旅の仲間で紅一点のゼシカ。毎日のように手強い魔物との肉迫した戦いを繰り広げる彼女にも苦手なものがあった。
いつかの野宿での事である。遠くで雷が鳴り響いて、ゼシカが怖がっていた事があった。
「もしかしてゼシカ、雷ダメのなのか?」
「何よ…苦手なものがあっちゃダメなの!?」
両手で耳を塞ぎつつ、やや錯乱気味にゼシカが喚く。
「僕がライデインを唱える時は平気なのにね…。そうだ、ゼシカ。いいおまじない教えてあげようか?」
そう言ってエイトはそのおまじないをゼシカに教えた。すぐにゼシカはそれをやってみる。
「ホントだわ。全然怖くない!」
「実は昔、僕も雷がダメでね…これは姫様に教えてもらったんだ」
照れながらエイトは付け加えたのだった。
あれから暫く経ち、夏真っ盛りのとある街の宿屋───。
生憎とその日は朝からずっと雨が降っていた。何でも嵐が近づいているという話で、一行は足留めを食らっていた。その話の通り、夜には風と雷を伴う豪雨となったのである。
「天気が凄い悪いみたいだね…明日もこの分だと足留めかな。陛下と姫様はこっそり馬屋に泊めてもらったものの、心配だよ」
「そうでがすな」
夕食を食堂で食べていた時の事。エイトはいつものことだがトロデ王とミーティア姫を心配し、エイトの事を『兄貴』と呼んで慕うヤンガスもそれに賛同していた。
「私…ごめん、先に部屋に戻るわ」
「ゼシカ…具合でも悪いのか?」
心配そうにゼシカを見つめるククールに首を振るゼシカ。だが、その顔付きは少々険しいようである。
「ま、ゼシカがそう言うならいいけどな。何かあったら言えよな」
「うん…」
ゼシカが去っていくのを見ながらククールがぼやく。
「なぁ、ゼシカのヤツ…いつもと違くねぇか?」
「さぁ? 僕には分からないけど? 気になるなら後で行ってみれば?」
「ばっ…馬鹿野郎! そんな真似出来るかっ!///」
「あれ? らしくないね〜。ククールがそんな事で慌てるなんて」
ククールが取り乱しているのは珍しい事だ。それだけゼシカの事を大切に想っているのだろうという事は容易に察しが付く。
(コイツ…酒が入ると腹黒さが増すな…)
エイトが腹黒いのはククールにとって周知の事実だが、アルコールが入ると更に絡んでくるらしい。
ククールは深く溜め息を付いた。
「ゼシカ、起きてるか?」
ククールはこっそりとゼシカの部屋の前まで来た。…が、しかし返事は全く無い。機嫌が悪い時の彼女ですら、返事をしないという事は全く無い。
(寝ちまったのかな…?)
ゴロゴロゴロッ!
この街の側で雷が落ちたのだろう、耳を劈く(つんざく)程の音が鳴り響いた。
「ゼシカ!」
ククールは思わずゼシカが部屋でどうしているかなど一切考えずに彼女の部屋に入り込んだ。部屋は照明を落としているせいで暗く、よく見えない。
ピカッ!
窓から稲光が見えた。そしてその眩い光がゼシカを照らし出す。彼女は部屋の隅に蹲って(うずくまって)いた───。
「ゼシカ…大丈夫か?」
ゼシカは反応しない。ただただ、声を上げずに泣くばかりだった。
「ゼシカ…」
ククールはいても立ってもいられずにゼシカを優しく抱き締めた。まるで壊れ物を扱うかのようにそっと…。
「………サーベルト兄さん…」
だが、不意にゼシカの口から漏れた人物…それはククールが嫉妬して止まない人の名前だった。
「…っ!」
ククールはその身に激しい嫉妬を覚える。そして有無を言わさずゼシカの手を拘束すると、激しく彼女を求めた。
「!!!」
ゼシカはハッとしてククールを押し退けようとするも、本気を出した男に敵うはずも無い。
「っ…はぁ……んっ…あ…ぁ…だ……め!」
ゼシカの目から涙が一筋、流れ落ちた。同時に息を荒くし、頬を上気させた顔が何ともエロティックに見えたのだろう。それが余計にククールを煽る結果となってしまう。
そのまま行くところまで行ってしまうのか…と思いきや、糸がぷっつりと切れたかのようにククールは硬直した。
(オレは…何て事を………!)
