第1話 別離〜Separation〜(1)

 旧ブロア市街地───ヨーロッパの古き街並みを思わせる戦場である。
 今ここで、GRFとEUSTの戦いが始まろうとしていた。
「只今より、作戦会議を行う!」
 女性の指揮官が声を上げる。
 彼女の名はヴァルキリー。
 ボーダーは本来マグメルと呼ばれる中立の傭兵斡旋組織に所属するが、彼女はGRF側に付いてから長く、今では上層部への発言権も持ち合わせている。
 また、戦場に出れば誰よりも最前線で支援兵装と重火力兵装を用いて指揮していた。
 これらの事から、通称『戦乙女』と呼ばれている。
「ヴァルキリー隊長、主にプラントB〜D間で激戦が予想されると思います」
 広げられた作戦会議用のMAPに目を通しつつ、指を指しているのは『黒獅子』の二つ名で知られる、アスムだった。
 彼はヴァルキリーと同じく支援兵装に乗り、前線を引っ張っていくスタイルを好んでいる。
「コア凸ルートはプラントC先の崩落した橋を越えてリフトを上がるルートとプラントB横の高台を抜けるルート…いずれもスネークが鍵でしょうね」
 部隊のコア凸要員である、アキが後に続く。
 彼女はアスムの後輩であり、彼と同じガンメタルブラックの機体カラーリングをしている事から『黒神』の通り名で親しまれ、また敵からは恐れられている。
「狙撃ポイントは城壁、山城、時計塔…これらは当然敵も目を付けて来るだろう。…俺はいつも通り前線でやるぞ」
 最後に声を上げたのは『軍神』こと呂布である。
 彼は狙撃兵装使いでありながら、前線で光学迷彩を用いて38式狙撃銃・遠雷を扱うという、本来スナイパーにあるまじき戦い方をする。
 その為、ヴァルキリー率いる部隊で最もと言っても過言でない程敵からは恐れられているボーダーである。
「出過ぎるな、と言っても聞かないのでしょう。…いいわ、私が援護する」
 また、ヴァルキリーとは長年連れ添った相棒であり、恋人でもある。…尤も、甘い関係など、戦場にいる限りは存在しないのだが───。




「前回の戦闘ではEUSTが勝利したが、ここで調子に乗せるわけには行かない。諸君らの健闘を期待する。以上で作戦会議は終了だ」
「1300より戦闘開始となる。それまで各自待機しろ。いいな?」
 ヴァルキリーと呂布がそれぞれ戦意高揚の為の台詞と今後の指示を口にし、会議の終わりを告げた。
 真剣な面持ちのまま、アスムとアキは隊長室から出て行く。
 呂布もまた退出しようとして、ふとヴァルキリーを見遣る。
 隊長室の見通しの良い窓から外を眺める彼女の顔がやや憂いを帯びている事に気が付いて、何かを言おうとした。
 視線に気付いた彼女が先に声を掛ける。
「どうしたの? 作戦前にここに残るなんてあなたらしくない」
「いや、何やら物憂げな表情を浮かべていたように見えたからな」
「そんな事は無いわ…。それよりも、また最前線を突破して敵ベース前プラントを奇襲するなんて肝の冷える戦い方をするつもり?」
 相変わらず手厳しい事を言う…、と呂布は思った。
 しかし、言外に彼女の心配が含まれている事を彼は知っている。
「今までだって成功させて来た。それが俺の…いや、俺達の戦い方だろ?」
「付いて行く私の身にもなって欲しいものね」
 そうは言うものの、決して彼女は嫌そうな顔をしない。
 むしろ、信頼と敬意がそこにはあった。
「今回の戦い…必ず勝ちましょう」
「そうだな…」
 短く言葉を交わし、呂布もまた席を外した。
(ここは戦場…。そして、私達はボーダー。…いつ死ぬかも分からぬ身。あの人を目の前で失ってから既に5年も経つのね…)
 彼女は再び窓の外を眺めた。
 それは普段決して見せない顔だった───。




