80 半身

「ゼシカ」
 彼女の名を呼び、その左肩にそっと手を触れる。
 呼ばれた彼女はびくっと肩を震わせた。
「な…何よ、もう。ビックリするじゃない」
 彼女は抗議の目でオレを見た。

 ───可愛い。

 素直にそう、思ってしまう。

「大体、女の子達探さなくていいの? さっきまであれ程つまんないとか言ってたのに」
 ゼシカの───たぶん嫌味を込めているのだろう───発言に手をひらひらと振りながら答える。
「あ〜、それは別にいい。むしろ───」
 オレは1度間を空けてから続けた。
「ハニーと一緒にいたいと思ってね」
「アンタといるとちっともバザーが見られないから嫌よ」
(相変わらず連れない言葉ですねぇ、ゼシカさん)
 オレは内心そう思いつつも、表面上は笑みを絶やさない。
「まぁ、そう言うなって。何か買うのか?」
「だからどうしたっていうの? それともククールが何か買ってくれるのかしら?」
 頬を僅かに膨らませた顔。
 確かに、たまにはそれもいいな。

「ああ、いいぜ」
「うふふっ…じゃあ、お言葉に甘えてたくさん買ってもらいましょ♪」
 先程とは打って変わって鼻歌混じりで先を歩く、上機嫌な彼女。
 その光景を後ろから見つつ、オレはゆっくりとついて行った。


「これもいいわ…あ、あれも。う〜ん、これもいいわね…」
 さっきからゼシカはずっとこんな調子だ。
 たくさん買ってもらう、なんて言っていた割にはまだ何も買っていない。
「う〜んと…ねぇ、これ。素敵だと思わない?」
 ゼシカが指差したのは金色と銀色の鈴がセットになっているもので、それぞれに美しい柄が彫られている。
「いいんじゃねぇか?」
 オレは約束通りゼシカにそれを買ってやった。


「ククール」
 部屋に戻る時に、不意に呼び止められた。
「うん? 何だい、マイハニー」
「もう、そんなこと言っているとあげないんだから!」
 何のことかとオレが考えていると。
「これ。今日のお礼に半分ククールにあげる」
 恥ずかしそうに差し出されたのは銀色の鈴。
「…いいのか?」
「…うん」
「サンキュ。大切にする」
 ゼシカから鈴を受け取ると、オレはベルトの端に鈴のついている紐を通した。


 その日の夜───。
 オレはこっそり宿屋を抜け出して教会に行った。
 昼間は信仰心の欠片もないオレを演じているから。どうしたってみんながいない時に祈るしかない。
 まぁ、本心にしろ、そうでないにしろ、元々信仰心なんつーものは殆ど無いに等しいんだけどな。
「まあ、その鈴は!」
 祈りを捧げ終わったオレにシスターが話し掛けてきた。
 鈴とは勿論、昼間ゼシカに貰ったヤツだ。
「これがどうかしたんですか?」
「この鈴は月の鈴ですわ。これと対になる金色の太陽の鈴がありまして───」
 あぁ、ゼシカが持っている方の鈴ね、とオレは納得した。
「元々太陽と月は1つだったという神話をご存知ですか? 太陽と月はお互いの半身…ゆえにその鈴を持っている人同士は深い絆で結ばれるという言い伝えがあるのです。大事になさって下さいね」

 ───深い…絆?

 シスターの言葉にオレは耳を疑った。
 ゼシカが知っていてオレに渡したとは到底、思えない…。
 オレがとても驚いていることにシスターは不思議そうな顔をしていた。
 が、オレはそれどころではなかった。




 ドルマゲスを倒した後サザンビークで宿を取っていると、ゼシカが杖と共に行方知れずになってしまった。
「ゼシカ…」
 オレは北の関所の有様を見て不安になった。
 何故なら、明らかにゼシカが現在使える呪文よりも強力な呪文を行使した跡がありありと分かったからだ。
「ククール、今日はこの辺で休まないと…」
「いや、今日のうちにリブルアーチへ行く」
 オレはエイトが止めるのを聞かず、キラーパンサーに乗っているとは言え殆ど強行軍に近い道のりを進んだ。


