第3話 邂逅〜Encounter〜(1)

「第3採掘島での戦いもいよいよ終盤に差し掛かっている! 諸君らと共に勝利の美酒を味わおう!!」
『オーッ!!』
 第3採掘島───湾岸施設がひしめき合い、死角の多い場所である。
 GRFとEUSTは長い間ここで争っていたが、両軍共に侵攻ルート用カタパルトを増設し、一気に勝敗を決しようと目論んでいた。
「アキ! あなたは強襲を中心に敵ベースへのスネークをお願い! アスムは私と一緒に前線へ行きましょう!」
「了解ですわ!」
「了解だ!」
 プラントDを占拠後、ヴァルキリーとアスムは給水塔方面へのカタパルトに飛び乗った。
 一方のアキはそのまま前進し、給水塔とは反対側のルートを進む。


「何…っ!?」
 プラントCを占拠しようとしていた2人の傍にいた僚機が吹き飛んだ。
 緑色を帯びた弾道が後に残る。
「遠雷…ではないわね。一体!?」
「ヴァルキリー、ここは危ない。一旦下に降りるぞ!」
「了解!」
 ヴァルキリーとアスムはプラントCの制圧を諦め、後退する。
「あれは! アスム、櫓(やぐら)の上!!」
「まさかっ! …嘘だろっ!?」
 光学迷彩の揺らめきによって消えゆく、紅い翼を持つ機体───間違い無く、それは軍神のものだった。
 ヴァルキリーは周囲に警戒するよう伝える。
 だが、効果は殆ど無かった…。
「いつの間にっ!」
 先程まで櫓の上にいたはずの紅い狙撃乗りは給水塔の上で狙撃銃を構え、既にこちら側のうち2機を屠っていた。
 崩れるように倒れていく、味方の強襲型。
 その様を見た他の仲間が戦慄を覚えるのに、そう時間は掛からなかった───。




「くっ、リペアが間に合わないぞ! ヴァルキリー、何とか出来るか!?」
「私も戦線を立て直すので精一杯よ!」
 2人は行動不能になっている僚機を次々に再始動させていくが、いかんせん数が追い付かない。
 このまま押し切られれば、戦線は崩壊してしまう。
 アスムは焦った。
「ちっ、呂布のヤツ! オレ達を裏切る気かっ!!」
「ここは戦場よ! そして私達はボーダー。いつ敵になるか、味方になるかは分からないわ!!」
 ヴァルキリーは彼が憔悴しきっているのが手に取るように分かった。
 故に、敢えて厳しい台詞を口にする。
「だが、呂布と君は───!」
「今は目の前の戦闘に集中しなさい!」
 最後まで続けようとしたアスムの言葉を遮り、彼女は一喝する。
 しかし、仲間思いの彼も引き下がりたくないのだろう。
「ならせめて、通信ぐらい入れてみれば───!」
「無駄よ。あの人が敵になると言う事は並々ならぬ理由があるはず! それに、私達から離れない保証はどこにも無い!」
 食い下がるアスムの台詞を真っ向から切り捨てる。
 しかし、それは冷静と言うよりは必死に動揺を隠しているようだった。
(私だってそれが裏切りではなく、止むを得ない理由だって信じたいわ。でも、現に味方に甚大な被害が出ている以上、個人の感情は後回しにしなけれ ば…!)
 近接武器しか搭載されていない支援兵装では分が悪かった。
 鉄橋の上から更に見せ付けるかのように、そして正確にヴァルキリーとアスムの周りを取り巻く機体を倒していく。
(たった1機の狙撃兵装にここまでやられるなんて…! 改めて敵にしてみると分かるけど…強い!)


 だが、どこかで不思議に思っていた。
 躊躇いの無い弾道、そして予測射撃の冴え渡るその腕前…。
 それらを見て、何故自分達を狙わないのだろう…と。
「位置を殆ど特定されている状況…いくらこちらが手出しを出来ないとは言え、支援兵装を放置しておくなんておかしいな…」
「アスムも気付いた? 私達を狙っているように見えて、私達に対しては1度も撃っていないわ」
 だが、それが何を意味するのかまでは分からなかった。
 そして、戦線を立て直す事で精一杯の2人を尻目に悠々と踵を返す紅い狙撃使い。
 それはまさに『軍神』の名に相応しい狂気だった───。




