかった。
 ただ、目の前の紅い翼を持つ、自分の機体と瓜二つな存在を撃ち落としたかったのである。
「本部からの命令です! 撤退して下さい!」
「チッ、まだこれからだと言うのに…」 
 再度、要請が掛かる。
 流石の呂布も本部の意向を無視する事は出来なかった。
 そして、紅い機体を庇うようにして立ち塞がる、黒い機体のワイドスマックから身を守る為、LZ-ヴェスパインを投げ付ける。
「逃がすかっ!」
 そのニュード狙撃銃は空中を回転し、アスムの放ったワイドスマックがそれを撃ち抜いた。
 それと同時に激しい爆発が巻き起こる。
「くっ…残っていた高圧ニュードが暴発したのかっ!? だが、ここで逃がすわけには…!」
「深追いしては駄目!」
 機体損傷が激しく、身動きの取れないヴァルキリーは呂布を追おうとした彼を止めた。
「だが…!」
 悔しそうにしながら、アスムは彼の去って行った方角を見遣る。
 わざわざ見逃された気さえして、ヴァルキリーはただ唇を噛み締めていた───。

後書き

 身内ではアスムが大人気でした(笑) 呂布涙目…www← 個人的にはタナトスが登場するシーンや、ヴァルキリーとタナトスの会話シーンがお気に入りだっただけに、意外だと思いました。

解説 邂逅〜Encounter〜

 呂布が高台で狙いを定める際に、移動する順番(櫓→給水塔→鉄橋)は「別離〜Separation〜」の時の実話と同じ順番。今まで他の戦闘内容をあまり覚えていなかった筆者にとって、鮮烈な印象を残している。

 ヴァルキリーとタナトスの会話の際に居酒屋えいおーすがゲスト出演している。なお、狙撃の照準に関しては実際のガク引きから引用。荷電粒子砲についてはゲーム本編のLZ-狙撃銃の解説を参考にしている。

 ヴァルキリーが呂布に対してサワード・バラージを撃つシーンは現実でのValkyrieが孫尚香♪に対して放ったシーンが元。現実では行動不能寸前まで追い詰めているが、小説ではECMを投げ付けるシーンに繋がらなくなるのと、呂布が直撃を食らうとは思えなかったので、変更している。

 ジャンプマインSを投げるシーンは現実でも採掘島〜塔上の攻防〜で孫尚香♪がValkyrieを倒している。戦闘場所も大体同じである。アスムが2人の間に割って入る場面は実際の3人同時マッチでのシーンが元になっている。ただし、この時孫尚香♪は狙撃ではなく、強襲に乗っている。

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