 ハワードの頼みを聞き、右往左往しつつクラン・スピネルを手に入れ、再びオレは杖に意識を奪われたゼシカと対峙した。
 が、しかし。やはりオレは彼女に剣を向けることは出来なかった。
「ククール! ゼシカをっ!!」
「姉ちゃんを助けるにはやるしかないでがす!」
 エイトもヤンガスも決して本心で彼女を攻撃しているわけではないことぐらいオレにだって分かる。
 それでも。
 オレは決して彼女に攻撃をせず、2人の傷を癒すことに専念していた。
「哀しいわね…これでどうかしら?」
 ゼシカが杖を掲げるとその先に紫色の禍々しい光が灯った。
(催眠呪文!)
「ラリホーマ!」
 オレがハッとした時には既に遅く、エイトとヤンガスは殆ど抵抗なくその場に倒れてしまった。
 そしてラリホーの上級呪文だ、間違いなくオレ自身も眠りに落ちてしまうだろう。
(それでも…オレは、ゼシカを絶対に元に…戻す!)
 オレは既に片膝を付いていたが鞘から聖銀のレイピアを抜き放ち、あろうことか自身の右手首を切り裂いた。
 辺りには鮮血が飛び散り、鋭い痛みがオレを襲った。
 かなりの量の出血はやむを得ないが、お陰で眠気は吹き飛ぶ。
 そして、オレは意を決してゼシカに刃を向けた。
「さぁ、終わりにしようぜ。ゼシカ」

 チリン…。

「はっ…その音は!」
 偶然にも僅かに鳴り響いた、小さな小さな音。
 でも、ゼシカは過剰とも言える程に狼狽えた。
 それを、オレは見逃さなかった。
「ゼシカ…今、元に戻してやるからな」
「止めなさいよ…っ、メラゾーマッ!」
 本来のゼシカならまだ扱うことの出来ない火球の最上級呪文───それを杖の力によって潜在能力を最大限に使うことで、彼女は半ば無理矢理放った。
 本来の力以上の呪文にゼシカ自身の身体が耐えきれず、彼女の右手からは杖を伝って血が滴り落ちる。
「くっ…!」
 魔法の盾を構えて高熱を逃がすが、とても適わない。
 オレは歯を食いしばり、それでも前に進んだ。
「ゼシカ…。君がオレにくれたんだぜ」

 チリン。

 ベルトから鈴を外し、さっきよりもはっきりと鳴らす。
「イヤっ、止めなさいよっ!」
 ゼシカは頭を振りかぶった。
(もう少し…)
 オレはそのままゼシカを優しく抱き締めた。
 彼女自身の心と杖とが意識を取り合っているのか、彼女は酷くオレの腕の中で暴れたが、オレはそれを厭わずに、ただずっとゼシカを抱き締めていた。
「ククー…ル」
 そして、ゼシカの唇が幽かにそう動いたような気がした───。


「ここは…」
「気がついたか」
 気まずそうに目を背けるゼシカ。
「もう…戻ってきてくれないかと思った」
 そんなゼシカにオレはただ呟いた。
「………ごめん…私のせいで、こんなに傷ついて…」
 オレの右手を取り、ゼシカは俯きながら自分の頬を寄せた。
「あぁ、これはオレが自分でやったんだ」
 自嘲気味にオレは呟いた。
「でも…私、あの時…意識があった! なのに…どうすることも出来なくて……っ…」
 言葉が嗚咽に混じって掻き消されていく。
 オレはゼシカの上半身を抱き寄せ、耳許で囁いた。
「あのなぁ、ゼシカ。君のお陰なんだぜ。ゼシカがくれたこの鈴で君を取り戻せたんだからな。これ…絆を深めるお護りだってな」
「…知って、いたの?」
 ああ、とオレは頷いた。
「オレ、それを聞いた時…すっげぇ嬉しかったんだぜ…。だからさ、そんなに心配しなくていいんだ」
「でも…っ、私のせいでチェルスはっ───!」
 言葉を紡ごうとするゼシカにオレは指を立てて彼女の口を塞いだ。
「ゼシカらしくないぜ? 起こってしまったことを考えたってどうにもならない。それよりも、今、そしてこれからどうするか、だろ?」
「………………うん」
 ゼシカが腕の中でこくり、と頷く。
 オレはゼシカの頭を優しく撫でた。
「だから…今は少し休みな」
 そう言ってオレが席を立とうとすると…。
「ねぇ…側に、いてくれる…?」
 ゼシカはオレの服の袖を引っ張った。
「ああ…」
 オレは椅子に座り直し、ゼシカを見つめた───。

後書き

 かな〜り、長くなっちゃいました。でも、後半は1日で書き上げたんですよ! Fairyはどうも小道具使うのが好きなようで(笑)これも自分ではかなり手の込んだ小道具を使ったと自負しています。あとは「血」に関して。私は血を見るのが大嫌いなクセに血が滴るとか飛び散るとかいうシーンが大好きです(マテマテ)何て言うか、ちょっとドキドキするんだよね〜(爆)

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