「戦線は上がっている! このまま進軍するぞ!!」
「了解です!」
 戦況はGRF側に有利だった。
「ヴァルキリー、このままベース前のプラントを狙う。付いて来れるか?」
「いいわ、行きましょう」
 プラントBでの激戦を尻目に、北側の崩落した橋を2人は渡る。
「くっ! 気付かれたか!」
「ここは私が引き受けるわ! 迷彩が切れる前に先に行きなさい!!」
 ワイドスマックを構え、応戦し始めるヴァルキリー。
 敵はまだ呂布がいる事に気付いていない。
(ならば、彼だけでも先に行かせてプラントAを占拠するべき!)
 シュライク型の強襲兵装がアサルトチャージャーを吹かしながらSW-ティアダウナーを構えて突っ込んで来る。
 それを斜め後ろにジャンプしながら躱し、カウンターでワイドスマックを撃つ。
「まずは1機!」
 リロードをしつつ、ヘヴィマインVを撒く。
 それに気付いた敵のヘヴィガード型重火力兵装がサワード・コングで吹き飛ばす。
「遅いっ!!」
 ヘヴィマインVはあくまでも囮。
 ケーファーを中心に組んだ彼女の機体は最重量を誇るヘヴィガードよりも早い。
 その機動力を用いて後ろに回り込み、リロードの終わったワイドスマックをひたすら撃つ。
(流石はヘヴィガード…! 固い!!)
 敵はGAXガトリングガンでヴァルキリーの紅い機体を狙い続ける。
 それを彼女は巧みなブーストで左右に振り、一気に肉薄した。
「決める!!」
 言葉と共に放たれたワイドスマックの弾は見事に敵の頭を撃ち抜いた。


「ヴァルキリー、戦線が押されている! 至急、こちらに加勢を頼む!!」
「了解!」
 アスムからの通信で、ヴァルキリーはプラントBへと移動を開始する。
(呂布の事が心配だけど…彼なら上手くやるでしょう)
 その事が後に取り返しの付かない事態になるとはつゆぞ知らず、彼女はアスムとアキの援護へと向かった───。




「隊長、呂布からの通信が…途絶えました!」
「…何ですって!?」
 眼前の敵を倒し、彼女とアスムは周りの味方にリペアユニットを飛ばしていた。
 彼女がレーダーを確認すると、確かに彼の機体反応がプラントA付近で消えている。
 それは…奇襲の失敗を意味していた。
「まずは地道に敵を追い詰めて行く事! 彼の事は後回しよ!!」
 苦渋の決断───。
 それでも、指揮官としては致し方無い。
 手にしたワイドスマックを持ち直し、彼女はひたすら戦った。
 それに応えるかのように、アスムとアキも後に続く。
 しかし、戦況は徐々に悪化して行った───。




「く…今回もこちらの敗北か…」
 自軍ベースのコアを割られ、撤退を余儀無くされた。
 ヴァルキリーは唇を噛み締める。
 判断が遅れた、彼女はそう思った。
 戦場では常にボーダーとしての心構えを最優先にしている。
 そこに甘えは一切存在しないつもりだった。
「気を落とすな。次で挽回すればいい。それよりも…」
「ええ、呂布の事が気になります。先程、本部と連絡を取ったところ、MIA認定を受けました…」
 MIA───Missing In Action、言い換えると任務中行方不明の事である。
 この認定がなされたボーダーは事実上『戦死』と同じ扱いになる。
「まだ死んだとは限らない。機体反応が消失した場所に行ってみるわ。戦闘も終わっているから、プラントA付近まで辿り着くのは問題無いはず」
 彼女はそう言うと、戦闘記録や通信記録を片っ端から漁り始めた。
 ブラストに備え付けられたキーボードを叩く指が忙しなく動く。
「じゃあオレ達は撤退準備を始める。2時間で何も手掛かりが無ければ諦めるしか無い」
「…そうね」
 彼女は淡々と返し、アスムとアキを見送った───。

後書き

 早速主人公が行方不明に…(苦笑) 彼の凄さは3話以降になって初めて分かるので、もう少々お待ち下さいwww 次回は回想シーンに注目!www←

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