ゼシカは微動だにせず、泣きじゃくっている。先刻とは異なり、声を上げて───。
「ゼシカ…」
「嫌っ! 触らないで!!」
ククールが伸ばしかけた手をゼシカは振り払った。
「ゼシカ…すまなかった…」
ゼシカは涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げる。と、そこには淋しそうな何とも言えない憂いの表情を浮かべたククールがいたのだが、それも束の間。直ぐさまククールは身を翻してゼシカの部屋を出て行ったのだった───。
あれ以来、ゼシカはククールに対して口を利こうとしなかった。
戦闘が終わった後もククールが、
「ゼシカ、怪我しているだろ。治してやる」
と言えば、ゼシカは知らんぷりをする。揚げ句の果てにはゼシカはわざわざエイトに頼んで治癒呪文を掛けてもらう始末。
ククールの方はと言えば、暇さえあればゼシカを口説いていたのが嘘であるかのよう。必要最低限の事しかゼシカと話さなかった(…とは言ってもゼシカはそれさえも拒絶したのだが)。
そんな事がずっと続くのだから流石のエイトもゼシカの話を聞こうと、休憩中にこっそり彼女を呼び出した。
「ゼシカ…。ククールの事なんだけど、何かあったの?」
「………」
ゼシカは沈黙した。
「あ、いや…僕に言えない事なら別に仕方無いんだけどさ。ただ、今の状態が続くとこれから先ちょっと辛いかなぁって。危険と隣り合わせの旅だからっていうのもある。でも、僕はそれよりも───」
───ゼシカとククールには仲良しでいて欲しいんだ。
お節介なのは分かっている。それでもエイトはゼシカにこう告げずにはいられなかった。
「あのね…エイト。この前、宿屋に泊まった時、雷が凄かったでしょう。私…やっぱり怖くて、部屋の隅に蹲っていたの。そうしたら…ククールが心配してわざわざ来てくれて………」
ゼシカは辿々しく話し出した。そこにいつもの活発な笑顔は無く───。
「そっと抱き締めてくれて…怖がらなくていいと態度で示してくれたのに…っ…! 私…思わず『サーベルト兄さん…』って口走っちゃって…。それで、ククールが嫉妬したのかもしれない…私に無理矢理…っ………!」
最後の方はよく聞き取れなかったのだが、何となくエイトは察しが付いた。ゼシカは既に涙目になっている。
「…ククールが悪いね、それは…。でもね、ゼシカ───」
エイトはそこで一旦間を置いた。
「ククールはああ見えてもちゃんと本気だよ。その事をゼシカが分かってあげないとククールが可哀想だよ」
「………うん。…でも、私…ククールの事傷付けてばかりだ。傷の手当てだって、わざと何も無かったみたいに…やってあげるって言ってくれたのに…!」
「もう、答えは分かっているよね。今夜丁度、見張りがククールと一緒のはずだったから、その時に謝るといいよ」
「エイト、ありがと…」
ゼシカは小さく笑った───。
(「雨降って地固まる」、だからしっかり私から謝らなきゃ…!)
ゼシカは意を決した。ククールは自分の反対側に座って薪を焼べて(くべて)いる。
「ふぅ…あちぃな……」
薪を足し終わったククールは袖でそっと額を拭った。
「…ククール。ねぇ、隣…行ってもいい?」
「あ…あぁ」
ゼシカはそんなククールの隣に座った。ククールは無言のまま、空を見上げている。
「星が…綺麗だな」
「ええ…そうね」
ゼシカも同様に空を見る。
「………ククール、ごめんなさい…私…」
「…もう、何も言わなくていいぜ。悪いのはゼシカじゃない。このオレだ」
ククールは自分のしてしまった事に対して負い目があるのだろう。そして自分がどんなに澄ました顔をしていても未熟者だという事を露見させてしまった事に対しても。それは、裏を返せばゼシカに対する気持ちがどれだけ本物なのか…そういう事になるのだが。
「…オレは、本当に大切なものをいつも…傷付けてから自覚させられるんだ」
はぁ…いつもの完璧なククール様じゃないよな、これじゃあ、などと後から付け加える。
「でもね…私が好きなのは完璧じゃないククールよ。余裕ぶっている時よりも遥かに身近に感じるもの」
「そういう…もんなのか…?」
ククールはゼシカに告げられて狼狽える。ゼシカはこくりと頷いた。
犯してしまった過ちは取り返せない。けれど、今は昔とは違うのだ。
それを自覚したククールはそっとに笑みを浮かべた。隣に寄り添う、愛しい彼女の姿を見つめながら───。
後書き
スランプに嵌まっちゃったみたいで、中々進まず…堂々巡りをした揚げ句完成させた作品です;; ネタは元々あったのですが。ここでのエイトは割といい人です(笑)(エイトファンの方ごめんなさい;;) 某サイトの管理人様に差し上げた小説でも言いましたが、私が思うかっこいいククール像というのは余裕が無くて素の自分が出てしまっている時です。今回もそんな調子で書きました。
プロット※要反転
3人称がベスト(でも、最近書いてないからなぁ(汗))。
ゼシカが雷を怖がる話。季節はやっぱり夏だよね。宿屋の部屋の片隅で強張るゼシカをそっと抱き締めちゃうククールvvv ゼシカはククールに抱き締められて思わずサーベルトを思い出し、涙。
ゼシカ「サーベルト兄さん………」
嫉妬してゼシカの初キスを思わず奪ってしまうククール(あ、でも実はファーストキスってポッキーゲームの時に書いてたり…(汗) じゃあ、初ディープキスって事で(マテ))。言葉より先に身体が動いちゃった…みたいな(ぉぃ) お互い硬直。
その後暫く気まずい雰囲気。見兼ねたエイトはゼシカの相談を引き受ける。
エイト「ククールはああ見えてもちゃんと本気だよ」
夜の見張りでゼシカとククールが一緒。ゼシカから話を切り出す。わだかまりが解ける。