エイトとミーティア姫の結婚式から数カ月後の夏のある日。
私は久々にトロデーンを訪れた。
「ゼシカー!」
リーザスの私の家から飛び出ると、下の方でエイトがお〜い! って感じで手を振っている。
「久し振りね、エイト」
「うん、ゼシカ。久し振り」
今日はゼシカに用があって来たんだ、とエイト。
何の用だろう? と思って訊ねると。
「ほら、もう夏になったでしょ。だからみんなを誘って海に泳ぎに行こうと思って」
いつもながら突拍子もなく決めてしまうエイト。
「勿論、ククールもさそ───」
私はよっぽどキツい顔をしたのかも。
エイトはそれ以上何も言わなかった。
「で、いつにするの?」
「う〜んとね、1週間後。この日ならトロデ王も公務を休めるって言っているから」
トロデも行くのかぁ、意外だわ。
という理由があったのだけれど。
「やあマイハニー、変わらず可愛いね」
城に入るや否やあの赤いヤツの気障な台詞が聞こえてきて、何だかウンザリした。
「何でアンタがいるのよ」
「何でって、エイトに誘われたから」
一言で片付けないでよっ! とか正直思ったんだけど、エイト達が来たのでそれ以上は言わなかった。
「場所はどこにするでげす?」
「そうだね〜、ミーティア。どこがいい?」
「わたしは…あったかいところがいいわ」
「それならサザンビークかレティシアだろうな。だけどよ、姫さんとトロデが一緒だっていうならサザンビークは…」
「そうだね。じゃあ、レティシアでいいかい?」
ククールの言葉を受け、エイトが言い切る。
レティシアなら確かに気候的にも問題ないわね。
と、そこまで考えて私はあることに気がついた。
「でも、レティシアは…入り江だから泳ぐのにはあまり適していないんじゃない?」
「そこは大丈夫じゃ。船を使って沖で泳げばいいじゃろう」
意見が纏まったところで、エイトが呪文詠唱の準備をする。
「じゃあ、ルーラするから。みんな掴まって」
レティシアから入り江まで少し歩いてそこから私達は船で沖に出た。
そして、トロデが手頃な位置に船を止める。
「おっさんは泳ぐ準備しないでがすか?」
「儂は船に残っておる。好きなだけ泳いでくるがよい」
「はは〜ん、さてはおっさん。カナヅチでがすな?」
ヤンガスの鋭いツッコミにトロデは、違う、儂は断じてカナヅチなどではない! なんて言っているけど、たぶん図星ね。
「ゼシカ、随分いい格好してんじゃん。オレを挑発してんの?」
「アンタなんか挑発してどうすんのよ。しかもそれ、オヤジの言うことだわ! セクハラよっ!」
ヤラシイ視線を向けてくるアイツに釘を刺す。それはもう、出来るだけ思いっきり。
「まぁまぁ、2人共。トヘロスかけるからじっとしていてね」
エイトが手を翳すと、青白い光が現れて私達を包む。
差し詰め、念のためってことかしら。
「さ、早く泳ぐでがす!」
ヤンガスが最初に飛び降りる。
「よし、僕達も行こう!」
エイトはミーティア姫の手を取って一緒に船から降りる。
「さて、オレ達も行くか」
「………えっ?」
何を思ったのか、あのケーハクな銀髪男は私の身体を不意に抱きかかえて船から飛び降りた。
「ククールの奴、やるでがすなー」
「ホント、いつの間にそんな関係になったの?」
「〜〜〜っ!///」
ヤンガスもエイトも酷いわ! なんて思ったけど、実際不意を突かれ、抵抗も出来なかった自分に1番腹が立った。
「まぁ、そんな事は置いておいて。あの岩場まで泳ごうぜ」
当の本人は知らん顔。
あ〜、私1人で怒っているのがバカバカしくなってきたわ。
「それなら、アニキ。競争するでがす!」
「え…ああ。ミーティア、それで大丈夫かい?」
「わたしも頑張りますわ」
ヤンガスがククールの提案に上乗せをしてみんなで競争する事になったんだけど…ほら、私って負けず嫌いじゃない。
「ククール、アンタより先に辿り着いてみせるわっ!」
「オレに挑戦か? 言っとくけど、オレ泳ぐの速いからな。何なら手加減してやろうか?」
結構ですっ! と強く言い放つ。
「良くぞ言い切った。じゃあ、負けた方が勝った方の言う事を聞けよな」
ハメられた! と思った時には既に遅く、私はククールの策略にしっかりと嵌っていた。
やっと半分かぁ。
これは…タイムアタックというよりはむしろ遠泳ね。
でも、私だって小さい頃から夏場はポルトリンクの海岸で泳ぎ回っていたんだから。
(それにしても…ククール、速いわ)
悔しいけど…このままじゃ、負けちゃうかも。
いけない、弱気は厳禁だわ。
なんて思いながら彼の後を追っていた時。
(………あっ…うっ…あ、足が……痛っ)
