別離〜Separation(2)〜

(あれは新兵時代の頃だったわね…)
 プラントAに向かう途中、彼女は昔の事を想い出していた。
 まだ、彼女が戦場に身を置きながらも、いつかこの戦争が終わったら…そう願い、夢を諦めなかった時の事である。

『───! しっかりして!!』

 眼前で無惨にも散った味方の重火力乗り。
 ───即死だった。
 そして、その前に立ち塞がったのは…。

(あまりの圧倒的な力の差に、私は自分の身を守る事が精一杯だった…)

 その時、彼女は無我夢中でブラストを駆った。
 そして、それは彼女の心に暗い影を落としていた───。




『GRFは益々EUSTと全面衝突していく事になるだろう。我々の元に集まってくれた諸君らの行動に敬意を表したい』

 それは既に、小隊長となった頃の話だったか、と彼女は思う。
 自分の隊に所属する事となったボーダー1人1人に挨拶と握手を求めた時の事だった。

『あなたには以前、戦場でお会いした事があるわ…。その腕前、期待しています』
『…そうか。それは光栄な事だ』

 初めて呂布と交わした言葉。
 それは事務的な、そして指揮官としての言葉だった。
 そして、その言葉の裏側に潜むものを押し殺した、そんな台詞だった───。




『何であなたはそんなに最前線に出るのよ!!』
『これが俺の戦い方だ。それに、俺が死んでも誰も哀しまない』

 彼女は紡がれた言葉に言いようの無い苛立ちを覚えた。
 全てを捨てて、ただ生き急ぐようにしか見えない…そんな戦い方は彼女のメイン兵装である、支援乗りとしての矜持を傷付ける行為であった。
 目の前で死に逝く仲間を1人でも多く救いたかった。
 その為に彼女は支援に乗るようになった。
 ただ破壊を行うのではなく、生み出す力を持ってこの戦いに挑みたかった。

『私が…哀しむわ。だから、あなたに戦乙女の寵愛を…』

 彼女は呂布にそっと口付けた。
 それは無意識に近かったのだろう。
 しかし、それを意識し始めた時、彼女は顔を羞恥で真っ赤に染めた。

『私…何て事を…! ごめんなさ───』

 そして、その場から彼女は慌てて立ち去ろうとした。
 だが、呂布はその手を掴み、自らの腕の中に彼女を収めると彼女の唇を奪った。
 深く、深く…まるで彼女を確かめるかのように。
 彼にとって彼女は初めて興味をそそられる女性だったのだろう。
 そしてそれは、2人にとって次の戦闘までの束の間の休息だったのかもしれない───。




「この辺りね…」
 プラントA───EUST側のベース前プラントであり、呂布の機体反応が消えたポイントでもある。
 ヴァルキリーはブラストから飛び降りた。
 既に日は傾き始めており、夜に近付けば近付く程手掛かりを探すのが困難になってくる。
「…榴弾砲の焦げ痕。これはアトラント榴弾砲だ…それと、この紅い破片」
 ヴァルキリーの脳裏に確信めいたものが過る。
 紅い破片は間違い無く、彼の機体の一部だった。
 そして…。
「先程の通信記録と味方の兵装一覧表…これだわ!」
 推測は正しかった。
 故に、彼女は驚愕する。
「今日の戦場でアトラント榴弾砲を撃てたのはただ1機だけ…それも味方の!」
 敵味方識別マーカーがレーダーには表示される為、誤射したとは考えにくい。
 つまり、その味方は狙ってあの場に落としたのである。
 それは…自軍にスパイが潜んでいる事を意味していた───。




「総司令官! No.512のボーダーをここへ連れて来て下さい!!」
「何だね、ヴァルキリーよ。そんなに慌てて…」
「彼はEUSTのスパイの可能性があります!」
 GRF旧ブロア市街地方面最高司令官に面会を申し出、事情を説明した。
 アスムとアキもこれを見守るべく、総司令官室に入る。
「ふむ…君は今日の戦場でアトラント榴弾砲を味方に撃ったと聞くが本当かね?」
「アトラント榴弾砲? 他の誰かではないか?」
「おかしいわね…アトラント榴弾砲を積んでいたのはあなただけのはずだわ。それに、あなたの戦闘記録を調べさせてもらったけれど、戦闘によるポイントが殆ど入っていない」
「それは支援に乗っていたからだ」
 その言葉にヴァルキリーは敏感に反応した。
 手元の書類を元に、更に追及する。
「支援乗りなら、貢献ポイントが上がるはずよ。それに、あなたの兵装使用率を見ると、支援が1番低い」
「何か他意があったと見られても不思議ではないな…」
 総司令官が後に続く。
「う…うわああああ!」
 彼はヴァルキリーに食って掛かろうと銃を引き抜いた。
 彼女はそれよりも早く、そして冷静に銃口を向ける。
「もし仮に、私を殺したとしても何も変わらない。さぁ、白状しなさい」
 その声色は穏やか過ぎるくらい静かだった。
 だが、逆にそれが恐怖を与えたのだろう、銃を置いて両手を上げると彼は少しずつ話し始めた。
「かの軍神を捕らえ、引き抜く計画がEUSTにはあった…。そして、その計画通り、彼はEUSTの本部にいるはずだ」
「そうか。他に私達に言うべき事はあるかね?」
「特には…」


 スパイの存在については総司令官とヴァルキリー、それからアスムとアキの間でのみの秘密となった。
 この事が漏れれば要らぬ混乱を引き起こし、士気の低下を招くと考えられたからである。
(表向きはEUSTの思想に共感してGRFから離反するボーダーが多くなったとされている。…でも、EUSTの黒い噂…まさか、ね…)
 隊長室に戻ったヴァルキリーは嫌な予感を拭えずにいた。
 EUSTによる引き抜き工作は今に始まった事ではなかった。
 それは今回のようなスパイによる工作だけでは無く、報酬や好条件の提示による引き抜きもあった。
 そもそも、ボーダー自体、絶対的な存在数が少ないのである。
 何故なら、耐性保持者の生殖細胞は変異をきたしている為に子供が出来る事はほぼ皆無だったからである。
(それでも…私達はボーダーだから。いつ敵同士になるかも、死ぬかも分からない定め。生きているなら、また出逢えるはずだわ…)
 彼女はそっと部屋のパソコンをつけると、次の戦闘に関する資料を集め始めた───。

後書き

 回想シーンが見どころでした。この辺りは後々、短編の方でも触れられるシーンだったりします。「耐性保持者の生殖細胞が変異をきたしている」と言う話はVer1.5マスターズガイドを参考にしています。ニュード=生殖毒性を持つ物質と言うわけです。

解説 別離〜Separation〜

 新兵時代のヴァルキリーと共にいた重火力乗りは彼女の恋人であり、この頃の彼女は戦争の世界に身を置きながらも幸せだった。そして、現実のValkyrieとAlastor(皐月蒼竜さん)の関係でもある。それを撃ち倒した呂布もまた、現実での孫尚香♪に当たる。

 Fairy自身がまだボーダーでなかった頃の2人の戦いがモチーフになっており、この戦いで孫尚香♪はAlastorに対し、HSを3回決めている。その苛烈さは別の日に改めてマッチしたAlastorを恐怖に陥れる程だった。

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