「あの2機の支援兵装…何故俺は倒さなかった…」

 彼は弾薬を補給しようとベースまで戻った。
 その時にふと思い浮かんだ、紅と黒の支援兵装。
 しかも、紅い機体はまるで自分の機体と瓜二つであるかのように思えた。
「くっ…彼らの事を俺は…知っているのか? いや、そんな馬鹿な…だが…っ」
 酷い頭痛に襲われ、機体をガクンと揺らした。
 それは、最前線にいたら致命的な行為だっただろう。
 彼は側に置いてあった薬を掻きむしるかのように取り、それを呷る。
 暫くの間、荒い呼吸が続いた。


 やがて落ち着きを取り戻し、弾薬の補充を終えると彼は誰に言うわけでもなく、呟いた。
「…どちらにせよ、戦うのみ…だな」
 軍神はただ不敵に笑った───。




(射撃に狂いが無さ過ぎた…それはまるであの時とは正反対だったわ)

 1度最前線を離脱しながらヴァルキリーは想う。


 それは、ある戦場から帰った直後の事だった。
 2人のコンビネーションも板に付いて来て、その噂はマグメルのボーダー達の間でまことしやかに囁かれ、ヴァルキリーもそれを恥ずかしいと思いつ つも、嬉しく思っていた。
 そんな最中(さなか)、呂布の立ち回りがおかしい事に彼女は気付いた。
 彼女はアスムにそれとなく聞いたが、彼はあまり気になっていなかったのだろう。
 いつも通りとまでは行かないまでも、十分強いと思うぞ、とそんな言葉が返って来た。
 だから、ヴァルキリーは思い切って呂布本人に尋ねようと、彼の私室を訪れたのである。


『射撃精度が普段より落ちているわ。何か…考え事でもしていたの?』
『そんな事は無い』

 彼女は単刀直入に言ったが、即座に否定された。
 だが、暫くして彼はポツンとこんな言葉を発した。

『いや、俺の両手は…血塗れだな、と思ってな…』

 彼の視線はただただ自らの両手にあった。
 そしてそれは、何かを思い詰めるかのような、らしくない顔だった。

『そんなの、戦場にいるのだから当たり前よ!』

 ヴァルキリーは叱咤した。
 こんなの彼らしくない、そう彼女も判断したのだろう。
 また、それは上に立つ者としての責務から言った台詞でもあった。
 隊を預かる者として、仲間のフォローは行えるだけ行う…そんな彼女のポリシーが滲み出ていた。
 少なくとも、彼女はそう思っていた。


 やや間を空け、呂布は言葉を紡いだ。
 それは普段にも増して、抑揚の無い声だった。

『ヴァル…違うんだ。お前の想い人を殺したのは…この俺なのだろう?』
『…!』

 ヴァルキリーの顔色が変わる。
 それを知っていたのは新人時代から一緒の隊にいたアスムだけだった。

(きっと…私が思い悩んでいたのを…アスムは知っていたのね)

 無言を肯定だと捉え、フッと淋しそうに彼は笑った。
 そして、コーヒーのお代わりを煎れる為に席を立つ。

(私も、彼も…その呪縛から逃れなければいけない。そうする事が、生きる事が…あの人への償い…)

『…?』
『戦場での出来事は仕方無い…。お互い敵同士ならば、戦うしか無いの。だから…気にしないで』

 彼女は後ろからそっと呂布を抱き締め、語った。
 声音は鈴のように小さかった。
 だが、その言葉からは普段の淡々とした感情ではないものが汲み取れる。
 呂布は無言で彼女の手を取り、向き直る。
 そして、ヴァルキリーの顎に手を添え、ゆっくりと口付けした。
 それが、まるで返事であるかのように…。




 …と、そこまで考えて、彼女はらしくないと苦笑いをした。
 普段、余計な行動や感情は全て切り捨てているからである。
(ここは戦場…そんな殺伐とした場所に、甘い幻想なんて要らない)
 そう言い聞かせ、彼女は段々と血に染まっていく空を見上げた───。

後書き

 軍神に遠雷ではなく、雀蜂を持たせてみましたwww LZ-狙撃銃系統を特殊な狙撃銃扱いする事で、物語を緊迫感のあるものに仕立てようかと。第4話が個人的には見どころだと思っています。

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