潮の流れが激しいところに行ってしまったせいか、左足が突然言う事を聞かなくなってしまって…私は右足だけで立とうと思って、初めてここが足の付かない程深いところだと言う事に気が付いた。
「クク…ール…助け、て…」
何でだろう…。
殆ど掠れて声が出なかったっていうのに、彼は後ろを振り向いたの。
「ゼシカッ!」
でも………。
その声が聞こえたのを最後に私は身体も意識も水の中に沈んでいった。
「助けてっ! …って…あれ………?」
「気が付いたか?」
だんだん意識がはっきりしてきて、そこが船の中の一部屋だということに気がついた。
そして、何故か服がきちんと着せられている。
「まさかと思うけど…服。ククールが、なんてこと…ないよね?」
伺うようにククールを見ると、とてもイヤラシイ目付きでアイツはこんな事を言ってきた。
「そんなにオレに着替えさせて欲しかったのかい、ゼシカちゃん」
「そんなわけないでしょっ!」
まるでパブロフの犬みたいに私はツッコむ。
「まぁ、ゼシカの着替えは別に他でも出来るしな………って、冗談だ、冗談! ミーティア姫がやったんだってば」
私がすぐにメラゾーマの呪文を唱えようとしたから、ククールは慌てて本当の事を言った。
「そっか。じゃあ、私…どうやって助かったの?」
「ああ、オレもそっちへ行こうとしたんだけどな。分かっていたと思うけど、あそこは潮の流れが速かっただろ。だから、オレも中々上手く泳げなくてさ…」
先程とは異なり、ククールは悔やんでいるのか、私とは一切視線を合わさない。
「そんな時、白いイルカが現れたんだ」
「白い…イルカ?」
「そう、背びれに傷のある」
白い、イルカ…背びれに傷のある………!?
そこまで聞いて、私は確信した。
「そのイルカ………私、知っているわ。小さい頃、ポルトリンクの海岸で小さなイルカを助けたことがあったの。そう、背びれに傷を負っていてね。側にいた兄さんが、回復呪文を使って…それから応急手当てをしたの」
「そっか…じゃあ、恩返ししに来てくれたんだな」
私はその頃の記憶が頭の中に鮮やかに蘇ってくるのを覚えた。
ルーラの負担に私が耐えられないといけないから、と帰りはそのまま船旅になった。
勿論、私はそんなヤワな身体していないから大丈夫、と反論したんだけど。
そしてその夜───。
私は身体の調子が戻ってきたのをいいことに部屋を抜け出し、甲板へと上がった。
キュイ、キュイっ。
「ありがとう、私を助けてくれて。もう大丈夫よ」
あのイルカは私が元通りになるまでずっと見守ってくれていたみたい。
胸びれを───まるで、手のように───振って、その場から去って行った。
それから、私は壁に寄り掛かっていたククールの隣に同じように寄り掛かった。
「もう大丈夫なのか?」
「ええ、おかげ様で」
彼は真っ直ぐ海を見ている。
やがて何を思いついたのか、私の方を見て不敵に笑った。
「なぁ、ゼシカ」
「なっ、何よ…」
私の目の前に立ち、左手を壁に突く。
「誰がしたと思う?」
何を? と私が聞くと、アイツは更にニヤける。
「人工呼吸」
………………って、ええ〜!?
あからさまに狼狽える私。そんな私の気持ちを知ってか知らずかさらにククールは追い討ちを掛ける。
「あぁ…愛しのハニーの唇は、柔らかくて何とも言えなかったぜ」
「…アンタって人はっ!」
怒りたいのにとてもドキドキしていて…私は顔を赤らめた。
バカ。
何でそうなるのよ…。
まったくもう、スケベで下心ばっかなんだから!
頭の中でククールに対する様々な罵倒が浮かび上がったけど、どれ1つとして言葉には出せなかった。
代わりに出てきたのは。
「ありがと…」
少し躊躇ってから、私は背伸びをしながらククールの頬にキスをする。
さすがにこの行動は彼の計算外だったらしく、目を丸くしていた。
「何だ、唇じゃないのかよ…」
それでもククールは不満らしい。
「だって、私からそんなの…恥ずかしいわ///」
だったら───、とククールは私の頬に左手を添えた。
私は胸の高鳴りを感じながら彼に身を任せ───。
ククールは軽くそっと触れるように私の唇と彼のそれを合わせた。
「長いわよ…馬鹿」
私は照れ隠しに俯いた。
それをククールは笑いもせずにただ、真剣に見守っていた───。
後書き
…無駄に長過ぎ(汗)海で溺れたら人工呼吸っていうベタなネタでしたが、お腹一杯です(笑)あぁ、でも初めてククゼシでキスシーンらしいキスシーンが書けたvvv(爆)ククールの絶妙なエロさ加減が自分では気に入っています…ってあぁ、こんなコメントばっか(-。−;)